第10話 ただ純粋に

 アカデメイアでの講義が本格的に始まるまでの期間、ベルチェスタは自然科学の基礎を予め学んでおこうと、学院の図書館で数学・化学・物理学に関する本を読み漁り、朝と夕方にはパン屋の手伝いに街へ出るという生活を送っていた。


(……講義が始まったときの事を考えると、こりゃ結構しんどいかもねぇ……)

 生活費を稼ぎながら学問に打ち込むには人一倍の努力が必要になる。裕福な家の娘であれば街で買い物を楽しんだり、劇場にでも遊びに行く年頃なのだろうが、下層階級の市民である彼女にとっては望むべくもない。


 ベルチェスタは街の中央通りを歩きながら、行き交う人の姿に視線を走らせる。華やかな衣装に身を包んだ年頃の娘達が談笑しながら通り過ぎて行った。貴族か、上流階級ブルジョワジーの子女だろう。

(……別に、羨ましくなんかないさ。あいつらとあたしは違うんだ)


 同い年の少女と街に出て遊んだり、買い物を楽しんだり、そんな生活にも憧れていた。けれど、以前ほど羨ましいと思わなくなったのは本当だ。

 今のベルチェスタはアカデメイアの学生となったことに一種の誇りを持っていた。享楽的に無為な人生を送るより、苦労してでも学者になって世に名を残す方が、よほど格好の良い生き方だと思う。


(なんにも卑屈になることはない。あたしは実力でもって成功を手にしてやる……)


 密やかな葛藤に決着をつけ、ベルチェスタは街の中央通りを突っ切った。いつだってこの通りを抜けるときは劣等感を抱き俯いていたのに、気持ちが変われば前を向いて歩くことができる。実に清々しい気分だった。


 中央通りを抜けて、やや煤けた雰囲気を持つ職人通りへと足を踏み入れる。この辺りは商工業者のような普通市民が多く生活の場としていた。

 慣れ親しんだ空気に気を緩めたベルチェスタは、何とはなしに通りの向かい側に視線を送る。そして、唐突に飛び込んできた光景に目を疑った。


 職人通りには場違いな様子の少女が二人、石畳の道を駆けていったのだ。

 彼女達は、普通市民ならとても普段着にはできない上質な衣装を身に纏っていた。舞踏会で着るような派手なドレスとは異なるが、気負いもなく自然に着こなしている様子を見れば、彼女らが紛れもなく貴族の子女であることは見て取れた。


 一人は美しい金髪に青い瞳をした少女。

 もう一人は癖のある長い黒髪が特徴的な背丈の低い少女。

 ――つまるところ、アカデメイアで出会ったグレイスとアンリエルであった。


(――な、なんだい? あの二人は……? どうしてこんな界隈に来てるのさ……)

 街の中央通りならまだしも、職人通りでは明らかに浮いている二人組みの貴族の少女。立ち並ぶ店に飛び込んでは歓声を上げ、周囲から奇異の視線を向けられていた。


(……この辺りの店で、そんなに珍しい物でもあったかね……?)

 彼女らの興味を惹くような物に関して、ベルチェスタは何一つ心当たりがなかった。


 ……立ち昇る窯焚きの煙、熱した金属を打つ音、革をなめす薬品の臭い……通りに並ぶ工房の一つ一つから、独特の雰囲気が漂ってくる。


 ただ、その光景はベルチェスタにとっては、なんら感慨を誘う景色ではない。まったくもって普段と変わらない職人通りの風景。

 だが、グレイスとアンリエルの二人にはまるで違う光景が見えているのか、目に映った物へ片端から飛びつき、見るもの全てが新鮮な子供のようにはしゃいでいる。


(……何やってんだか……。あんな店に入って楽しいのかい……?)

