聞かせろ
@chauchau
宴会の始まりだ
「次に告白して駄目だったら諦める」
飲み干した大ジョッキを男は勇ましくテーブルに叩き付けた。言っている内容に勇ましさが零なのはご愛敬である。
「理由を聞こうか」
「21回目でちょうど良いからだ」
男の言葉をつまらなそうに聞いていた女は、返ってきた言葉に更につまらなそうになる。
「…………、そうだね」
「聞いてよぉぉ! そこは、え? 21ってちょいど良い数字じゃないよね? キリも良くないよね? どうして? って聞いてよぉぉ!」
勇ましさの欠片も男には残されてはいない。そもそもが勇ましさとは無縁の性格の持ち主であるため、数秒とはいえ保つことが出来ただけでも素晴らしい結果だったかもしれない。
「いやいや、本当にちょうど良いよね。そこに気付くなんて君ぐらいなものだよ。素晴らしいね。本当に感動してしまうよ」
「お願いします……、聞いてください、話を終わらせないでください……」
みっともなく女にすがりつく男に、隣の席で飲み交わしていた女性二人組がドン引きし、侮蔑の視線を向けていた。男がそれに気付かなかったのは彼の精神衛生上幸せなことだったといえる。
「どうしてちょうど良いのさ」
「え? そんなに聞きたい?」
「お勘定お願いします」
「調子に乗りました。本当にすいません、反省しています。許してください」
財布を取り出す女に男が謝り倒すこと五分間。
三年も修行に耐えてようやく本日料理場に立たせてもらえた新人板前はあまりの光景に涙していた。なにも今日、自分の晴れ舞台で起こすなよ。彼は、帰宅して彼女に泣きついたという。
「今って二十一世紀だろ」
「そうだね」
「だから、ちょうど良いかなって」
「く」
「く?」
女は日本酒を頼む。
運ばれてきた徳利の中身を少しだけお猪口に移し、舐めるように風味を楽しんだ。
「っだらねぇ」
「溜めたなぁガァ!?」
「殴って良い?」
「殴ってから言わないでください」
男を同情する者は店の中に居なかった。
誰もが皆心を一つとして、男の決心の理由に肩を落としたのだから。声の大きさからどうしても聞こえてしまう内容を気になってしまった過去の自分を皆が皆、心の中で殴っていた。
「それにしても、そうか。もう20回も振られてたのか」
「勇者だろ?」
「ストーカーだね」
「許可は得ている」
「犯罪者はみんなそう言う」
「お前だって知っているだろうが」
「知っているけど」
真っ先に我に返ったのは百戦錬磨の女将さんだった。聞き耳を立て、心を折ってしまっていた従業員に活を入れ、店の切り盛りを再開させていく。
そうとなれば、他の客も同様だ。これ以上くだらない話に集中するよりも、美味しいごはんとお酒で自分たちの楽しい時間を作り出そうではないか。
「タイミングは」
「今からだ」
これはいけない。
男がまたとんでもないことを言い出したために、店中がまた聞き耳を立てるほかなかった。
結婚して何十年経っても毎週末逢瀬を欠かしたことがなかった老夫婦の夫が溜息を零す。告白とは直接相手に向かってするものだろうと。夫が零してしまった小言を妻は温和に微笑み、これも時代ですよと窘めた。
男がスマホを取りだす。
何かしらの文字を入力しているところを見るに、これから電話するよと連絡をしているのだろうか。
「よし」
「準備は出来たようだね」
「完璧だ」
「毎回言っているよね。それ」
女の言葉を借りるならば、それはつまり今回も成功の可能性は著しく低いということとなる。
誰もが止めたかった。無茶と無理は違うのだ。勇気と蛮勇は違うのだ。愛を得ることは戦いである。一度立ち止まり、作戦を練り直せ。誰もが叫びたく、しかし、ただ一時同じ店で時を共有しているに過ぎない彼らが言い出すことは出来なかったのだ。
男はスマホをテーブルに置き、真剣な表情で。
「好きです、付き合ってください」
隣の女へと手を差し出した。
「うぅん……、ちょっとまだ駄目かな」
「駄目かぁ」
「ちょっとね」
「ちょっとかぁ……」
「で?」
「あ?」
「諦めるの?」
「……、考えたんだけどよ。21回目ってキリ悪いと思わないか?」
「正直微妙だとは思う」
「やっぱりキリ良いところまで頑張ってみるのが男ってものかなと」
「そうだね。それが良いよ」
「よし。じゃあ、二件目行くか。女将さん、すいませんがお勘定で……え?」
財布を取りだそうとした男が固まる。
店中の人間が二人を取り囲んでいたのだから仕方の無いことだろう。しかし、それでも言わせてほしい。彼らの気持ちのほうが。
「「「関係性を聞かせろ!!」」」
仕方の無いことである。
聞かせろ @chauchau
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