恋愛的好意の上手な伝え方 ~あるいはクール系少女を動揺させるシンプルな方法論~

熊坂藤茉

具体例を挙げて伝え方を工夫しよう

「好きです、付き合って下さい!」

「恋愛感情は無いです、お断りします」


 昼下がり、学園の中庭で繰り広げられる告白模様。私に向けられた都合二十度目のそれは、全て同一人物からの物である。


「うう……俺はこんなに恋愛感情ドカ盛りなのに受け取りを拒否される……」

 膝を着き、さめざめと泣く目の前の男性に、私は視線を合わせるようしゃがみ込む。

「生徒会長も懲りませんね。錬金術以外特段取り柄の無い私のどの辺りがお気に召したので?」

 私達の通う学校は、魔術や錬金術を中心に習う専門学校だ。隣街には商売のやり方や科学を学ぶ専門学校があるらしいのだけれど、互いに街の端と端なので正直あまり縁が無い。そしてそこでくずおれているのは我が校の生徒会長様なのだが、何故かこちらに対しめげずに恋愛感情を向けて来ている。

「どこ、って言われると……大体そういう態度な所?」

「どういう所ですか、それ」

 いまいち要領を得ない回答に眉をひそめれば、あちらも「どう言ったモンかなあ」と頭を掻いている。

「何て言うか、そんな風にきっぱりはっきり答えてくれるトコとか? 普通告白の断りってもっと遠回しにゴメンナサイみたいな奴が多いのに、君はちゃんと明確にしてくれるし」

「曖昧に断る方が不誠実では? そも関係性変更を申し入れられて同意しないだけであって、別段悪事を働いていないにもかかわらず謝罪の言葉を述べるのがおかしいかと」

「そう、そういうトコがめちゃめちゃ大好き愛してる」

 すかさず好意を差し込んで来る辺り、この会長のめげなさは半端ではない。

「そういう感情を持たれているという事実だけ認識しておきますね」

「受け取ってよぉ~……」

 すげなく返せば駄々をこねる子供のような事を言い出すので、他の生徒会関係者の頭は相当痛んでいるのだろうな、と少し同情してしまった。視界の端にちらりと映っていたので目線を向けたら即座に逸らされたけれども。なんでですか。


「うーん、言い方が悪いのかなぁ」

「少なくとも響いてないのは確かですけれど」

 バッサリ切り捨てれば、会長がぐぬぬと悔しげな顔を見せる。……こういう所を見ると「意外に年相応なのだな」と不思議な気持ちになるのは何故だろう。

「そっか。好き! って伝える事が大事だと思ってたけど、ちゃんと練ってみるよ! 明日こそリベンジだ!」

「特に希望していませんから無理せずとも構いませんので」

 予告をして去って行くその背中に声を掛けながら、二十一度目となる明日の告白に想いを馳せて、気を重くしてしまうのであった。


* * * * * * * * * *


「で、リベンジとの事ですが……会長大丈夫ですか?」

「おぉー……ちゃんと練って来たからな」

 翌日中庭で昼食を取る私の元にやって来た彼は、目の下に薄くクマを作っており、控えめに言っても元気とは言い難い様子だ。いつもの力強く溌剌としたそれがかげりを見せている事に、どこか胸が落ち着かない。

「それじゃあ二十一回目の正直を――」

「会長。ちょっと待って下さい会長」

 ごそごそと何か取り出した彼の手の中にあるモノを見て、思わず硬直する。その魔術スクロールは何だ。

「ん? ああ、これは昨夜作った〝記述した内容を読み上げて、記述に朗読者の感情と齟齬があったら反応するスクロール〟だけど」

「ピンポイントにも程がある効果では!?」

 残念でも魔術・錬金術専門学校生徒会長。技術的にはトップの存在なのであった。

「本心から思ってる事だって分かりやすい方が訴え掛けやすいかなーってね。じゃあ読み上げるよー」

「はあ……」

 そんな物を持ち出されても響くとは限らないのにな、とぼんやり考えながら、私はその光景を見守るしか出来なかった。


* * * * * * * * * *


「――で、次に好きなのが七ヶ月前の錬金術実技試験レポートを褒められて嬉しそうにしてた表情。アレ凄い頑張って書いてたもんね、ちゃんと評価されたんだって安堵といい成績を取れた事に対する満足感が合わさった愛らしさが……あれ、何で顔隠してるの?」

「何故と問われれば概ね冷静さなどを取り戻したく」

 困った、視線どころか顔を合わせられない。先程から延々続けられる二十一回目の告白こと感情朗読は、「己がどういうニュアンスで好意を抱いたのか」を事細かに説明していく類いの物だった。スクロールに反応がない辺り、諸々何もかも本心なのだろう。

 それ自体は分かり易さが上がったのでいい。いいはいいのだけれど、まさか一回目の告白よりも半年以上前の私の様子からスタートするとは思わなかったし、今もまだ十三回目と十四回目の間くらいの時期の話をしている段階だ。ある種の公開処刑の類いでは?

「……もしかして動揺してる?」

「してたらどうなんですか」

「ん? 凄い嬉しい」

 掌の向こうにある彼の表情は見えない。だけど、どこか声が弾んで聞こえるのは気の所為ではないだろう。

「今までがきっぱりばっさりばっかりだから、そういう表情がめちゃめちゃ新鮮。正直言って興奮する」

「どうしてそう何もかも外面を取り繕わずに言うんですか会長……」

 熱っぽさを帯びた言葉が、耳のすぐ近くで紡がれる。胸の奥が落ち着かないこの感覚は、一体何なのだろう。

「真剣に君の事が好きだからね。こういう方が効果的じゃないかなって、ちゃんと考えた結果だよ」

 嬉しそうな声色で響く言葉に幾ばくかの悔しさを覚える。おかしい、彼には恋愛感情を持ち合わせていない筈なのに。


「――回数的には半端だけどさ、二十一回目の正直なんだよ。こんな魔術スクロール作ってまで本気だって伝えたいんだ」

 今までの若干おちゃらけていた空気が消え、ぴりっとした声で懇願される。


「恋愛感情として好きなんだ。……結婚を前提に、俺とお付き合いしてくれないかな?」


 ここに来て急にハードルを上げに来た会長に、本気で言ってるのかと怒鳴りたくなる。言い返してやれねばと顔を隠す事をやめれば、そこには今までで一番真剣でかっこいい表情の会長がいて。


「――わ、私は――」


 言葉が上手く紡げない。こういう時は、こういう時はどうすれば――


「――回答保留でお願いします!」

 そう言い切り、私は魔術用の箒を呼び付け、飛び乗るようにその場から逃げ出した。


「保留!? え、待ってちょっとどこ行くのさー!」

 猛スピードで現場から飛び去る私を見上げる会長も、そして当の本人である私でさえも、この逃亡が累計二十一回繰り返される事になるなんて、この時は少しも思わなかった。

 ……二十一回目で何があったか? それは、ご想像にお任せしよう。

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恋愛的好意の上手な伝え方 ~あるいはクール系少女を動揺させるシンプルな方法論~ 熊坂藤茉 @tohma_k

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