 彫金加工や金属細工の店でアクセサリなどを見て回るのなら、年頃の少女として興味を持つのもわかる。

 ところが工具店など、おおよそ彼女らの日常に直接関わることもない店にまで足を踏み入れていた。グレイスは店内の品物に興味を惹かれたのか、真剣な表情で金槌を睨みつけていた。その傍ではアンリエルが木材切断用の鋸を両手に持って見比べている。


 ドレス姿のお嬢様が物騒な工具を手に持つ異様な光景に、店員も声をかける事はできなかった。

(あー……もう見ちゃいられないね……)

 果ては錠前の工房にまで首を突っ込み、仕事の邪魔をされた職人につまみ出されている。


 アンリエルが何やら口汚く罵り――聞こえないがたぶんそうに違いない――、詰め寄る男とアンリエルの間に割って入ろうとしたグレイスが、男の鼻面に頭突きを食らわしてひっくり返してしまう。慌てて逃げる二人を見ながら、ベルチェスタもまた肝を冷やす。


「ふぅ……。あ……何であたしが心配なんてしなきゃならないんだ! 別にあいつらがどうなろうと、関係ないっての……!」

 一人、余計な心配をしてしまった自分を叱咤してから、ベルチェスタは足早に職人通りを歩き去ろうとした。


 その微かな焦りを伴った動きが目に止まったのか、通りの向かい側から大声ではっきりと自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

「あっ! ベルチェスタ! ベルチェスタだよね!? おーい!」

(――聞こえない、聞こえない……あたしを呼ぶ声なんか聞こえ――)

「あれれ? やっぱり、ベルチェスタだ! 無視しないでよぉー!」

「わあぁ!!」


 ほんの一瞬の間に、ベルチェスタを呼び止める声はすぐ間近に移動していた。異様に力のこもった両手で肩を掴まれ、逃げることも叶わなかった。グレイスに一足遅れて、ゆっくりとアンリエルが目の前まで歩いてくる。


 小さな胸を精一杯に張ると、細く冷たい目つきで見下して……否、見上げてきた。

「平民の癖に私達を無視するとは良い度胸です。礼を失した償いとして街を案内しなさい」

「慇懃無礼なあんたが言うことか! 大体どうして、償いが街の案内になるんだよ!」

「おや? では、不敬罪で投獄される方が良いのですか?」

「えぇ~! アンリエル……それはいくらなんでも、かわいそうだよ。恩赦を与えるべきだと思うな」

「罪を犯したことが前提みたいに言うなー!」

 がっちりと後ろからグレイスに捕まえられて、完全に悪者扱いであった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 結局、グレイスの懇願に根負けしたベルチェスタは、二人の為に街の案内をすることになってしまった。

「何であたしがこんなこと……」


「ねぇ、ベルチェスタ。文房具店ってあるかな? メモに使う紙とインクが欲しいの」

 講義や実験の記録ノートに、安い粗紙そしとインクは欠かせない。後で見直してわかるような形に残しておかないと、せっかく学んだことも忘れてしてしまう恐れがあった。決して安い物ではないが、ベルチェスタも最低限は用意するようにしていた。

「紙とインクなら安い店を知ってるよ。上質紙も置いているから用途に応じて選べるし、すぐ近くにあるから寄って行くかい?」


 ベルチェスタが案内して辿り着いた文房具店は、やや古びた造りの店構えをしていた。

 看板には、筆記具、紙、ほか小物などと書いてある。

「……いらっしゃい」

 眼鏡をかけた小柄の老人が小さな声で客を迎え入れる。簡単な挨拶だけ済ませると老人は店の棚に並んだ商品を整理し始めたが、特別、客に対して何らかの応対をすることはないようだった。


「グレイス。紙とインクはこっちだよ」

 ベルチェスタは何度もこの店に来たことがある。手狭な店の中を縫うように歩いていき、目的の紙とインクが並ぶ一角にグレイスを誘導する。


「粗紙と、上質紙に……あ、羊皮紙も置いてあるんだ……」

「ああ、この店には一通り揃っているよ。ただ、安物の紙はとても安いんだけど、逆に高級紙はちょっと割高になっているかな」

「そっか……じゃあとりあえず今日は粗紙と、適当なインクを買っておこうかな」

「書くものは何か持っているの?」

「うん、愛用の羽根ペンを一本持っているよ。一つのペンを使い慣れちゃうと他のは使いづらく感じるんだよね……」


 ベルチェスタとグレイスが紙とインクを選んでいる間、アンリエルは一人で棚に並んだ小物類を物珍しそうに眺めていた。グレイスが買うものを決めると、アンリエルも幾つか商品を手に持ってくる。しかし、アンリエルが手にしているのは先程まで眺めていた小物類ではない。不思議に思ったのかグレイスが訊ねた。


