第47話 ガラテア工房のガラテアさん

「じゃあ僕は一旦宿に戻ろうと思います。仕事の依頼の件は先程簡単に説明したとおり、プラウドロード男爵領への人材派遣が主です。詳細な詰めの話は、後日あらためて説明に来させていただきますね」


 ゴロツキたちを撃退した後、俺は改めてガラテアに対し、うちの領への人材派遣や技術援助を依頼する。

 ガラテアは快く承諾してくれた。


「承知いたしました。当工房を救ってくださったレイン様の頼みとあらば、我々一同、何をおいても必ず協力させていただきます」


 ガラテアは左右に大きく両手を広げて工房を見渡すと、深く礼をしながらそう言った。


「ありがとうございます!…でも工房を救っただなんてちょっと大袈裟ですよ?オリハルコンを精製できたのだってほんの偶然だし、それこそガラテアさんや皆さんの常日頃からの卓越した技術と、積み重ねた知識があればこそですから。短剣に関してはしばらくの間、しっかりと保管しておいてくださいね?」


 俺はちょっと照れながら、笑顔で答える。


「それは心得ておりますが…。ふふふ…奇特なお方ですね、レイン様は。そこいらの強欲貴族とは根本から違うようだ。…ところで、本当にあの連中は今すぐ衛兵に引き渡さずともよいのでしょうか?もちろんここにしばらく置いておくことには何の問題もありませんが…」


 ガラテアは目を細めて工房の隅っこを見た。

 厳しい視線のその先には、さっきのゴロツキたち。

 間抜けな顔で気絶したまま、しっかりと縄で縛られて転がされている。

 ふんわりとアンモニア臭が…。


「えぇ。彼らを今衛兵に突き出しても、おそらく罪には問えません。いや、言い方を代えれば、突然の病死や事故死・・・・・・・・・として処理されてしまう可能性が高いでしょう」


「…成程。ピケット侯爵…ですか…」


 ガラテアはやれやれと、ゆっくりと首を横に振る。


 実際今回の工房強奪及び殺人未遂であいつらを訴えても、それを画策したであろう黒幕がピケット侯爵と思われるだけに、どうせろくな事情聴取もされずに消されてしまうのがオチだろう。


「彼らを拘束しておけば、今回の件がすぐにピケット侯爵に伝わることはないと思いますので、しばらく心配はないでしょう。それとガラテアさん、これは個人的なお願いなんですが、彼らを兵隊さんに引き渡すのは明日以降にしていただきたいんです…」


「…と申されますと?」


 ガラテアは首を傾げて俺に尋ねた。


「…実は明日の正午すぎ、僕は父グレンとともに国王様に謁見させていただくことになっているんです。そしてその場には、ピケット侯爵も陪席すると聞いています」


 俺は目を細め、キュッと口を一文字に結んだ。


「…ピケット侯爵には、間接的にとは言え、色々と借りがあるんですよねぇ…」


 変態黒山羊の悪魔召喚に始まった、ライアン・グレイトウォール公爵への強力な呪術による殺人未遂。

 イザベルに敢行させた、エチゼンヤ商会の荷馬車襲撃。

 無理難題を吹っ掛けた、ガラテア工房強奪計画と、それに伴う殺人未遂。


 …一体どれだけの人間がピケットのために迷惑を被ったかわかりゃしない。

 さすがの俺も、腹が立って仕方がない!


「…レイン様の謁見の場に現れるピケット侯爵…。そして奴らを衛兵に引き渡すのは明日以降。ふむ、全ては明日…ということなのですね。…承知いたしました。無論我々にできることがあれば、何でも協力すると誓いましょう」


 ガラテアは深く事情を聞くことなく、何かを察したように目を閉じて黙礼する。


(…さて、そろそろお暇しないとなぁ。けど、どうしても気になることがあるし…)


 そこで俺はもう1つ、聞いておかなければならない禁断の話題に触れる…。

 …ほんのちょっとだけ、無属性魔力で身体を強化するのは許してほしい。

 痛いのいやだもん!


「あの…それと、最後に…エヘヘ…ワッツの件なんですけど…」


 穏やかだった工房内に、突如緊張が走った。

 シャーレイや他の職人たちは、青い顔をしてササっとガラテアや俺から離れていく…。

 あ、ちょっと!?

 みんな早くない!?


 くっ…しまった…!

