21回目の孤独
江戸川台ルーペ
⬜️⬜️⬜️
21回目の孤独がやってきた時、僕は一人で焼肉を食べていた。昼、ファミリー向けのチェーン店で。
「どうだろうね」
孤独は僕と瓜二つの姿格好をしていて、違うところは縁取りの、線だけで構成されている点だ。僕以外の誰にも見えないが、横からみたら薄っぺらい定規が連なってウネウネと動いて見えるのではなかろうか。
「どうだろうね」
と孤独がもう一度言った。おそらく僕が無視していると思ったのだろう。もちろん無視している訳だが。
「こんなに明るいファミリーレストランで、6人用のテーブルを一人で独占して、ビールを飲みながら、一人ぼっちで肉を焼いている」
「こんなに明るいファミリーレストランで、6人用のテーブルを一人で独占して、ビールを飲みながら、楽しく肉を焼いている」
「真似するな」
「真似すんな」
「真似すんな!!」
「帰れよ」
僕は1200円でつけた飲み放題の中ジョッキを啜った。どこの部位か分からないカルビ(タレ)が美味そうな音を立てて焼けている。
「君は全然分かってない」
孤独が偉そうに首を横に振りながらゆっくりと言った。
「分からんね。分かろうとも思わんね」
僕はカルビ専用ご飯の上に焼けた肉を乗せてかき込んだ。とても美味い。と同時に、目の前の孤独の輪郭が濃くなったような気がする。
「今回、なんと、21回目の僕の出現です。おめでとうございます!」
パチパチパチ、と孤独が自分で拍手をした。よく見たら青い輪郭線だけで構成されている「僕」なので、カチカチカチというプラスティック定規を叩いたような音なのかも知れなかった。
「中途半端に過ぎる。なんだ21回目って」
「あなたは今、何才ですか?」
孤独が僕に質問した。よく見たら、顔が少しニヤついている。キモい。僕だが。
「28」
「正解」
馬鹿にしてんのか、と思いながら、声を荒らげる訳にもいかず、黙ってカルビと特大ロース(塩)を網に乗せる。脂が爆ぜる音や、店の音楽や、人々の会話が混ざって、今は昼なのだ、と改めて強く意識する。
「最初の僕、覚えていますか」
僕は無視をして肉をひっくり返す。
「覚えていますか、最初の僕」
「言いたかったらとっとと言えよ」
僕はイライラした。中ジョッキを空にして、お代わりを頼む。
「レゴ・ブロック」
唐突に孤独が言った。
「は?」
「レゴ・ブロック。君が7才の時、家にレゴ・ブロックがあったね」
僕はレモン汁を小皿に補充しながら思い出を探った。確かに、レゴ・ブロックだけを詰め込んだおもちゃ箱があったような気がする。スヌーピーの絵が描かれた木の箱だった。
「そのレゴ・ブロックのパーツの中で、透明な、黄色いブロックがあった筈だ」
緑の板に、赤や白、青いブロックを次々と嵌めていく。何が出来上がるかは分からない。ガチャガチャとおもちゃ箱を漁って、手に取ったブロックを何となく繋げていくだけの遊びだ。長細いブロック、正方形のブロック、灰色のブロック。
細長い、透明な黄色いパーツ。凸は四つあるが、凹は何故か区切られておらず、そのパーツだけ他のものとは異彩だった。
「君はその透明な薄黄色いパーツを、窓に向けて透かしたんだ。とても細かな傷がたくさんついていたけど、文句なしに綺麗だった。不透明で、ゴツゴツした他のどのブロックよりも大人びていて、華奢で、孤高で、特別だった。透かして見える風景も、まるで別世界が出現したみたいだった」
いつの間にかビールが運ばれてテーブルの端に置いてあった。肉が焼ける音がする。子供が楽しそうにはしゃいでいる声が聞こえる。
「それが最初のわたしだ」
僕はビールを二回に分けて飲み干すと、紙ナプキンで口を拭った。もう空腹ではなかった。
「ちょっとトイレに行ってくる」
僕は21回目の孤独に向かって言った。
「どうぞどうぞ」
孤独は青い笑みを浮かべながら左手で離席を促した。
「僕はいつでも君を待っている」
■
僕は席を立つと、そのまま会計をして店から出た。
一生待ってろ。そこで。
(終)
21回目の孤独 江戸川台ルーペ @cosmo0912
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