「ねえ? もしかして、アンリエルって絵を描いたりするの?」

 アンリエルが手にしているのはデッサン用の石墨と、絵を描くのに使う厚手の紙だった。

「油絵のように本格的なものは描きません。面白いモチーフがあれば気紛れにデッサンをしてみることがある程度です」


「へえ、意外な趣味だね……。そうだ、今度何か描いたらあたし達にも見せておくれよ? いいだろ?」

 場の勢いで口に出してしまってからベルチェスタは、少し馴れ馴れしかっただろうか、と今の発言を後悔した。グレイスがあまりにも自然に接してくるので、まるで旧来からの友人のように、アンリエルに対しても話しかけてしまったのだ。


 案の定、アンリエルは不快そうな顔で睨み返してきた。が、突然何かを閃いた様子で、表情をにたりとした笑みの形に歪める。

「……構いませんよ。何でしたら貴女を描いてあげましょうか? モチーフとしては面白い素材だと思います」

「……それは、どこがどう面白いって言いたいのかしらねぇー……?」

「それはもう、どこもかしこも」

 アンリエルが黙々とカンバスに向かって絵を描く姿が想像できる。どうせ、描きあがってくるのは人を物笑いにした抽象画だろうと予想がついた。


 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 文房具店で買い物を済ませた三人は職人通りを抜けて、やや寂れた印象のある商店通りに出てきていた。

 中央通りほどの活気はなく、衣装店が数軒ある他は小さな花屋が一軒と、すぐ隣に観葉植物がたくさん置いてある中規模の植物店が一つあるばかりだ。


 道中、花屋の入り口からバラやラベンダーの澄んだ香りが空気に混じって漂ってくる。

「へぇ……この季節にもうラベンダーが出てるんだ……」

 思わず立ち止まって芳香に酔うグレイス。

「温室栽培で開花を早めているのですね、きっと。……さあ、もう行きましょう」

 アンリエルは興味がないのか、惚けた表情でいるグレイスの鼻をつまんで歩き出す。

「ふにゅぅっ……!」

 脱力するような情けない声が上がる。


「うゆゆー……。鼻を引っ張らないで……ハぁンリエルぅ……」

「おやおや。お花はお気に召しませんでしたか?」

 足早に花屋の前を通り過ぎようとしたアンリエルの前に、ちょうど植物店から出てきた男が声をかけてくる。男はベルチェスタと目が合うと、意味有り気に小さく笑った。この辺りにはベルチェスタもよく知った顔が何人かいる。男もその一人だった。


「あたしらに、なんか用かい?」

「それはまあ当然、商売です」

 眼鏡をかけた痩せ型の、まだ若いとかろうじて言えそうな風貌。前掛けをしていることから見ても普通の植物店の店員なのだが、どこか軽薄そうな笑みを浮かべた人物で、胡散臭さが漂っている。


 そんな気配を鋭く察したのか、アンリエルは声をかけてきたこの男にやや警戒するような視線を送り、突っぱねた。

「花でしたら間に合っています。どうせすぐに枯れて、ゴミになるだけですから」

「ほう、お花には興味がない……。そうですか。確かに、花の寿命は短いもの。だからこそ愛でる価値があるのですが……」

 大仰に残念がる男は、一旦店の中に引っ込むと数秒とせぬ内にまた戻ってくる。ただし腕の中には小さな鉢植えが一つ納まっていた。


「残念ながら年中花を咲かせ続ける品種は在庫を切らしておりまして、今は店にないのですが、代わりに観葉として楽しめる……希少で珍しい植物などはいかがでしょう……?」

 男がそう言って差し出したのは奇怪な形状の葉を持つ植物だった。


 二枚貝のような形をした葉は周縁部に棘を生やしており、葉と葉の合わさった内側はまるで動物の口内のように真っ赤な色をしている。大きく口を開けたそれは、一つの鉢にひしめきあう様にして群生していた。ベルチェスタも見たことがない、奇妙な物体だった。


