影の国のアリス

みらいつりびと

第1話 アリスとマリモ

 女顔の男の子、アリス。

 スカートを穿いていなくても、男の子の服を着ていても、女の子に見える。学ランを着てさえも、男装の女子に見えてしまう。

 街で女の子にまちがわれてナンパされたことは数知れず。気が弱くて、俺は男だ、と言い返すこともできない。

「ボ、ボク・・・」とか言って立ち尽くしてしまう。

「あれーっ、一人称ボクなんだ。いいねー、ボクっ娘」なんて言われることもある。

「あ、あの、そうじゃなくてボクは・・・おとこ・・・」

 相手に怪訝な顔をされる。胸元を見られる。もちろん胸の膨らみはない。本当に男なのか、とわかって驚く男たち。

「わ、悪かったな」で立ち去ってくれたらいい。「おまえくらい可愛かったら男でもいいよ」と言われたことまである。マジで怖い。そのときは走って逃げた。

 アリスは自分の女顔にコンプレックスを持っている。でも顔をつけ変えるわけにはいかない。自信なくうつむきがちに生きている男の子、有栖川翔太。

 この春から高校一年生。

 高校生になったら「アリス」と呼ばれないようになりたかった。だがクラスに同じ中学だった中川マリモの姿を見つけて、その夢はあっさり潰えた。

 マリモはアリスを見つけて、にやにや笑った。

「よぉーっ、アリスじゃねぇか。また同じクラスか。オレたち、運命の赤い糸で結ばれているんじゃねーか?」

「マリモちゃん、からかわないで。それとボクのことはアリスって呼ばないで」

「アリスはアリスだろ。他に呼びようがねぇ」

「有栖川って呼んでよ」

「なにそれ。アリスっぽくない。ヤダ」

 マリモはアリスとは正反対のタイプだ。ボーイッシュな女の子。一人称はオレ。ことば使いも男っぽい。

 背はアリスより高くて、姿勢もいい。視線はちょっとキツめ。目力は強い。まっすぐ見つめられたら、アリスなんてうつむいてしまう。端正な容貌。美少女と言うより、ハンサムな女の子。黒髪で、ポニーテールに結んでいることが多い。

 胸は小さめ。もちろんアリスとちがって正真正銘の女だから、出ていることは出ている。中学時代はソフトボール部に所属していた。ちゃんと鍛えた身体をしていて、線の細すぎるアリスよりずっと力強く見える。胸の膨らみを除けば、スタイルはいい。

 中川マリモは、中学時代、アリスにちょっかいを出し続けた。初めて出会ったのは中学一年のとき。同じクラスだった。

「おまえ、本当に男か?」といきなり言われた。

「お、男だよ、ボク・・・」

「可愛いな、おまえ」

 マリモは指でアリスの頬をつついた。

「お、やわらけー」

「や、やめて・・・」

 アリスの嫌がり方が面白かったのだろう。マリモはいいおもちゃを見つけたとばかりに、にやっと笑った。それが初対面のときのこと。

 中学三年間、マリモはアリスに絡み続けた。

「アリスって呼んでいいか」

「イヤだよ・・・」

「でもおまえ、女みたいだしな。アリスとしか呼びようがねーよ」

「やめてよ。有栖川って呼んで」

「アリス以外ムリだわ。アリスって呼ぶぜ、決定」

「やめてって言ってるのに・・・」

 中学時代、マリモ以外の知り合いからも、有栖川翔太はアリスと呼ばれるようになった。でもその呼び名を決定づけたのは、マリモだった。彼女はアリスアリスと言ってつきまとい続けた。

「可愛いなアリス、オレの彼女になってくれよ」

「か、からかわないで、中川さん」

「からかってなんかいねーよ。オレは本気」

「ボクは男だから・・・彼女はムリ・・・」

「そっかー、残念。でも彼氏って感じじゃねーしなぁ」

 マリモのことばはアリスを傷つけた。マリモから逃げたかった。しかし何の因果か三年間同じクラスで、離れられなかった。

「アリスー、放課後お茶しよーぜ」

「中川さん、部活あるでしょ」

「アリスが付き合ってくれるなら、サボるわ」

「サボるなんてだめだよ、中川さん・・・」

「あのさぁ、いつまでもオレのこと、中川さんって呼んでんなよ」

「な、なんて呼べばいいの?」

「マリモ」

「女の子を下の名前で呼ぶの、恥ずかしいよ・・・」

「バーカ、オレとおまえの仲じゃねーか。恥ずかしがらずに呼べ」

「マ、マリモさん・・・」

「さんなんて付けるな」

「じゃあ、マリモちゃん」

「まぁ、それでいいや」

 以後、アリスは中川マリモをマリモちゃんと呼んでいる。

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