第77話 お隣さんとお向かいさん
——————時間は少し遡る。
本日、
寮は大きく分けて2棟。
単純明快に男子寮と女子寮だ。
寮は古い大きな4階建ての建物で、1階が新入生である1年生、2階が2年生、3階が3年生となっており、その上の4階については従者たちの部屋となっている。
参考ではあるが、この王都魔法学校においては貴族や平民などの区別はなく、貴族でなければ従者を付けてはいけないなどの決まりもない。
従者は、学校の規則を守ってさえいれば学生と同様に魔法を学ぶことも許されているし、いついかなる時も主人とともにあり、寝食をともにすることもできる。
だがそれが、
いかに主人と従者という関係性とはいえ、性別が異なれば当然入寮する場所も違って当然。
狭い部屋でキャッキャウフフと主人と一緒に生活する青写真を勝手に描き、学校の規則によりその目論見が見事に粉砕された
※※
ドサッ!
「あ~…疲れた~…」
少々年季の入ったベッドの上の、綺麗に折りたたまれた寝具に勢いよく倒れ込む俺。
『…クゥーン…?』
「ははは…ごめんよシロ。大丈夫、ちょっと疲れただけさ」
ベッドに顔をうずめる俺の様子を見て心配になったのか、シロが顔をペロペロとなめてくる。
俺はそんなシロの頭や喉、そして尻尾の方へと手を移動させながら、全力でモフった。
クラス分けの魔力検査を終えた俺は、指定された自分の部屋にやってきていた。
ここは男子寮1階の奥の角部屋。
寮生活のイメージとしては、もっと狭くて汚い部屋を想像していたが、いざ入寮してみるとそうでもない。
部屋には小さいながらもお風呂やトイレ、そして簡単な調理ができるキッチンまであり、イメージとしては、ちょっと小綺麗なワンルームマンションという感じで、人ひとりが生活するには十分な大きさと言える。
設置された家具や寝具が少々古い気がしないでもないが、これはまた後々考えるとしよう。
「…にしてもシルヴィアのやつ、あそこまでごねるとは思わなかったなぁ…」
マッチョ父の指示で、形だけの従者として半ば無理矢理に同行してきたシルヴィア。
入学のしおりに書いてあったとおり、“従者といえども性別が違えば寮は別”ということを事前に説明していたにも関わらず、当日強引に押し切れば俺の部屋で寝泊まりできるとふんでいたらしく、別々の部屋だということを説得するのがマジで大変だったのだ…。
「なんでシロがよくて我がダメなのじゃ!?絶対に納得いかん!!…規則!?決まり!!?…よーし分かった、我が原初から変わらぬ真の
…などと訳の分からないことを喚きながら、一瞬、古竜の姿に戻ろうとするんだもんなぁ…。
入学する前に退学になるところだったぜ…。
魔獣は魔獣で、専用の厩舎に待機させるという選択肢もあり、それを選ぶ学生も多いようだが、俺はシロが近くにいない生活など考えられなかったので、自分の部屋にいてもらうことにした。
どうもシルヴィアは、それが気に入らなかったらしい。
モフモフがシロの尻尾の先っぽまで到達すると、俺は少し安心してため息をついた。
最終的には、“たとえ少しばかり距離が離れていても、お互いの心が1つなら、何の問題もないんじゃあないのか?”などと、これまた訳の分からないフレーズをシルヴィアに投げつけると、思いの外嬉しそうに納得はしてくれたのだが…。
俺の
「あぁ…、クラス分け検査といえば…」
俺はクラス分けの会場で、
シロやシルヴィアに、「レイン君のちょっといいトコ見てみたーい」というような、かつての飲み会における会社の先輩のような目で期待されたと思い、少々気合を入れて水晶体とやらに各属性の魔力を流し込んでしまった結果がアレだ…。
「…はぁ。ま、今更くよくよしても仕方ないか。なるようにしかならんよね?」
そんな風になんとか自分に折り合いを付け、手荷物の片づけをはじめとした身辺整理をはじめた俺。
それから10分程度経った時のことだった。
…コンコン…。
んん?
扉をノックする音?
俺は出入口扉の方に目をやった。
誰か訪ねてきたか?
…コンコン…。
あ、やっぱり誰かいる。
「シロごめん、ちょっと片付けしてるから出てくれない?」
『ワン!』
実家から持ってきた洋服や日用品などを棚の中へ収納する作業をしていた俺。
つい手が離せなかったので、シロに頼んでしまったが。
「…あ!しまった!ここは自分の家じゃあなかった…」
俺がそう思って扉の方へ目をやった矢先…。
「うわあああああ!!?」
玄関の方から男の叫び声が聞こえた。
俺は慌てて声がした方へと駆け寄る。
ガチャ!
