ワルナスビ&マトマトの実

第43話 ワルナスビ&マトマトの実(1)

 ネヴィア鉱山の中腹。

 炭坑開発で木々を伐採され草地の広がる山中で、一人の少女が地面にかがみ込み一心不乱に何かを掘り返していた。


「よーし、丁寧に……丁寧に……」

 肩口まで伸びた細毛の金髪が鼻先にかかり、むず痒くてくしゃみしそうになるのを堪えながら、少女――グレイスは慎重に地面から生えた植物を掘り起こしていた。


 茎は極端に短く、丸みを帯びた葉が根元から放射状に生え、黄色く丸い果実を複数くっつけた植物、マンドラゴールである。


(……この前に採取してきた分は使い切っちゃったし、今度は実験用と栽培用に幾つか採って帰ろう)


 マンドラゴールは根に強い毒性を持ったナス科に属する多年草だ。

 根の毒成分を摂取すると吐き気を催したり、幻覚を視たり、場合によっては死に至ることもあるほど強力な毒だが、少量であれば解熱、鎮痛の効果もあり、麻酔薬としても利用できる為、薬の原料としても重宝されている。


(上手く有用成分だけ抽出すれば色々と使い道もあるからね~)


 今日の収穫はマンドラゴール四株。実験用と栽培用に二株ずつと言ったところだ。栽培に成功すれば実験の度にわざわざ山登りする必要もなくなる。

(特別な栽培方法とかあるのかな? 後で、植物店のジュシューさんに聞いてみよう!)

 乱獲によって生息域の狭まっている貴重なマンドラゴール。どうにか栽培を成功させたいものだ。

(この辺のマンドラゴールも、あんまり実験用に採りすぎると絶滅しちゃうよね。幾つかは必ず残しておかないと……)


 グレイスは周辺の草地を見回して、ちらほらと生えているマンドラゴールを確認した。

 すぐさま絶滅してしまうほど数が少ないわけではないようだった。

 特徴的な黄色い果実を目印に見ていたグレイスは、その中でやや背丈の高いマンドラゴールがあることに気が付いた。


「あれ? これ、マンドラゴールじゃないや」

 近づいてよく観察すると、それは一見してマンドラゴールと似たような果実を付けていたが、全く別の植物だった。

「う~ん、なんだろう。気になるなぁ……。よし、これも一株もって帰ろう!」


 思い立って謎のマンドラゴールもどきを引き抜こうと茎の根元を掴む。

「あっ! い、痛い!?」

 グレイスは手の平に感じた鋭い痛みに、思わず植物の茎から手を離す。顔を近づけて注意深く見れば、茎に鋭い棘が何本も生えていた。


「あ~……痛たた……。しまったぁ~……手袋はめて作業すればよかった……」

 マンドラゴールの採取に手慣れてきていたこともあって、うっかり素手で棘付きの植物を触ってしまったことに後悔を覚える。

 グレイスの手には細かい引っ掻き傷が幾つもできてしまった。

「うー……棘にしてみても、マンドラゴールとは特徴が違うなぁ。果実の形は似ているから近い種類の植物だとは思うんだけど」


 マンドラゴールの近縁種ならば毒を持った植物かもしれない。

 あるいは有用な薬効成分も含まれているかもしれないと考えたグレイスは、棘に注意しながら謎の植物を掘り起し、一株持って帰ることにしたのだった。




 ネヴィア鉱山から戻ったグレイスは、謎の植物について手っ取り早く情報を得る為にジュシュー植物店へと寄ることにした。

 店先で眼鏡をかけた痩せ型の若い男、植物店の店長であるジュシューが、グレイスの持ち帰った植物を観察している。


「ははあ、これはワルナスビですねぇ」

 ジュシューは意地の悪そうな笑みを浮かべて植物の名を告げた。

「わるなすび?」

「ええ、非常に繁殖力の強い、マンドラゴールと同じナス科の毒草です。果実はもちろん茎や葉にも毒を含んでいましてね。マンドラゴールと違って薬用にも使えませんし、果実を食べた家畜が中毒死することもあるので、厄介視されている植物ですよ。茎には棘も生えているので、これでうっかり怪我をする人もいるくらいでして、本当に始末が悪いんですよねぇ」

 グレイスはうっかり怪我した手のひらを背に隠して、苦笑いを浮かべた。


「何か実験に使えればと思ったんだけど、あんまり役に立たないのかな」

「むしろワルナスビを効率よく駆除できる方法の研究を考えてもらいたいですねぇ。役に立たないからって、その辺に捨てていかないで下さいよ? 茎の一部からでも殖えることがありますから」

 ジュシューに行動を読まれているようで、場都合の悪いグレイスであった。



 結局、ワルナスビは宿に持って帰ることになり、マンドラゴールとは別に一鉢用意して、とりあえず観察をしてみることにした。長期滞在で部屋を借りてはいるが、あまり私物を増やすのも迷惑になるので、正直に言えばすぐ山にでも捨ててきたかった。

 


 アンリエルとベルチェスタが、一緒に街へ買い物に行こうとグレイスのいる宿に顔を出した時のこと。部屋の中に増えた鉢植えを見て、アンリエルが訝しげな顔をした。

「グレイス、この植物は何ですか? マンドラゴールではありませんね?」

「本当だね、また怪しげな植物が増えているよ……。今度は何を拾ってきたんだい?」

 そんなに何でもかんでも拾ってきているつもりはなかったのだが、近頃はマンドラゴール以外にも野草を摘んできてはあれこれ実験に使っているので、ベルチェスタにはおかしな目で見られている。


「ワルナスビだよ。マンドラゴールと同じナス科だし、共通点とかあって研究の役に立つかと思って採ってきたの」

「ワルナスビなんて厄介者の植物じゃないか、物好きだねぇ」

「いいのー、研究なんだから」

「薬にもならない毒草ですよ、何に使うのです? 気に入らない人間に一服盛るとか?」

「そんな恐ろしいことしないから!!」


 散々な言われようのワルナスビであった。

 グレイスはワルナスビを庇うように鉢ごと抱え、六つの小さな実が付いた苗を日当たりの良い場所に移動させておいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る