世界の終わり

水縹❀理緒

姉の世界

きっともう、来ない世界

鮮やかで、暖かで、少しの切なさ

戻れはしない

美しく映る思い出達に



私はそう綴った。

近々、この地を離れ旅立つ。

せっかくだ。

ここでの思いや過去は、ここで書き留めてしまおうと思ったんだ。


何から書こうか。

書きたい事は山ほどあるのに何一つ出てこない。


そうだ、私の兄妹の事でも書こうか。

私達は3人兄妹で、1番上は兄、そして私、妹。

兄は優しくて頼れる男

妹は愛嬌があって可愛い子だ。

…あぁ、私には似てない。

妹は歳が同じだが、父が再婚した相手の子だから。

だが、面白いことに、誰も彼もが3つ子と信じる。


何故だろう。

あぁ、きっとアレだ。

3人とも、好きな物嫌いな物が同じだったからかな。

食べ物、ファッション、趣味嗜好……あと、あぁそう。


演技が好きで3人とも演劇部だった。

主人公、ヒロイン、悪役のボス…重要なキャラが同じ苗字の人間が演じていると話題になったな。

その時、私は悪役だった。

醜い悪役だから、私が似合うと。

周りが薦めたからだ。


でも、兄は違った。

私の声を、私の顔を、私の演技を

認めて、褒めてくれた。

私の声は唯一無二で、すぐに分かるのだと。

好きだ、と。


その時だけは、自分の物語は自分が主役なんだと思えたんだっけ。


だけれど、やはり私は悪役だった。


2人が好きだった。

好きな人でさえ同じの3人。

そう、思ってた。


公演後、私は兄を追いかけた。

今日は、アナタのおかげで上手く出来たと、ありがとうを伝えたくて

まだ着替えてもいない状態で走っていた。


その先で目に映ってきたのは

言わずとも分かるだろう。


主人公の隣にはヒロイン

それがお決まりだってこと。



そもそも、分かっていた。

叶うはずのない想いだなんて。


だから、1人で歩きたくなった。

迷いを、考えても仕方の無いことを、

忘れたくて。


私は、ずっと前から誘われていた舞台の演者を引き受け、劇のチケットを2人に渡した。

2人は喜んで受け取ってくれた。

私の事も気にしてくれたが、事情があると言って断った。


兄の手を握り返さなかったのは

これが初めてだった。


私は当日、メイクをして、髪も染めて

会場に来てくださった方の案内役を任されていた。

心臓が跳ね上がる。

このドキドキはなんだろうか。

きっと、きっと

雰囲気の変わった私にだ。


いつもの黒いアイメイクじゃなく

色鮮やかな春の妖精の様に愛らしいアイシャドウ

温かみのあるピンクブラウンのアイライン

艶やかで、それでいて純情なリップ

まるで赤ちゃんの肌のような仕上がりに

そこへほのかに色付く血色のチーク

髪はゆるくふわりと可憐な三つ編みに

パールとお花があしらわれた森の少女のよう


何もかもが、ちがう。

これが、今の私、だ。


心臓はトキメキを感じて鳴り止みそうになく。

落ち着かせるために外に出よう。

そう思って、ドアノブに手をかけたんだ。


スポットライトのように太陽が私を照らす。

唯一の変わらぬ声で、眩しい、と呟いた。


気合を入れて、楽屋へ戻り、仕事場についた。

顔なんて見ている暇もない。

雪崩のようにやってくるお客様に笑顔でフライヤーを渡し、挨拶をする。

これなら、きっと演技も大丈夫。

そう思えた。


だけど


私だけが見えた、映画の

あぁきっとこれは中盤ぐらいのカットだろうか


ハッキリと映った

どこかの物語の主人公とヒロイン。


「今日の主演さんですよね。楽しみにしてます」

「凄い、綺麗な人。楽しみだね」


水を打ったように

私の鼓動も時を止めて


「ありがとうございます。楽しんでいってくださいね」


「はい」



一瞬の、会話。

交わらない視線。


私を照らす光は消え、スポットライトは壇上の主人公達へ降り注ぐ。


……でも今日は。


もう、時間だ。


私は、暗闇の中へ溶けていった。


響くカーテンコール

見慣れぬ私の姿

ここは今、私の世界


その時演じたのは、愛憎劇だったと思う。

公演後は、家に帰らず、友達の家に泊まった。

何度も兄から連絡は届いたけれど、開く気にはなれなかった。


数日後。

校長から呼び出しがあった。


学校にも行けてなかったから、その事だろうと思っていたけれど、聞かされた内容は全く違って、呆けてしまい記憶があまりないけれど、とても喜んでいたと思う。

海外から、オファーが来て、私は留学生として旅立つ事が決まったとの事だった。


それは、校内に広まり、兄妹にも知られた。


身支度をする為、帰宅した時

私は兄と久しぶりに話した。

震える手で私の手を握ってくれた。

ずるい、ずるい。

捨て去ろうと手に持っていた感情が暴れ出す。

もう、いいかな。


第二劇目は、叶わぬ恋に溺れた悪役でも。


背中には、今でも彼の熱を帯びている。

あの時の真実はきっともう意味をなさない。

妹の想いも、彼の想いの場所も。

私は何も知らないけれど。

だけど、今はこれでいい。


またこの地へ帰ってきた時に

笑い話になっていれば

それでいいのかもしれない。

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世界の終わり 水縹❀理緒 @riorayuuuuuru071

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