扉を大きく開けるとそこには、燃えるような紅い髪をした俺と同い年くらいの男が腰を抜かしてへたり込んでいた。
おそらく扉を開けた瞬間、超かわいくてラブリーとはいえ、巨大なシロの顔が突然現れたのだろう。
そりぁ驚きもするよな…。
俺は、紅い髪とは逆に、顔を青くして座り込んでしまっている男に声を掛ける。
「あ…あの、びっくりさせてしまい申し訳ありません。だ…大丈夫ですか?」
俺はそう言って、男の方へと手を差し伸べた。
「あぁ、すまない。…よいしょっと!」
男は差し出した俺の手を取ってその場に立つと、少々乱れた服装をチャチャッと直し、サッと手櫛で髪をすくと、腰を抜かしていた時とはまるで別人のような好青年がその場に現れる。
「ふふっ…、カッコ悪い所を見せてしまったな。俺はエドガー。君と同じ新入生で、レッドフェニックスのクラスに入ることになったんだ。せっかくなんで、寮のお向かいさんに挨拶をしておこうと思って部屋をノックしたんだけど…。まさかあんな大きな狼くんが応対してくれるとは思っていなくてね!彼は君が使役する魔獣なのかい?」
エドガーと名乗った好青年は、シロにウィンクしながら、笑顔でそう言った。
「そうですね。一応魔獣…ということにしていますけど、実は僕が小さい頃近所の森で拾って来たワンちゃんなんですよ。ちょっと大きいけど、すんごくキュートでしょう?…あ、あと彼ではなく彼女なんですけどね?」
俺は体をすり寄せてくるシロの頭を撫でながら、エドガーに答えた。
MOHUMOHUMOHU…。
「そ…そうか。…犬…にしては若干大きい気がしないでもないが…。いや、そんなことよりも、だ。俺としたことが、性別を間違えてしまうとは!…これは大変申し訳ないことをしてしまったな、レディ。君の名誉を傷つけてしまった非礼を詫びよう!このとおりだ」
エドガーはシロに対し、丁寧に頭を下げる。
俺とシロは目を丸くしてお互いに顔を見合わせた。
「そ…そんなに気を遣わないで大丈夫ですよ。頭を上げてください。申し遅れましたが、僕はレインフォードと申します。気軽にレインとでも呼んでください。こっちはシロ。改めてシロともどもよろしくお願いしますね」
「レインフォード…?そうか…、君が例の…。成程、そうであれば先刻のクラス分け検査の際の出来事も納得というものだ。ふっ…、レインか、じゃあレイン。俺のこともエドと呼んでくれ!同じ新入生なんだ、敬語も無しで頼むぜ?」
そう言ってエドガーは手を差し出してきた。
俺はその手をしっかり握り、お互いに笑顔で握手を交わす。
そのどこか威厳のある所作や落ち着いた立ち振る舞いから、おそらくはこのエドガーも貴族の身分なんだろうなと感じた。
だが変に威張ったり、高圧的な態度に出ることもなく、その朗らかな様子から人柄の良さがにじみ出ているようだ。
(…俺のことを知っているような感じだが…?会ったことはないよなぁ…?)
「ところでレイン。お前だよな?クラス分け検査の時にすっげぇことになってたのは」
「—————!」
うおっ、いきなり来たか…!
な…なんて言ってごまかそうかな。
たまたま力が入り過ぎたとか…?
それとも、オラにちょっとだけ元気を分けてくれ!みたく、勝手にみんなの魔力を吸い取ったんです、とか?
いやいや、それじゃソウルイーターみたく、ただのヤバイ奴じゃあないか…。
…うーん、なかなかいい案が思い浮かばない!
「…入寮受付の際に担当の教授から、古い歴史の中で水晶体に蓄積された魔力の残滓が暴走を起こしたらしい…って話を聞いたんだが。…そうなのか?」
紅い髪と同じような、エドガーの深紅の大きな瞳がまっすぐに俺を見つめる。
「…え?そ…そう…?そうなんだ!す…水晶体が暴走?しちゃってさ。あんなことになるなんて、ほんとびっくりだよねぇ?あはははは!」
俺は愛想笑いをしつつ、頭の後を手でかきながらそう言った。
そ…そうだったのか、あれは水晶体の暴走が原因だったのか!
長年蓄積された魔力…?
知らなかったぜ、それならそうと言ってくれりゃあよかったのに。
…ほんとに…?
エドガーは片目を閉じながら口元に手を当て、観察するように俺の方を見る。
だがやがて両目を閉じると、小さく笑って息をついた。
「まあいいさ…、すぐに明らかになることだろうよ。いずれにしても、クラスは違うけど部屋は近いし、これから何かと一緒になる機会も多くなると思う。よろしく頼むぜ、レイン!そっちのレディもよろしくな!!」
「あぁ、こっちこそよろしく!」
『ワオン!』
これまであまり同年代の友達がいなかった俺。
新しい若人との出会いに、少し気恥ずかしくなる。
あ…若人なんて言っている時点でやはり俺はおっさんか。
そんな思いを胸に抱いていたその時だった。
バアン!!