 俺も20メートルぐらい離れてメガホンでも使えばよかったか…。

 けど今聞いとかないと、もう聞ける機会もなさそうだし…。


「…ふふ、そう警戒されずとも大丈夫ですよ。先程のようなことはございません。…確かにワッツに対しては色々と思う所がありますし、おそらく顔を見れば殴り合いになるでしょう…。もしかしたら血で血を洗う殺し合いに…おっと、それは冗談ですがね」


 暴れ出すことなく、顎に手をやり、ニヤリと笑うガラテア。

 冗談に聞こえない所が怖いけど…。


 ガラテアは取り出したキセルに火を点けると、大きく吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。

 そして静かに語り出した。


「…ワッツの奴は、それはそれは腕の立つ職人でした。若い頃に同じ師匠の下で鍛冶を学んでいたのですが、その時分から奴とは妙に気が合いましてねぇ…。それぞれが師匠の下から独立する話になった時、私が奴を誘ったんですよ。一緒に王都に乗り込んで、一旗上げないか?とね…」


 工房のみんなも初めて聞く話のようで、遠巻きから興味深々にガラテアの話を聞いていた。

 もう一度言うが、あくまで遠巻きから。

 ガラテアは続ける。


「王都へ来たばかりの頃は右も左もわからず、その日食うにも困る有様でした。しかし、日々お互いを励まし合いながら、師匠から受け継いだ技術で一心不乱に鍛冶仕事に勤しむうち、だんだんと私たちの周りに人が集まってきてくれましてねぇ。…それがこの工房の原点なのですよ」


 ガラテアは目を細め、昔の出来事を懐かしむように教えてくれた。


「…けれど、何かがあってワッツはここを出た…」


 俺はそんなガラテアをじっと見ながら呟いた。

 ガラテアは俺に背を向けると、ゆっくりと視線を天井の方に向ける。


「…奴にはここは狭すぎたのでしょう。王都の技術革新などともてはやされた結果、工房は大きくなって仕事も増え、我々の評価もうなぎのぼり。暮らしぶりも見る間に豊かになりましたよ。…しかし忙しくなればなるほど、武器や防具を中心に、その他の日用品をはじめ多種多様な物の作成依頼が殺到し、個々の製品にかけられる手間や時間は大幅に制限されていきました…」


 ガラテアは肩を落とし、ゆっくりと煙を吐き出した。

 その背中が、どこかもの悲しい。


「一つひとつの仕事に強い責任感とこだわりを持っていたワッツは、どうしてもそんな状況が許せなかったようで…。いつしか我々は、お互いの職人としての在り方において、事あるごとに対立するようになってしまったのです…」


 ガラテアは、ゆっくりとこちらに振り向くと、再びふうっと大きく煙を吐き出した。


「鍛冶に対する姿勢や職人としてのこだわりは、確かにワッツの方が正しかった…。だが私も当時は若く、この工房をより大きく、より効率的に運用することばかりに囚われてしまい、どうしても奴の思いを受け止めることができませんでした…。そうして幾度となくぶつかり合った結果、ワッツはここを去ることになったのです…」


 水をうったように静まりかえる工房。

 

 成程…そんな事情があったとは。

 ワッツもあれで、筋の通った自分の考えを持っていたんだな。


「…このキセル…。これは我々が王都に来た際、たとえどんな状況に陥ろうとも、お互いの苦労を思い合うことを忘れないようにと、最初に作り合った物なのですよ…」


 ガラテアはキセルを見つめながら続けた。

 ガラテアの目はとても優しく、きっと当時のことに思いを馳せているのだろう。

 …ワッツもキセルを使う時、昔のことを思い出していたのだろうか。


「…私はこれまでずっと、工房を去ったワッツを許すことができませんでした。しかしレイン様から奴の仕事ぶりやこのキセルの話を聞いた時、何と言いますか…そのモヤモヤした気持ちがスーッと消えてしまいましてねぇ…」


 ガラテアは続ける。


「…加えてワッツの奴がレイン様にこの工房のことを伝えていなければ、ピケット侯爵のような輩に目を付けられた我々は、今こうして生きていることはなかったかもしれません…。オリハルコンの精製などという奇跡も目の当たりにすることができましたしねぇ」


 ガラテアは苦笑いを浮かべながらそう言った。

 だが、その表情は最初に比べればどこか明るい。


「…僕は、ワッツの鍛冶に対するこだわりは大変素晴らしいと思います。うちの領地の人間はいつもワッツの仕事に助けられていますしね。…けれど、決してガラテアさんの考えが間違っていたとも思いません」


