第46話 工房妖精、大暴れ

「お…俺の…剣が…!?」


 剣を飴細工のように溶かされた眼帯の男は、驚愕に目を見開いた。


 俺は全身を無属性魔力で強化して猛ダッシュし、振り下ろされた男の剣を奪い取ると、取ったそのままの左手に火の魔力を集中させ、剣を溶かしてやった。


 おいおい、俺の剣が…じゃねぇだろ!

 いきなりガラテアを殺そうとしやがって、何考えてんだコイツ!

 いや、そもそもこいつら全員おかしいだろ、この工房の職人たちを皆殺しにするだと?


 オリハルコンの結晶が火と光の魔力を混ぜ合わせた高熱で精製できるとわかり、短剣作製の目処が立った時、俺たちはもしもの時のことを想定し、話し合いを行った。


 時間になれば、工房からの立ち退きを求める使者が必ずやってくるであろうこと、たとえオリハルコンの短剣を呈示したところで、何かしらの難癖をつけられ、無理にでも工房の接収を行おうとするかもしれないことなど。


 だから俺は「長年職人たちが愛と熱意を持って働いた工房には、座敷童的な妖精みたいなのが住み着いて、工房を害そうとする輩がいれば助けてくれる、これは職人たちの間では伝説」という無茶な設定をでっち上げ、それ相応の格好をしたのだ。


 身体を覆うたくさんの藁は、敷地の反対側にある厩舎の中にたくさんあった。

 少々お馬さんのおしっこの匂いがするのもご愛嬌。


 そして石でできたこの仮面も、工房内にあった軽い素材の石でササッとガラテアが作ってくれた。

 コンセプトは座敷童なので、表情はかわいく作ってもらった。

 石の仮面…ということだが、ジョ○ョのように仮面からたくさんの針が出てきて頭に刺さったりはしない。

 …しないよね?


 そんなこんなで、工房のみんなに笑われながら、こっちは恥ずかしいかっこうまでして(実はけっこう楽しいけど)、ちょっと脅かして追っ払うつもりだったのだが、いきなり全員で殺しにかかってくるとは…。

 こりゃ俺の想定があまあま過ぎたようだ。

 ごめん!


「こ…このガキぃ…いやガキかぁ?まあどっちでもいい…よくも俺の愛剣を…」


 眼帯の男は怒りの表情を浮かべながら歯噛みする。

 

 お前にとっては人命より剣の方が大事なのか?

 …さて。


『ねぇお兄ちゃんたち…。お兄ちゃんたちは悪い人なの?僕はね、工房妖精の…えっと……ワ…ワラシー。この素敵な工房に住み着いてる妖精なの』


 そう言えば名前を考えるのをすっかり忘れていたな。

 咄嗟に座敷童から名前を取ってしまったが…。


「あぁ…?ワワラシーだとぉ…?ふざけてんじゃねぇぞぉ、こらぁ…」


 あ!?

 ち…違うよ、バカ!

 それは俺がどもっただけで…。


「おぉ…!工房妖精ワワラシー…!!我々鍛治職人の間では有名な言い伝えだ…。長年職人たちが愛と熱意を持って働いた工房には妖精が住み着き、工房を害そうとする者がいれば助けてくれるという、伝説の妖精…。まさか我が工房が、かの妖精のお眼鏡に叶うとは…」


 両手を広げ、さも感動したような口ぶりで話すガラテア。


 設定どおりだな、真面目かガラテア…!

 右手に小さく折り込んだカンペをちらちら見ながら話すのはちょっとアレだが。

 あと名前…もういいや、ワワラシーで。


『ここは僕の大切な場所なの。悪いことせず、みんな笑顔で仲良くしてほしいな。僕のお願いなの』


 俺は首を傾けながら、かわいく男たちに言った。

 しっかりキャラ付けしとかないと。


「笑顔でぇ?仲良くぅ??ぎゃはははは!!聞いたかおい!?傑作だなこりゃあよぉ!!ひーひっひっひっ…あぁあぁ、仲良くしてやるとも。ただ…」


 眼帯の男は、ひとしきり笑い終えると、仲間の1人から剣を奪い取り、今度は俺の方へ猛然と突進してきた。


「…仲良く皆殺しだけどなぁ!!」


 再び振りかざされる凶刃。

 悪意の刃が工房妖精ワワラシーこと、俺に襲いかかる。

 だが。


 パキィン…!


