21回目の秘め事

ちょこっと

第1話 21回目の秘め事

 変わらない日常。


 なんて、おかしな言葉。


 日常は常に変わっていくのにね。




「ちょっとー! もうお母さん出る時間だからね! ちゃんと自分で春休みの部活行ってね! 起こしたからねー!」


 階段下から、上の子ども部屋へ声をかけて、慌ただしく出勤する。私、主婦。二人の息子は大学生と高校生。長男はもうすぐ21歳だ。

 出産育児で10年以上専業主婦して、長年ワンオペ育児をしていた私も、数年前からパートを経て契約社員として働きだした。正社員に戻る事は叶わないけれど、それでもこの不況に契約社員までなれたのは運が良かった。


 小走りに駅へ向かいながら、今日の予定をスマホでおさらい。ついでに、少しだけ趣味の読書をする。


 小説投稿サイト。


 いくつかある中で、お気に入りのサイトを開く。マイページから、目当ての小説を開き、通勤の短い間に少しの読書タイム。

 満員電車が酷い時にはあまり読めないが、春休みの今は絶好の読書タイムだ。


 区切りの良い一話分だけを読んで、ふと、スマホから目を上げた。流れていく車窓の景色は、いつも変わらない街並みだ。


 変わらない日常。そんな言葉が頭に浮かぶ。家事して、育児して、仕事して。似たようなルーティン。


 それでも、この21年間。毎日同じ日は無くて。驚く程に毎日何かしら子どもがやらかすか、そうでなければ新しい事を学ぶか、もしくは疲れ切っていたり体調を崩して休んでいるか。とかく、同じ日なんて一日だって無かった。わざわざ改めて言う程もない、当たり前な事だけれど。


 それでも、この21年間。変わらない日常と呼びたくなるような日々だった。


 妙にしんみりと思い返す。春休みで、年度替わりだからだろうか。


 長男も、もうすぐ21歳。まだ学生とはいえ、もう成人だ。次男だって高校生、もう大人になりかけ。それぞれに自分の考えで人生を選んでいく頃だ。


 ふと、自分自身を振り返る。


 長男の出産から、ワンオペ育児でずっと走り続けてきた。育児に待ったは無い。まるでジェットコースターのような日々。立て続けに風邪だのなんだのと看病続きで一週間徹夜だとか、子どもに関わる色んな付き合いだとか、目まぐるしいでは足りない。その時その時は、一瞬が永遠に思えた事も、過ぎてしまえば一瞬だった。


 そんな、一つ一つ思い返せば嵐のような日々でさえ、過ぎてしまえば、いつもの変わらない日常だったと思える。不思議なものだ。


 目的の駅について、電車を降りる。人の流れにそって、改札へ向かう。


 もうすぐ、育児21年。21回目のお祝いの日。


 そう、私は、長男の誕生日から、毎年一回必ず自分へのお祝いをしてきた。


 誰も祝ってはくれないし、誰に言うでも無い。だって、母親が家事育児をしても、当たり前だとしか言われてこなかった。母親が一人で全てやっていても、祖父母がいないなら仕方ないよね。

 近居の祖父母に晩御飯まで毎日世話してもらっているママ友さんに、当たり前のように言われてきた。夫がイクメンで時間の融通が利くと、新生児期からちゃんと睡眠をとれているママ友さんも、夫が自営業で保育園に預けっぱなしで自分の時間をゆっくりとっているママ友さんも、みんな、育児の環境が違っても、しかたないよねー、で済んできた。


 だから、特に誰かに言わなかった。夫が激務で一切の家事育児しないとか、ゴミはコンビニ袋にペットボトルもお菓子のゴミもティッシュも全部ぐちゃぐちゃに入れて部屋に置きっぱなしにされるとか。祖父母は全員遠方で、全員現役で幼い頃に一切頼れなかったとか。ワンオペ育児で子ども二人、病気やケガもしやすい病院通いの多い子達に、私は専業主婦をせざるをえなかったとか。


 言ってもなんも変わらんし。


 だから、私は、ひっそりと、私のお祝いをする。


 もうすぐ、21回目。


 一人の人間を成人まで育てたんだと、自分で自分を褒めてあげる。お祝いといっても、ささやかなものだ。子どもの幼い頃は、それこそ、好きなお菓子を一つ買って、深夜に夜泣きの合間こっそり食べた。それだけ。それだけの事が、その後また頑張ろうって、心の支えになった時もあった。


 今年は、どうしようか。21回目のお祝いに、想いを巡らせる。


 ――春休み。長男と次男で、私をお祝いする為にサプライズの用意をしてくれているとも、知らないままに。


 私の秘め事は、もう秘める必要は無いのだと、気付かぬままに。

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