 俺は口を開いた。

 ガラテアはじっと俺を見つめる。


「あなたはあなたで工房を守るために必死に頑張っていたんでしょう?そうでもしなければ、ここで働く職人の方々の生活もままならなかったでしょうし、何より、この工房の製品を心待ちにしていた王都の人々を裏切ることになってしまう」


「……」


「どっちが正しくてどっちが間違っていた、なんて話じゃあなく、僕はどっちも正しかった・・・・・・・・・んだと思いますよ?だってほら、周りの方々がそれを物語ってくれているじゃあないですか」


 俺はにっこり笑ってガラテアの後ろを指差した。


 ゆっくりと後ろを振り返るガラテア。

 そこにはシャーレイをはじめ、工房の職人たち全員が、はつらつとした笑顔でガラテアを囲むように立っていたのだった。


「そう…ですね。…いや、そのとおりですとも。ワッツはワッツの、私は私の信じる道を歩んできた…。ただそれだけのことでしたね…。そんな簡単なことに長い間気が付かなかったとは…。ははは、我ながら鍛冶以外何の取り柄もないドワーフですからねぇ、お恥ずかしい限りです…」


 そっと下を向き、恥ずかしそうに目の辺りを拭うガラテア。

 皆優しい表情で、その様子を見守っていた。


「さて、そろそろ僕は行きますね。今日はお世話になりました。お仕事の件、どうかよろしくお願いいたします」


 俺は深く一礼すると、ガラテア工房の面々に一旦別れを告げた。


「こちらこそ、なんとお礼を申し上げてよいやら…。また必ずお立ちよりください。心より歓迎いたします、レイン様」


「また来てくださいニャ!レイン様!!」


 こうして俺は全員に見送られつつ、明日の謁見への決意を新たに、ガラテア工房を後にしたのだった。


 ※※


「あの、親方…。実はレイン様から預かり物があるんですニャア…。恥ずかしいから、レイン様が帰った後に親方に渡してほしいと…」


「預かり物ですか…?また一体何を…?」


「これニャンですが…」


 ガラテアはシャーレイから渡された包みを開いた。

 すると。


「…これは…。…オ…オリハルコンのキセル…!?」


「そうニャンです。レイン様は、みんなが短剣を作っている合間に、床に落ちていたオリハルコンの欠片や、端々の余ったオリハルコンを集めてきて、キセルを作りたいからやり方を教えてほしいと私に言われましてニャ…」


「何故またオリハルコンのような希少素材でキセルなどと…レイン様は一体…?」


 ガラテアは渡されたキセルを手に取り、様々な角度から見てみる。


 不格好な作りの小さなキセル。

 お世辞に言っても見た目はよろしくない。

 全くの素人が一から教えてもらいながら作ったのだから、それは当然だ。


 だがそのキセルは、見る者全てが目を奪われるような、美しい白銀の輝きを放っている。

 それはまぎれもなく、オリハルコンの輝きだった。


「実はレイン様はこの小さなキセルを2つ・・作られましたニャ」


「2つ…?それは…もしや…」


「そうです。もう1本はワッツさんにお渡しするそうです。永遠に朽ちることのない”絆の証”だそうですニャア」


 シャーレイはガラテアのためにスッと灰皿を用意する。


 ガラテアは、キセルを見つめたまましばらく黙っていたが、やがてその小さなオリハルコンのキセルに点火すると、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。


「…ふふふ…。レイン様とてやはり鍛冶は素人…。あまり煙の通りがよくありませんし、正直売り物にはなりませんね。…だがそれが何ともいいじゃありませんか。このキセルからは、それらを補って余りある優しさや思いやりが感じられます。…きっとこれは千年経っても二千年経っても、変わらないのでしょうねぇ」


「ニャハハ。親方はきっと後世で、オリハルコンのキセルを持ったとんでもドワーフがいた!とかって語り継がれるんでしょうニャ!」


 シャーレイはケラケラと笑う。


「ぶっ…くくっ…。ふふふ…ははははっ!はーっはっはっはっはっ!!」

 

 ガラテアもシャーレイに続き、大きな声で笑った。

 鍛治を再開していた職人たちが、何事だ?と二度見する程。


 このように笑ったのはいつ以来だろうか…。

 ガラテアは思う。


「…願わくば私の他にもう1人、そういうバカなドワーフがいたと、一緒に語り継がれたいものですねぇ…」


 この日もガラテア工房は、夜遅くまで炉の火が落ちることはなく、王都の人々の豊かな生活のため、力一杯鍛冶仕事に精を出すのであった。


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