二十一回の誕生日
あぷちろ
天秤
私が家令としこの家に勤め始めたのは、丁度お嬢様が齢を三つ数えた頃であった。
他家で家令としての一通りを学んだ私は、先達の伝手を辿ってこの家へと着いた。まだ若造と言って差し支えない年頃であったが、将来性を見込まれて旦那さまに雇い入れられた。
新しい、右も左も判らないような場所で、最初に与えられた仕事はお嬢様の誕生日会の手配だった。
誕生日会といっても他家や来賓を招いての大仰なものではなく、内輪のみのささやかなものだった。今思えばそれは新入りである私が、この家に早く馴染むようにするための旦那様方の配慮であったのだろう。
旦那様方の大切なご息女の歳の節目となる誕生日会。それを任された新参者である私は少々の不安と過度な張り切りによって失敗とまではゆかなくとも、それなりに羞恥と反省の思いにかられるような結果となった。
お嬢様本人にとっては面白くもない誕生日会となってしまった筈だが、寛容にも失敗した私をたどたどしい口調ながらも御赦しになられたのだ。
その姿に私は憧憬を得たのだ、幼く小さくとも高貴なるものであると。
私は彼女に一生をかけてお仕えする事を誓ったのだ。
それから年月が経つ。
相も変わらず私は旦那様の元でお嬢様にお仕えしていた。
毎年の儀礼としての誕生日会は続いていたし、毎回私がそれの手配をしていた。
日々の中ではお嬢様の成長を中々実感できずにいるが、儀礼の場を設ける事で、過去を振り返る時を用意することで、我らはお嬢様の成長を実感していた。年を経るごとに怜悧にと伸び育ち、私はただ感慨に耽る。
毎年の事ながら、まだ歳の数も二桁にも届かぬうちであるがお嬢様は私が最初期に《《やらかした》事を覚えていらして、未だに揚げ足をとろうとするのだ。これは大人になるまで蜿蜒と謂れ続けるのだろう。
ついに。というべきか、やっと。というべきか、お嬢様は代々が通う学園の門戸と叩いた。未だ初等部なれど、学園の制服に身を包んだお嬢様は一端の淑女たるべくお姿であった。
この日を越えると、私を含め使用人はどこか寂寥感が漂う屋敷に大なり小なりの虚無感を抱くのだ。
一際、お嬢様と過ごす時間の長かった私は、心に隙間が空いたような気の抜けた感じがしてそれを埋めようとしていた。
人は慣れるもので、次第にその虚無感はなりを潜め、代わりにそこはかとない向上心が顔をだした。
それより数年がすぎる。
お嬢様は中等部を経て高等部へと昇級を果たしていた。旦那様が特別に、父母などの肉親しか基本的には招待がなされない、昇級式へと私を招かれた。
季節の変わり目、長期休暇には勿論屋敷へと戻られていたが、このような場で拝見するお嬢様の立ち姿は私が知り得るものより数段、凛とした悧巧さを見せつける佇まいであった。
また数年、時は動く。
お嬢様の級が上がれば私と共に過ごす時間も学内活動等で格段に減っていた。
私は寂しさを埋めるかのように旦那様の仕事の一部を手伝い、任されていた。
お嬢様はお忙しそうにされてはいたが、それでも毎年の長期休暇や誕生日会の日には屋敷に戻られ、我らに朗らかなお姿を魅せられていた。私が誕生日会を手配し始めて21回目であった。
今年も私がお嬢様の誕生日会を仕切り、お嬢様は私に向かい、最初期の失敗をいびる。
そこに悪意は無く、ただ、懐かしさだけがある。
これから、お嬢様は学園の寄宿舎へと戻られる。我らも一同が礼をしてお嬢様をお見送りする。何時もは寂し気な、後ろ髪を引かれるような表情をされていたが今日は勝気な、それでいて不敵な笑みを称えていた。
お嬢様は私に向かい、宣言した。
――私、結婚するの。
使用人一同が悲鳴をあげる。私は咄嗟に震える声を抑えて、お嬢様に真意を問いた。
――どなたと?
彼女から返って来たのは思いもよらない回答であった。
――あなたと! だから、私を幸せにしてよね。
私は狐につままれたような気分になって、隣に立つ旦那様へと視線を向けた。旦那様はきょとんと、私に向かって何故知らなかったのだ? といった旨の表情をする。
旦那様も含めて、皆、最初からお嬢様をあてがうつもりで私をこの屋敷へ招き入れていたのだ。
返答を求めるお嬢様、私は冷や汗をかきながら言葉を絞り出す――。
終
二十一回の誕生日 あぷちろ @aputiro
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