「あんたはまた変な物を仕入れてきて……何だい、これは?」

「変わった植物だね……? 外国産かな?」

「ああ……これならば図鑑で見たことがあります。名前は確か、ディオネアですね?」

「正解! 素晴らしい……これをご存知とは、お嬢さん只者ではありませんね?」


 アンリエルの回答に男は大袈裟な反応を見せると、目を輝かせてその奇怪な植物の解説をし始める。

「学名ディオネア、女神の瞼と称されるこの食虫植物は、俗にハエトリソウという名前で一部の好事家に親しまれております……」

「食虫……虫を食べちゃうんですか?」

「ええ、まさしくその名の通り! 葉に連続して二度、このように刺激を加えられますと……ほら!」

 男が植物の葉に軽く二度、虫を挟んだピンセットで触れてみせると、瞬時に二枚の葉が閉じてこれをがっちり咥え込み捕らえてしまう。


「わわわっ! 見た!? 今の見た!? アンリエル!?」

「…………」

 目を見開いて驚きを顕わにするグレイス、じっ……と目の前の食虫植物を見つめるアンリエル。そして、二人の反応を楽しそうに眺める店員の男。ベルチェスタは不意に嫌な予感がした。

 ややあって、「はふぅ……」とアンリエルが吐息を一つ漏らす。


「グレイス……。これは、買うべきです……!」

「アンリエルもそう思う!?」

 力強く断言するアンリエルに、グレイスも両拳を握って鼻息荒く興奮する。 


「気に入って頂けましたか!? いやはや、お客様はお眼が高い! 今ならこの温室栽培ケースをお付けして、二〇フランのところを……なんと値引きしてたったの一五フラン! 更に! この育成マニュアル本『食虫植物の気持ち・初級編』が無料でついてくる! どうです、お嬢さん!?」

「うん、安い! でももう一声! 一四フランだったら買いますけど?」

「ちょいと! グレイス待ちな――」

「くぅう……っ! お嬢さん、商売上手ですねぇ? いいでしょう! ここまで言ったからには……一四フランでお譲りしましょう!」

「やった! 店員さんも話がわかる! これ買います!」

「はーいはい、ありがとうございます! 今後ともこのジュシュー植物店を御贔屓に……」

 店員は植物の鉢を素早く栽培ケースに移し、持ちやすい袋に入れてグレイスに手渡す。


 にこやかな笑みで客を見送る店員に向けて、グレイスも手を振りながら植物店を後にする。口を差し挟む暇も与えられなかったベルチェスタは、言おうか言うまいか迷っている内に機会を逸してしまった。

(グレイス……あんた、絶対ぼったくられているって……!)


 ◇◆◇◆◇◆◇


 太陽が空の天辺に登り、工房の職人達が作業の手を休めて昼食を取り始める頃、ベルチェスタは、満足げな表情のグレイスとアンリエルを脇目に、商店の並ぶ通りをゆるゆると歩いていた。

(そろそろ頃合かね……)


 勢いのままに、かなり長い時間を付き合わされてしまった。不本意ではあったが、同じ年頃の女の子と買い物して回るのは初めての経験で、楽しくなかった、と言えば嘘になる。とは言え、ベルチェスタにはあまり遊び回っている時間はない。


