21回目『に』プロポーズ【文書ロイドシリーズ短編】
春眼 兎吉(はるまなこ ピョンきち)
21回目『に』プロポーズ
「さぁ~って、どうしたもんかぁ」
大都市にある電子街の路地裏……怪しげな店が連なる一角に構えた我が城である『
「じゃあ、
ノリノリで挨拶を放って、元気よく
「こんど帰ってきたら、21回目かぁ…………だぁーーー!」
不甲斐ない自分を奮い立たせるためにあえて叫ぶ。
いつもいつも派遣先から帰って来る度にプロポーズをしようとするも結局できずじまい。でもこれだけ続くともう、『勢い』がしぼんでいてタイミングも図れない。
「しかも、他の客の元へ行くのを20回も見守ると、こう、なんか、モヤモヤするわぁ」
俺ぁ、こんなに
「でも、アイツとは出会ってからだいぶ経つよなぁ」
そして俺ぁ、過去に想いを馳せる。彼女と出会う少し前へと。まだ自分が社会の歯車としてかろうじて『機能』していた時代へと。
「では、皆さん自分の書いた『小説』が自らに与えた『効果』を説明して貰いましょう」
途中入社枠、新入社枠問わず全ての就活生が求められる
もう、職場になじめず、数年間様々な職業を転々としてきた俺ぁ、この会社の就職試験に再起を賭けていた。というより、どこか、『自分を分かって欲しい』という想いを抱いていたのかも知れない。
職場でいじめられた時に抱いた激しい怒りから、いじめた相手に対する果てんなき
一方的な宣言に
「いいねぇ! い、い、ねぇ~♪ まさにキミは『小説執筆によりトラウマを乗り越えた者』ということかなぁ! いくつもの会社を
挑発的な視線と口調に対して俺ぁ、吠えたね!
「これは『逃げ』ではありません。自分のココロをひいては命を守るための『戦略的撤退』です。『心が死ねば身体も死ぬ』が
「ますます気に入った! よかろう。採用だ。部署は追って通達する。せいぜい
「お待ち下さい!
大興奮した彼女は他の試験官が呼び止めるのも聞かずにどこかへ行ってしまった。
なにはともあれ、俺ぁ、無事にMUST
ここでの仕事といえば、事故や過失で一部壊れた文書ロイドの
あの日が来るまでは。
本当に、時として
正確には俺ぁの
アタシと
「俺ぁ、いじめ、仕事、全てから逃げてきた、しかし情動に任せるまま小説を書くことで自らを救ってきたという感覚だけはある。だからな、トラウマと向き合えっつー考えはことのほか嫌いなんよ」
アタシが身も心も『壊れて』しまった後、目覚める時にかけられたぶっきらぼうだけれど暖かな言葉と共に。
「『記憶にフタをする』というのは実に良い逃げ口上で俺ぁ、大好きだ。『イヤな記憶』は消しちゃあ、いけねぇ、ただし、克服しなくていい、直視する必要もないし、ましてや『がっぷり
なんとなく
「トラウマという超悪性天体を心の宇宙に浮かべて観測し……つーか、とりあえず見ておく(心のスミに置いておく)感覚でいいんじゃね?」
アタシが言葉に圧倒され、思わず無言で
「そんくらいでいいんだよ。で、熟成させといて『使えそうなとき』とか『向き合うノリになった』ら、ちょっと近づいてみてさらに観測してみりゃあ、なっ。『きぶんで』『てきとうに』『がんばらない』この三つが大事だぜぇ。トラウマには馬鹿にした態度で接するくらいでちょうどいいんだ。まじめに取り組んでやる必要ぁ、ねぇよっ!」
そして彼の言葉は苦しさから全ての記憶を手放して楽になろうとした気持ちにも救いをもたらす。
「それになぁ、人生において無駄な記憶なぞ一切無い。いずれ使う時はくるさぁ。記憶を消すなんてぇあ、『もったいない』さね」
事情を知らない
ん? これは夢か……シークの気持ちが聞こえた気がしたんだが……。ともかく、シークはなぜか俺ぁの助手となり、同じ部署で働く
まぁ、シークは元々ハイスペックで
ところが、シークはオーダーメイドが基本の文子PROシリーズにしては珍しく一般の文子シリーズと同じ『機能』が搭載されていた。【刷り込み機能】といって、俺ぁそれが少々気にいらなかった。最初に起動した後、最初に目にした人物……つまりマスターに依存症かというほど盲目的に
アタシと
その最中、
ふわりと笑うシークが見えた気がした。
それからはホント大変だったわ。
そういえばアタシとの対話で開花したのか元々の素養だったのかは分からないけど、
でも、アタシは
やっとトラウマが『逃げられない事実』から、『過去』に『記号』に切り替わった。アタシはもう、平気だ。これでやっと
それからは、大変だった。さすが、『MUST
21回目の出撃。これでようやく、アタシと
ってアレ? 俺ぁ、寝てたのか?
「そうよ! あまりにも寝顔が幸せそうだったから、思わず
見上げれば、そばに佇むシーク。なんか笑顔が怖い。でも理由はもう分かってる。
「精神共有されたんじゃあ、もうバレてるよなぁ」
彼女の苦労と自分の不甲斐なさに泣きそうになる。
「お互いに、ね。でもさっ」
そんな俺ぁ、を
今だっ!
「「結婚して下さい」」
ハモった!ハモったよお互いに。
うれしさにお互いに大声で笑い合う。
こうして、俺ぁ、とシークは『伴侶』兼『共同経営者』兼『
トラウマを抱えて共に生きていく旅路。
だが大丈夫だ。
人生に無駄な
読んでくださりありがとうございます
よろしければ本短編評価
本編になる
【完結】文書(ぶんしょ)ロイド文子シリーズ原典『サッカ』 ~飽和(ほうわ)の時代を生きる皆さんへ~ 俺は何が何でも作家になりたい!そう、たとえ人間を《ヤメテ》でもまぁ!!
の拝読もヨロシクお願いします
21回目『に』プロポーズ【文書ロイドシリーズ短編】 春眼 兎吉(はるまなこ ピョンきち) @harumanako-pyonkichi
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