 剣の折れる乾いた音が工房内に響く。


 俺は石仮面の額部分で相手の剣を受けたが、インパクトの瞬間、額部分を火と土の魔力を混ぜ合わせた硬い石で覆い、逆に剣をへし折ってやったのだ。


「こ…こいつ…!?」


 ゴロツキたちが再び色めき立つ。

 どうやら眼帯の男はリーダー格で、剣の腕もこの中では一番なのだろう。

 マッチョ父に比べれば、ハエが止まりそうなもんだが…。


「わぁ!工房妖精様が私たちを護ってくださってるニャア!ワワラシー様ありがとうニャア!!」


 間髪いれず、シャーレイが囃し立てる。

 するとどうだ。

 ガラテアや他の鍛治職人たちも大声で歓声を上げ始めた。


「すげぇぞ工房妖精様!」


「俺たちの守り神だぁ!」


 そーれ、ワッワラシー!!

 あそーれ、ワッワラシー!!


 沸き立つ工房に繰り返しこだまするワワラシーコール。

 やめろ。

 こんな応援、打ち合わせにはなかっただろうが。


(…でもちょっとその気になっちゃうよな、てへへ)


 そして俺はゆっくりガラテアたちの方に移動するとその場で振り返り、ゴロツキたちの顔を順番に見つつ、最後通牒を突きつける。


『お兄ちゃんたち。どうかおうちに帰ってくれないかな?僕はこの工房が大好きなの。みんなを見守る、優しい妖精のままでいたいの』


 できるだけかわいい声と優しい口調で話す俺。

 だが眼帯の男は額に汗をかきながら、俺を睨みつけて叫んだ。


「知るかよくそがぁ!おい、お前ら!今度は全員でかかるぞ!!腹でもぶっ刺しゃあくたばるだろうよ!!そんでよ、見世物小屋に叩き売っちまうってのはどうだ!?妖精だぜ、妖精!絶対儲かるぞ、ぎゃははははは!!」


 眼帯の男は嬉々として、右手をくいくいっと動かしながら、他のゴロツキたちに指示を出す。

 ゴロツキたち全員が、そのくだらない話に賛同して大声で笑いだした。


 …どうやら、妖精さんのお願いを聞いてくれるつもりは微塵もないらしい。

 それどころか、殺して売っ払うだと…?

 むむむ…性根から腐り切った奴らめ。

 優しい妖精さんを演じるのもここまでか。


『…そっか…残念。そういうことなら、お兄ちゃんたちみんな…』


 俺は身体の中に、急速に魔力を練り込んでゆく。


『炉にくべちゃおうかな』


 まだ声変わりしていないピュアな俺だが、声を低くして、ドスの効いた声色演出を頑張ってみた!


「——————!!?」


 次の瞬間。

 俺はゴロツキたちに向け、強烈な殺気を込めて無属性魔力による威圧を放った。


 俺はこいつらの行動にマジで頭にきていたため、今回の威圧は、いつかヴィンセントに浴びせかけた殺気や、先日イザベルに向けたものよりも、より強固な殺意を込めてぶっこんでやった。

