第94話 予定調和
パトリシア先生の合図を皮切りに、エドガーとクリントンのゲームが開始された。
「ふふふ…、まさかこのワールド・ドミネーションズを、等身大で体験する日が来るとはなぁ。さあ、先手は譲るぜ。全力で来な!クリントン!」
「な…成程、ふふふ…。確かに好きな駒たちと一緒にゲームに臨むというのは、何とも感慨深いものですね。…それでは参ります!いざ!
ガシャン!
ズシン!!
クリントン指揮の下、頭のてっぺんから爪先まで、分厚い鎧に身を包んだ重装騎士が力強く前進。
一歩進んだ所で停止すると、そのまま大楯を振り降ろし、勢いよく楯の下部を地面に叩きつけた。
「ほう…そう来るか。すると…ふむふむ…あれがこうなって…そうなるか。成程、中々に考えられた戦術だな。その最初の一手と駒の配置で、俺にはお前の実力が相当なものだとわかるぞ。よし、では俺の方は、
しばらく盤面を眺めた後、ようやく駒を進めたエドガー。
凶悪な牙と鋭い爪、そして細やかに刻み込まれた鱗に覆われた二足歩行のドラゴンが前進する。
そんなドラゴンに悠然と跨り、意匠の凝らされた鎧に身を包む勇壮な騎士の姿。
ドシンドシン!!
ドラゴンは2マス進んだ場所で停止すると、まるで雄叫びを上げるかのように、大きく口を開け、勢いよく頭を前に出した。
実際にドラゴンから鳴き声が発せられていれば、さらに臨場感増し増しだったに違いない。
(ふむふむ。やっぱり騎士が声を出したり、ドラゴンや魔獣から鳴き声とかも出るようにした方がいいよな…。んでもって、かっこいい騎士にかっこいい声優とか導入したりして…?はっ!?…こ…これはもはやメディアミックス的な発展の余地ありでは!?ポスターとか、漫画とか、何なら子供向けカードとかも作っちゃって…!?やべ…そうすればこれまた儲かって…。うしししし…。よしよし、これも検討課題ということで…)
我ながら気色の悪い笑みを浮かべながら、手持ちの羊皮紙にメモメモの俺。
一方、舞台上では、双方が思考を尽くした戦略と侵略が始まった。
正直俺としては、どの辺りがエドガーが言ったような考えられた戦術なのかは全くわからなんが、まあそこは門外漢の俺が口を挟むようなところじゃあないんだろう。
頼んだぜ、エドガー、クリントン!
「
「
クリントンの魔法使いが1マス前へ進み、エドガーの魔獣が3マス進む。
そのモフモフ風の魔獣、超かわいいでしょ!
大事に大事にしておくれよ?
…クリントン、モフモフ魔獣に酷いことしたら、わかってんだろうな?
ここまで駒の動きは、贔屓目に見ても、もの凄く滑らかで、まるで生きているかのように、そうでなければ駒を模した着ぐるみの中に誰かが入っているように見える程のものだった。
市町村やプロ野球などの広報マスコットキャラの着ぐるみでも、こうはいかないだろう。
やはりゲームの細かいルールはとんとわからんが、それを差し引きしても、今のところ駒たちの動きに関する調整は、大成功と言えるのではなかろうか。
ま、つかみはオーケーだが、いずれにしても、ここからが本番だからね。
しっかり性能をアピールしてくれよ?
そしていよいよ双方の駒たちは、お互いの
エドガーやクリントンはもちろん、審査員を含めた俺たちの緊張も一層高まってくる。
「さあ審査員の皆様、ここからが本番なのです!いよいよ最大の見せ場である戦闘に突入し、一段と興奮すること請け合いなのです!とくとご覧あれなのです!!」
ここまでの順調な研究の成果に、自信に満ち満ちたパトリシア先生は、腰に両手を当て、ふんぞり返って(小さな)胸を精一杯張る。
これが映画か何かなら、きっとその小さな鼻は天狗やピノキオの如く、長く長く伸びていることだろう。
(…フラグじゃなきゃいいんだがな)
その時、エドガーの叫び声が響き渡った。
「
直後、クリントンも雄叫びを上げる。
「何のこれしき!!
