感情のゴミ箱

Re:over

感情のゴミ箱

 二日酔いのような頭痛に苛まれながら目を覚ました。隣には男性が座っており、こちらの様子を確認するなり紙に何か書き始めた。診断書か何かだろうか。


「おはようございます」


 僕はひとまず挨拶をした。


「……しばらくしたら、いつもの部屋へ行ってくれ」


 しかし彼は挨拶の代わりにやるべきことを示した。記憶はほぼないが、いつもの部屋というのが何処にあるのか何となく分かった。


 男性は暗い顔で部屋を出た。僕は自分の体を動かし、動作確認をする。指の関節までしっかりと動いたため、いつもの部屋へ向かった。


 廊下ですれ違う人達はみんな暗い表情をしていた。挨拶をしても返してくれない。そういうものかと思っていたが、その少女は違った。


「おはよう」


 この世界に挨拶を返してくれる人がいることを初めて知った。微笑む少女に言葉を失い、どうしたらいいのか分からなくなった。もちろん、何かする必要はないのだが、お礼をしなければならないのではないか、という考えが浮かんだ。


「20回目の時はありがとうございました」


 少女は意味の分からないことを言い出した。


「何の話ですか?」


 もしかしたら人違いかもしれないと思った。そうだとしたら、挨拶を返したのも納得できる。


「いえ、気にしないでください」


 少女は小さく手を振り、その場を去った。変な違和感を覚えたが、それが何なのか分からなかった。分かりたくもなかった。


 白衣を着た人達が行き交う中、僕は1人浮いていた。すれ違う人々に挨拶しては無視される様は本当に惨めに感じる。容姿も僕は義足、義手のほぼロボットみたいで、普通の人間とは違っている。


「21号、こっちだ」


 僕に向かって手招きする人に従い、とある部屋に入った。


「ここに寝てくれ」


 言われるがままにベッドへ横たわる。すると、たくさんの線に繋がれた。


 ――パチッ


 何か電源の入った音と同時にたくさんの記憶が入り込んでくる。


 母親のお腹から出てきて泣いて乳を飲み寝返りを打ち立って歩き褒められ叱られ喜んで絶望して絶望して絶望して絶望して絶望して。


 誰かの歩みを見せられた。


 劣等感。愛されない。反抗。逃げたい。焦燥感。羨ましい。後悔。めんどくさい。失敗。嫌われた。不安。死にたい。


 思春期に発生する大量の負の感情が渦を巻いて心を黒く染める。


「おやすみなさい」


 眠ったままの人達。起きることが出来ない人達。負の感情に囚われた人達。


 吐きそうなほどに辛い感情が波のように押し寄せてきて、知りたくもない絶望を心に捩じ込まれる。明日はどこ、朝はいつ、これは誰、僕は何。


 少女のことを思い出す。きっと、前回僕の心に感情を捨てた人だったのだろう。あの微笑みは世界を救うものではなかったのだ。少女という希望の光は消え、絶望へ姿を変える。


 僕の心はゴミ箱。誰かの嫌な感情を捨てる場所。これで21回目。ようやく思い出したけど、また忘れる。ゴミ箱ごと焼却炉に入れられて灰となってしまう。そうすることで、『おはよう』が言える世界を作っている。

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