優しさ
鈴鳴 桃
第1話 ‥。
「困っている人がいたら助けてあげなさい。」
今は亡き祖母の口癖だった。
「手を差し伸べてあげるだけでいいの?」
「たった一言、大丈夫ですか?って聞くだけで言いの。見かける人すべてじゃなくていいの、ただ時折おばあちゃんの事を思い出して誰かに声をかけてあげて」
「みんなじゃなくていいの?」
「ここが気づいた人の中でいいの。おばあちゃんは出来なかったから、おばあちゃんの代わりにやってくれる」
「うん」
「おばあちゃんとの約束だよ」
「ここに、まかせてよ」
私は今でもその約束をたまに思い出して、一日に一回ぐらいおばあちゃんとの約束を守っている。
多分天国でもおばあちゃんはにっこりしているはずだ。安心してまだ約束は守ってるよ。
だから君と出会えたのかもしれない。
君からしたら、会っただけで終われば良かった。
貴方は私が一日一回しかしない偽善を彼は当たり前のように行ってた。生活の一部のように見えた。
私がいつも登校するために利用する駅で、彼を見かけたがすべての始まりだった。
この時に、運命の歯車がうまくかみ合ってしまった。
彼はいつも通り駅の階段を上り、階段を降りるのに苦労しているご老人に声をかけた。
「大丈夫ですか?手伝いますよ。荷物を貸してください」
彼の口からはすらすらっと人助けの言葉三種類が流れ出ている。
ご老人が差し出す荷物を受け取るとそのまま、駅の出入り口まで運んでいた。
本来彼が乗ろうとしていた電車は彼が人助けをしている間に行ってしまった。
多分、彼は今日も遅効をするのだろう。
私が彼の人助けを見た二十回目だった。
それは私が困っている人を見捨てた回数で数えるようになっていた。
私の予想通り、彼は一時間目が始まる直前に来た。
煙たがれる用にクラスメイトが身を寄せ合って、今日も彼の悪口を言い始める。
おばあちゃん助けて、善人のふりかよ。またか、気にしなければいいのに。ただの偽善者じゃん。
彼にも聞超える声量でクラス中が話し始める。
彼はそんなこと気にもとめず、授業の準備をしている。
教師がドアを開けて入ってくると自然と誰もしゃべらなくなった。
「おし、授業やるぞ。」
教師がチョークを手に取りながら授業を始めた。
「おっ、黒板綺麗じゃん。今週の日直いい仕事する」
帰りのホームルームで、彼が助けたご老人から感謝の電話がきたと話していた。
うちの制服で名前は知らないが「ありがとう」と伝えてほしいと言っていたと。
それと一緒に彼が遅刻したことで呼び出された。
放課後、誰もいない教室で彼は本来日直がする仕事を文句一つ言わず淡々とこなしていた。
「天佐くんは彼らに対していらついたりしないの?」
私の素朴の疑問だった。
「ん?僕に聞いてんの?」
「天佐くん以外に誰がいるの?」
教室に私と彼だけ。
そんな、彼は黒板を一人丁寧に消している。
顔は黒板の方を向いていて見えない。
「天佐じゃなくてテツでいいよ」
「じゃあ、テツ君はクラスメイトに対して何か思うことはないの?」
「僕は気になんないよ」
「じゃあなんで、人助けしようとするの?」
彼は私の疑問に対して黒板消しを止めて私の方を振り向くと静かにこう返した。
「困ってたからだけど」
私はこの一言に圧倒された。
ただ、純粋に困っている人がいたから助けた。当たり前のようで誰も出来ないことを彼はさも当然のように言ってきた。
彼はまた、黒板を綺麗にし出した。
「それに、人助けなら君もたまにしてるでしょ」
「知ってたの」
「うん、僕が声をかけようとしていたら君がもう助けている事があったから。優しい人だと思ったんだ」
君に言われるとわたしのなんかただの偽善だ。
祖母との約束がなければ多分声なんかかけることなかった。
「それに、彼らも言っていが、偽善でいいんだ。やらない善よりやる偽善。やらない彼らは悪人だ。僕はそう思って彼らのことなんか気にもとめてないよ」
そうか、それなら私がやっていることなんか彼の前では関すんでしまうな。
「それに、悪人は死んだら地獄行きだろ。僕はやだもん」
彼は仕事の手を止めずに話し続ける。
その横顔はどこか生き生きしているように見えた。
そして泣きそうな子供の顔にも見えた。
「なんで、私に話すの?私も彼らと変わんないのに」
「君は誰かのために動いてるじゃないか」
その後、彼と何気ない会話をした。
クラスメイトの死後の話は一番盛り上がった。
彼はとても楽しそうだった。
私も正直、クラスメイトと話すより楽しかった。
うわべも何も気にしなくて良かったから。
明日はいい日になると思いながらその日はベットに飛び込んだ。
私にとって人助けは祖母との約束を言い訳しながらも、どこか体のいい善行が出来てると思った。偽善だとわかりながら、暇を潰すようにやってた。助けた相手の顔なんて気にもとめてなかった。
だから、次は相手の顔を見ながら最初から最後まで助けてみようと思った。
次の日、登校途中に横断歩道を渡るのに苦労している年配の方がいた。
私は近づいて。
「手伝えることありますか?」
彼だったらこう聞くだろうとい言葉をかけた。
「道が分からなくて。ここなんだが」
年配の方はポケットから一枚の紙を取り出した。
そこには簡易のマップで、駅から目的地まで書かれていた。
「案内しますよ」
「本当かい」
「はい、荷物も持ちますよ」
私はこの時何かを忘れていた。でも、そこまで重要じゃないと気にもせずただ、人助けをすることに集中しようとした。
「佐野さん」
私の名前が聞こえた方向を振り向くと、目の前にはトラックが見えた。
何が何だか分からない。
私は老人と一緒に誰かに押されたんだと気づいた時には私達のことを押した人はトラックすれすれだった。
「あ」
昨日も見た顔。
「君が無事で良かった」
そう聞こえたきがした。
ガシャン。
フシュー。
直後ものすごい轟音とともに赤い水たまりが私の足を濡らした。
ドクドクとあふれてくる。元に目をやると前輪が赤く染まったタイヤが見える。
あれ何を私はしてんだっけ。
分かったのは。
私をかばった相手が死んだこと。
そしてその相手が彼、テツくんだったこと。
こういうときテレビでは叫んだり、口を押さえたりするのに私はただ倒れていた。
押されただけで、どこかをすっただけだろう。
膝まできた液体を見ながら、今朝飲んだトマトジュースを思い出した。
パッケージに入っているからわかんないが多分こんな色なんだろ。
周りがざわつく中で、だれも近づかない。
運転手は降りてこないし、立ち止まる人もいない。
忙しいので、私は関係ないので、そんな顔しながら足早に人が去って行く。
世界って残酷でクラスメイト以上に優しくないと思った。
彼の優しさはどこに消えたのか。
最初からこうなるのが決まっていたのか。
これが彼がした人助けの二十一回目だということ。
私は水たまりの中で願った。
彼に来世がありませんように。善人が苦労する社会なんて彼にはかわいそうだと思った。
善人が死ぬ世界。
そう思うと世界が狂っているように思えた。
優しさ 鈴鳴 桃 @suzumomo
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