双方の駒が、攻防それぞれのスキルを発動した。
互いの足元に描かれた紫色の魔法陣から、やにわに淡い光が立ち昇る。
ルールブックの設定によると、“スピアレイン”とは竜騎士の固有スキルで、ドラゴンの力を借りて槍を天高く放り投げて分裂・拡散させ、対象を中心とした周り9マスの範囲に対し、1回分の耐久を減らす範囲対象攻撃だそうだ。
見るからに痛そうだよな、これ。
対するクリントンが発動した重装騎士の“グレイトディフェンス”は、巨大な大楯をぶん回し、スピアレインとは対照的に、自分を中心とした周り9マスを守護し、相手の攻撃から身を護るスキルらしい。
エドガーの合図とともに、ドラゴンが大きくうしろへのけぞるや、すぐさま勢いよく前脚を地面に叩きつける。
と、同時に騎乗している騎士は、ドラゴンの勢いそのままに、天高く槍を投擲した。
投げられた槍は、上空で分裂し、数を増やしてゆく。
だがここで、俺はちょっとした違和感を感じた。
(あれれ…?…おかしいな…。設定では槍は9本に増えるだけじゃあなかったっけか?何かちょっと数が多い気がするんだが…?)
同時にクリントンの重装騎士は、左手に携行していた身の丈を超える程の巨大な大楯を自身の前方に力強く構えると、今度は凄まじい勢いでそれをぶん回し始めた。
(…こ…こっちはこっちで、どえらい勢いだな…?ヘリコプターのプロペラ並…?)
「さあさあ、審査員の皆様ご注目!ゲームの設定どおり、竜騎士の槍は上空で分裂、そのまま対象の周辺を襲うのです!けれどそこは安全安心!!重装騎士はその優れた防御スキルで、襲い来る槍の雨を弾き返して…」
ズシャズシャ…!!
ズシャズシャズシャズシャズシャ…!!!!
パトリシア先生の言葉を遮るように、突如硬質物が激しくぶつかり合うような甲高い音が響いた。
竜騎士の投擲した槍が、重装騎士に降り注いだのだ。
そして槍は、防御スキルを発動した重装騎士の大楯に弾かれ……ん…?
「…って…あれれ…なのです…?」
元気のよかったパトリシア先生の声が、徐々にしぼんでゆく。
それもその筈。
予定では、クリントンの重装騎士は、設定どおりの大楯スキルで、竜騎士の槍の投擲を跳ね返すはずだったのだが、なんと目の前には、無数の槍に貫かれ、無残に砕け散って塵となった重装騎士の哀れな姿が…。
「しょっ…しょええええええええっ!!!?」
ふと情けない悲鳴が上がった。
本日何度目の尻もちだろうか。
M字開脚でへたり込んだ学校長の股の間には、竜騎士が放った槍が数本突き刺さっていた。
あと数センチずれていれば、学校長の大切な部分を
…ふっ…、顔を背けて秘かに笑っているサイモン教授以下3名を俺は見逃してないぜ?
「あ…あはははは…!失礼いたしましたです。ちょ…ちょっと手違いがあったようなのです…」
校長に向かって苦笑いを浮かべるパトリシア先生。
瞬時に俺は理解する。
(あぁ…先生…。こりゃ、調整をミスったな…?)
「さ…さぁ、どうしましたクリントン君。次はあなたの番なのですよ!!そのまま続けてくださいなのです!大丈夫、私を信じてくださいなのです…!」
とびっきりの笑顔のパトリシア先生。
だがさっきとは違い、微妙に自信がないような…。
ちょっと汗ばんでない?
当のクリントンは“…信じろと言われましても?”という心の声が聴こえてくるように、疑いをの眼差しをパトリシア先生に向けるが、先生は譲らない。
早よ攻撃せんかい!とばかりに鬼気迫る表情で、目や口を動かして訴える。
…な…何か不安になってきた…。
「(くっ…。どうなっても知らんからな!)ウィ…
クリントンは魔法使いの駒に火魔法による攻撃を命じた。
ファイアボールとは、このゲーム内だけでなく、現実でも用いられる最も初歩的な魔法で、複数の小さな火の球を対象に放つ魔法だ。
これまたルールの話になるが、前のターンにスキルを発動した駒は、次のターンではスキルは発動できないことになっているらしい。
なのでエドガーの竜騎士は、まともに攻撃魔法を喰らってしまうはず……だったのだが。
「「「……?」」」
クリントンが攻撃を宣言してから20秒ほどが経過する。
だが待てど暮らせど、クリントン陣営の魔法使いの駒から魔法が射出される様子はない。
(…あれれ?何で魔法が出ないんだ?たしかに魔法使いの駒は杖を構え、魔法を行使してる様子なのに…?)