 その結果。


「ひ…ひ…ひぃええええええ!!?」


 俺に威圧された瞬間、眼帯の男は悲鳴をあげながら腰を抜かし、尻餅をついてその場にへたり込んだ。


「な…なな…なんだ…ここここれ…!?」


「うぶ…うぼぉぇぇ…!!」


 他のゴロツキたちも途端に動けなくなった。

 中には嘔吐する者、無様に失禁する者までいる。


 ちょっと嫌そうな顔をしているガラテアが視界の隅に…。

 す…すまん、ガラテア。


『さあ、みんなで赤い紅いお風呂に入ろうよ。真っ暗な炉の中は、とてもいい湯加減なの…』


 俺は低い声でそう呟きながら、一歩一歩、ゆっくりと眼帯の男の方へ歩みを進める。


「ひ…ひぃぃぃぃい!!く…来るなぁあ!?」


 尻餅をついたまま、後ずさる眼帯の男。

 こいつの股の間にも黄色い水たまりが…。


「どっ…どけぇ!!」


 恐怖に震えながらも、なんとか立ち上がった眼帯の男は、動けない仲間たちを無理矢理押しのけ、おぼつかない足取りで逃げ出した。


「ひぃ!待ってくれ!!」


「お…おおお…お前だけ逃げんのかよぉ!?」


 動けないゴロツキたちが悲鳴や罵声を浴びせるも、眼帯の男に全く悪びれる様子などなく、「黙れ!」「どけぇ!ザコが!!」などとあさましく叫び、強引に仲間を押しのけつつ、一目散に出入口の方へ駆けてゆく。


「で…出口だ…!お…俺だけは助かる…!!」


 股間を濡らした挙句、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった眼帯の男は、出入口の扉の取っ手に手を掛けようとした。

 

 間もなくこの恐怖から解放される…。

 もうすぐ自分だけは逃げおおせる…。

 きっとこんな風なことを眼帯の男は考えていたのだろうが。


 ドチャア!!


「ぐぅえぇっ…!!?」


 眼帯の男は突然バランスを崩し、顔面から豪快に転倒した。

 正確に言えば、何かに足を取られ・・・・・・・・転倒してしまったのだ。


「な…なんだこれ…俺の足に…黒い鎖が…?」


 眼帯の男は自分の目を疑った。

 自分の左足首に得体の知れない真っ黒な鎖が幾重にも巻きついていたのだから。


「な…なんだよこれぇ…!!」


「は…外れねぇ!?外れねぇよぉ!!」


 眼帯の男は後ろを振り返ると、その得体の知れない黒い鎖が、自分だけではなく他のゴロツキたちも拘束していることを理解した。

 そして。


 ギュルギュルギュルギュルギュルギュル!!

 ズザザザザザザザザザ!!


「ひっ…ひえああああああああ!!?」


 凄まじい勢いで引っ張られる眼帯の男。

 なんとかそれに抗おうとするも、黒い鎖は切れるどころか、より複雑に脚に絡みつき、その勢いを増してゆく。


 そして鎖は猛烈な速度で眼帯の男を工房内へと引きずり戻していく。

 どこへ?

 もちろん、妖精さんの所へさ!


 俺は闇の魔力を練り込んで足の裏から地面に魔力を流し、ゴロツキたちの中心部から黒い鎖を作り出して全員を拘束した。

 この鎖はブリヤート大草原で使って以来だな…。

 セルジたちは元気だろうか…。


 俺は自分だけ逃げ出した眼帯の男を含め、全員を鎖で縛り上げて一箇所に集めると、続けて火の魔力と土の魔力を練り込んで混ぜ合わせる。


『おっふろにはいろうよ、お兄ちゃん。とっても素敵なおっふろっだよ!』


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 バコッ!!

 ズギャ!!


 地面から次々に突出する土壁。

 瞬く間に固い素材が敷き詰められてゆく床。

 そしてそれらを青い顔で見守るゴロツキたち。

 

 俺は、拘束したゴロツキたちを中心として、1つの大きな”炉”を作り出した。


「ひぃ…お…俺たち…いつの間にか、ろ…ろろ…炉の中にいるぅ…!?」


「こ…こんなバカな…」


「たす…助けて…助けてくれぇ!!」


 いよいよゴロツキたちはパニックだ。

 ほんの数分前まで、通りを我が物顔で歩いていたであろう奴ら。

 この中の誰が、今日こんな目に遭うと想像できただろうか。


「よ…妖精さんの魔法は凄まじいニャ…。ここまでとは思わニャかった…」


 俺の魔法に目を奪われ、シャーレイやガラテアたちですら戦慄していた。

 

 けど、俺はこのバカどもを許す気はない!