「さてと……。そんじゃあ、あたしはパン屋の仕事に行く時間が近づいてるから、別行動させてもらうよ。途中で食材も調達して行かなきゃならないしね」

「……お仕事で買出しもするの? 食材市場に行くなら私達も付き合おうか?」


 買出しについて行こうとする二人であったが、ベルチェスタは半笑いで、眉根を寄せた渋い表情を作る。

「だーめ。悪いけど貴族のお嬢様を二人も連れてちゃ、食材調達も足下種姓を見られて高くつくからね」

 上から下までいかにも貴族といった服装の人間を後ろに連れていては、品物を安く値切るのも難しいだろう。むしろ、相場より高値で売りつけられかねない。


「そうなんだ……。あまりそれらしい格好をしない方が安くしてもらえるのかな?」

 グレイスは自分の着ている衣服をまじまじと眺めてみる。

「……まあ、高値をふっかけられることは少なくなると思うけど、その代わり貴族のお嬢様が好むような一流の高級店には入りづらくなるよ?」


「ベルチェスタの言う通り、あまり得策ではないでしょう。下手な格好をしても私達が貴族だということは、庶民にない振る舞いなどからすぐに看破されてしまいます。例えば、ベルチェスタが上品なドレスを身にまとって貴族だと主張しても、下品な歩き方で下層市民とばれてしまうのが明白であるように……」

「……あはははははは……それならアンリエルの方こそ大丈夫だろ? 汚い服着たあんたなら、たぶん上品な貴族というより糞生意気な餓鬼にしか見えないからさ……」


 数秒の沈黙の後。


「言ってくれますね……」

「事実を言っただけ、だろ……?」

 ベルチェスタとアンリエルが挟んだ空間に火花が散る。……否、火花が散ったようにベルチェスタの目には映ったのだった。しかし、長く続くかと思われた睨み合いは、意外にもアンリエルが先に折れることで決着がついた。


「まあいいでしょう……。懸命に働いてお金を稼がねばならないベルチェスタの身の上は理解できます。私達にできるのは、そんな浅ましくも逞しい生き方を強いられる彼女を見送ってあげることだけです……。そうですよね、グレイス?」

「そ、そっか……! ベルチェスタ……ごめんね。私達、お仕事の邪魔はしないから安心して買出しに行って……? お店の方には後で必ずパンを買いに行くから……」

 グレイスはベルチェスタの手を取り再会を約束しながら、瞳を潤ませて別れを惜しむ。


「なんか腹立つんだけど……、いいや、あたしゃもう行くよ。……店は中央通りから二つ通りを隔てた水路沿いにあるから……。その通りにパン屋は一つしかないし、わかるでしょ。気が向いたら何か買っていっておくれ……」

「うん! 必ず行くからね! 待っていてね!」

 本気で同情するグレイスの声援を背に、ベルチェスタは情けない気分になりながら食材市場へと送り出されるのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 市場で食材の買出しを終えたベルチェスタは、仕事場のパン屋へとやってきていた。

 厨房で下拵えの作業をしながらも、彼女は昼間のグレイスとアンリエルの事が気になって、頭から離れなかった。


(……グレイス。貴族だけど……良い子だよね。アンリエルは……口は汚いけどたぶん、馬鹿正直なだけで悪気はないんだろうね……)

 職人通りを物珍しそうに見物していた二人。好奇心溢れる彼女達の姿は、新しい物事を知る喜びに輝いて見えた。それは紛れもなく、純粋に何かを学び取ろうとする姿勢に他ならなかった。


 二人の姿を見て、ベルチェスタは彼女達を非難していた己の狭量さに気づいてしまった。

(……志だとか偉そうなこと言って、勘違いしていたのはあたしの方じゃないか……)


 アカデメイアに入学した理由を娯楽と言ったアンリエル。対して、その事を非難したベルチェスタの入学理由は、本音を言えば貧しさから抜け出したいという一心だった。

 アカデメイアは純粋に知を探求する場である。一番大切なのは何かを知りたいと思う心であり、富や名誉を得たいと思う野心は二の次だ。


 アカデメイアで学ぶこと。

 その意味を履き違えていたのは自分の方かもしれない。


「意地張らないで認めるべきだね……」


 ただ純粋に知りたいという想い。

 アカデメイアにいる資格はそれだけで十分だったのだ。

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