突然俺の隣の部屋の扉が乱暴に開いた。
「うるっさいんだよ、貴様ら!私の部屋の近くでペラペラペラペラと…!気になって仕方がないわ!!…貴様ら一体誰の部屋の前で騒いでいるかわかっているのか!?私は…」
でっぷりと太った背の低い男は、険しい顔で俺とエドガーを指さしながら、のっしのっしと近寄ってくる。
既にリラックスモードだったのか、シルクのようなキュルキュル素材の部屋着を着ている姿は、やけに貫禄がある。(笑)
「…君は…ええっと…たしかクリガシラ先生…いや、クリキントン君だったっけか…?」
俺は下を向いて考えながらそう呟いた。
俺とエドガーとの話し声に怒って部屋の中から飛び出してきた男は、クラス分け検査の時に俺を後ろから突き飛ばした、クリキントンだったかモンブランだったかそんな名前のやつだったが…。
ごめん、よく憶えてないや。
「クリントン・アルバトロスだ!!何だそのクリキントンというのは!?…この高貴なアルバトロス男爵家の嫡子たる私の名を違えるとは、さては貴様平民だな!?…ふん!全くこれだから平民は…。そっちの貴様もそうか…?品のない真っ赤っかの髪をしおって…。どれ、一つこの私が格の違いを語り聞かせてや……。いや待て…、深紅の髪と瞳だと…?」
ふんぞり返って話していたクリントンだったが、俺を一瞥した後、なぜかエドガーの姿を見た途端、態度を一変させた。
というよりも、顔を真っ青にして、額にどばどば冷や汗をかき始めている。
「あ…あぁ…!?あなた様は…もしや…キ…キキキ…キングスソード公爵家の…エ…エエ…エドガー・キングスソード様…!?ひっ…ひええええ!!?…お…お許しくださいお許しくださいお許しください…!!ま…まさかエドガー様のような高貴なお方が魔法学校に入学されていらっしゃるなどとは露知らず、私は…私は…」
クリントンの慌てようは凄まじく、でっぷりした肉体であるにもかかわらず、そこから幾度となく繰り出される凄まじいスピードのお辞儀には、目を見張るものがあった。
(あ…ある意味すげぇ奴だな…)
そんなことを思いながら、俺はクリントンからエドガーに視線を移す。
キングスソード家…?
キングスソード…ってどっかで聞いたような…。
あっ、そうだ、思い出した。
ロ〇サガ四魔貴族…じゃあなくて、たしか王国四貴族とかなんとかの、そういうエライさんの家系だったはずだ。
「クリントン…だったか?」
エドガーはゆっくりとクリントンに近づくと、小さく呟く。
「はっ…はひぃぃぃ!!エ…エドガー様…どうか、どうかお許しを…」
直立不動の姿勢で動けないクリントン。
大きく見開かれた目だけが、エドガーの動きを機械的に追う。
ぽんっ。
だがエドガーは、笑顔でクリントンの両肩に優しく手を置いた。
「なあクリントン。…この王都魔法学校は、貴族や平民などの身分如何に関わりなく、皆が平等に魔法を学ぶ場所だってのは知ってるよな?…クリントン、間違いは誰にでもあることだ。俺だって間違うし、偉い教授だって時には間違うこともあるさ。だからさ、平民だとか貴族だとか、今後はそういうのは無しにして、気持ちよく魔法の勉強をしようぜ…?……わかったな…?」
最後はクリントンの耳元で、低くそう呟くエドガー。
…肩に置いた…いや、クリントンの肩を
こわ…。
「い…いぎゃああ…!?…はっ、はいいいい!!!わわわ…分かりましたぁ!!も…申し訳ありませんでしたぁ!…し…失礼いたします!!」
半泣きになったクリントンは、再び高速お辞儀を繰り返すと、急いで部屋の中へと戻っていった。
あまりにも焦っていたのだろう、お約束のように足を引っ掛けて盛大に転ぶと、まるでビヨンビヨン跳ねるスーパーボールのように部屋の中へと転がり込んでいったのはご愛嬌。
「…彼、とてもひょうきんだね。きっと仲良くなれそうな気がするよ。もちろん君ともね、エド」
「同感だなレイン。俺もそう思っていたところさ」
お互いに顔を見合わせ、にっこり笑った俺とエドガー。
こんな感じで初日は終了し、いよいよ明日から王都魔法学校での本格的な生活がはじまるのであった。
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