 きっちりケジメをつけさせてもらうからな!!


「おい…お前!よ…妖精だかなんだか知らねぇが、俺たちにこんなことしてただで済むと思ってんのか!?俺たちの後ろには、あのピケット侯爵がついてんだぞ!!い…いい…今ならまだ許してやる!他の奴はどうでもいい!!さっさとこの鎖を解いて、俺をここから出しやがれ!!」


 眼帯の男は炉の中で無様に叫ぶ。

 コイツはほんっと、救いようがないなぁ。

 この期に及んで、自分だけ助かろうとするとか…。


『ピケット…?なにそれ?おいしいお菓子なの?』


 俺は真っ暗な炉の中をのぞき込みながらそう言った。

 俺の声に眼帯の男や他のゴロツキたちは、絶句する。


『さぁ。お兄ちゃんたち。お風呂の中でしっかりと素材になって・・・・・・町のみんなの暮らしを支えてね?』


「お…お願いだ…助けてくれ…。いや…助けてください…」


 眼帯の男は、ぐったりした様子で、それでもなお命乞いをする。

 だが俺がそんな願いを聞いてやるはずもなく。


『…そう言って助けを求めてきた人たちを、何人殺してきたのかなぁ』


 ガシャアーーーン…。


 重い扉を閉じた音が響き渡る。


 俺は最後にそう告げると炉の扉を閉めた。

 炉の中は漆黒の闇が支配する世界となっていることだろう。

 

 最後の仕上げに俺は、再び火の魔力と土の魔力を練り込み合成しはじめる。

 今度は火の魔力増し増し!


(さぁ、イメージしろ。流れ出すは、暑い熱い真っ赤なマグマ…。何人もその進行を止めることはできない…。触れるもの、邪魔するもの…全てを焼き尽くすマグマだ…!)


「な…!?なんだあれ!!?」


 眼帯の男が泣きそうな声で叫ぶ。

 

 真っ暗闇の中で、炉の壁から徐々に浮かび上がってくる赤い光。

 それとともに、炉の中の温度もどんどん上昇していく。

 すぐに他のゴロツキたちも悲鳴を上げる。


「熱い、熱いぃ…!?」


「マ…マグマだぁ!?…火山でもねぇのに…なんで…!!?」


「ぎゃああああ!!助けてぇぇぇ!!」


 俺は火と土の魔力を合成し、炉の中の至る所からゆっくりと流れ出るマグマを作り出した。

 中からはゴロツキたちの凄まじい叫び声が聞こえ、工房内に響き渡る。

 

 このまましばらく放置していれば、炉の中は超高熱のマグマで満たされて阿鼻叫喚の地獄絵図となり、彼らは骨の一片すら残らず、焼き尽くされるだろう。


(…やれやれ、こんなもんか)


「こんなところでよろしいですか、ガラテアさん?」


 俺は全ての魔法を解除し、作り出した炉や、ちょこっとだけ壁から流したマグマを消し去った。

 

 すぐにガラテアやシャーレイ、その他の職人たちが駆け寄ってくる。

 そこには、一人残らず失禁したゴロツキたちが、気を失って倒れていた。


 特に大きな怪我をした奴もいないようだ。

 …ま、殺しちゃうとこいつらと同じになっちゃうしな。


 ゴロツキたちの様子を見たシャーレイが呟く。


「ば…ばっちいニャア…」


 鼻をつまみ、顔をしかめるシャーレイに、皆が大声で笑いだした。

 

 その笑い声は工房の外まで聞こえる程で、通りを行く人々は、今日も変わらぬガラテア工房の活気に顔をほころばせ、それぞれの家路を急ぐのだった。

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