第6話 アリスの影

 アリスの影は白黒であるという以外、アリスと瓜二つだった。

 とても綺麗で可愛くて、女の子みたいな男の子。

 アリスの影は、影の国の高校に転入した。

「有栖川翔太と言います。有栖川と呼んでください。絵を描くのが趣味です」と自己紹介したが、クラスメイトの誰も、彼を「有栖川」とは呼ばなかった。

「男女、おまえの呼び名はアリスだ」といきなり言った人物がいた。

 中山イバラという名の背が高くて、視線の鋭い、綺麗な女の子だった。

 イバラはもちろん影の国の住人で、中川マリモとは別人だったが、アリスはどことなくマリモちゃんに似た子だな、と思った。

 影の影になっても、アリスは見ることができたし、考えることができた。ただ自由に動けなくて、話せないだけだ。ちゃんとまだ生きていた。

「男女なんて言わないでよ・・・」アリスの影は小さな声で言い返した。

「おまえ、男か女かわかんねーんだよ。翔太なんて名前だけど、女なんだろ? なぁ、アリス」

「男だよ、ぼく・・・」

「ふぅーん。そうは見えねーけどな。ちゃんとついてんのか?」

 イバラはアリスの影の股間を指した。

 訂正、とアリスは思った。マリモちゃんはここまで下品じゃない。

 マリモちゃんに会いたいなぁ、と思った。嫌いだと言ったのは言い過ぎだった。

 イバラがアリスの影をアリスと呼んで、それがクラスで定着した。影の国でもアリスはアリスだった。アリスの影はやっぱり気が弱くて、自分に自信がないのだった。「アリス」と呼ばれても、言い返せなかった。

「アリスぅ、おまえ部活やんねーのか」

「まだ決めてないよ」

「おれ、ソフトボール部なんだ。おまえも入れよ」

 イバラは女の子なのに、一人称は「おれ」だった。そしてソフトボール部。やっぱり少しマリモちゃんとかぶってるな、とアリスは思った。

「ソフトボール部は女の子だけでしょ。ぼくは入れないよ・・・」

「おまえなら入れるさ。女ってことにしとけよ。誰も文句言わねーよ」

「イヤだよ・・・」

 アリスの影が嫌がるのを見て、イバラはにやにや笑っていた。言い返せばいいのに、とアリスは思った。そして、自分ができなかったことを影に求めるのは変かな、と思い返した。

 アリスの影は美術部に入部した。そして、アリスと同じ失敗を繰り返した。モデルになるよう頼まれ、嫌なのに断れなかった。モデルをやり、さまざまなポーズを求められ、食い入るように見つめられ、嫌な思いをした。

 影はやっぱり幽霊部員になってしまった。だめだなぁ、とアリスは思った。もっと意志を強く持たないと。ま、ボクもだめだったけど。

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