俺はチラリとパトリシア先生の方を見るが、先生も首を捻るばかり。
だが、その時の出来事だった。
…ォォ…。
「あれ?なんか音しない?」
ふと何かが聞こえた気がして、俺はつぶやいた。
だがキョロキョロと周りを見回しても、特に変化はない。
俺の勘違いか?
…オオオォォ…。
「いや、おかしいな…?確かになんか聞こえるんだけど…?」
「うわっ!?うっ…上!上を見ろレイン…!あっ…あれは何だ!?」
その時、突然クロウが上空を見上げながら叫んだ。
「んん、どしたのクロウ?一体何をそんなに青い顔して…って、げげぇ!?」
仮に今、手鏡でも持っていたのなら、自分の顔がクロウ以上に真っ青になった様子が確認できただろう。
ゴオォォォオオオオ…!!
ゴオォォォォォオオオオオオ…!!
俺が上空に見たのは、燃え盛る巨大な紅い火球。
しかも複数。
上空にその身を燦然と輝かせる巨大な球体は、その身に紅蓮の炎をまといながら、“ところで、もうそろそろ落ちてもよろしいです?”とでも言わんばかりに、徐々に徐々に、だが確実に、地上へと向かっていた。
「バッ…バカクリントン!!きっ…君ったら、なんてイケない魔法を使うんだい!?」
「バ…バババ…馬鹿を言え!わ…私のせいではないだろうが!?私はルールどおり、ファイアボールの魔法攻撃を宣言しただけだぞ!?」
「それでもだよ!バカ!!」
「そっ…そんな理不尽な!?」
…とまあ、思わずクリントンを怒鳴りつけた俺だったが、正直クリントンには何の落ち度もない。
たしかにルールどおりの行動を取っただけだし、そもそも何故ゆえただのファイアボールがあんなことに…。
(はっ!?)
俺は咄嗟にパトリシア先生の方を見た。
すると。
テヘペロッ。
…と言わんばかりに、自分のおでこを軽く小突きながら、ペロリと舌を出したパトリシア先生の姿が視界に飛び込んでくる。
(…あ…)
もはや行方を見守るしかない俺を尻目に、舞台上空からゆっくりとその身を地上に向けて降下させはじめるでっかい火球さん。
だがその軌道は、エドガー陣営を攻撃するというよりも、微妙に尻もちを着いたままの学校長の方へ向かっているような…。
「ちょっ…ちょちょちょ…ちょっと!?パトリシア先生!!?あの巨大な炎の塊が、こちらに向かってきているような気がするんだがねぇ!?…な…ななな、なんとかしたまえ!!」
「は…はい…。それが…すみませんなのです、学校長…。大変申し訳ないのですが、一度発動した魔法はもう止められないのです…。私としてできることは…」
引き攣った顔の学校長とは対照的に、何とも冷静に答えるパトリシア先生。
「で…できることは……?」
「頑張って逃げてください、と祈ることだけなのです…」
丁寧かつ礼儀正しくお辞儀をするパトリシア先生。
あぁ…学校長…、合掌…。
「ばっ…ばばばば…ばっかも…ぎゃあああああああああああああああ!!?」
ズッ…ギャアアアアアアアン!!
ブオオオオオオオオオオオォォォ…!!
四つん這いの姿勢で必死に逃げる学校長の方へと容赦なく落下してゆく火球さん。
轟音とともに広がる同心円状の爆風と、巻き上がる数本の紅蓮の竜巻。
そして。
…ひゅるるるるるる…。
ん?
何か落ちてくる?
…げっ!?
あれはクリントンの重装騎士がぶん回してた楯か!?
ごわっしゃあああん!!
「ぶぎゃああああ!!?」
何か硬い物が、柔らかい物にぶつかったような鈍い音が響いた。
俺は見てない、なーんにも、見てませんよ。
(ま…まあ、学校長は大丈夫だろう。サイモン教授やテティス先生が防御魔法っぽいのを行使するのが見えたし…。けどまあ…)
初めての実験だし、上出来な方じゃね?
俺はそんなことを考えながら、燃え盛る真っ赤な炎をじっと見つめていたのだった。
ちゃんちゃん。
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