第33話 王都への旅とその道中で

「突然だが、私とともに国王へ謁見してもらう」


「はい…?」


 俺は一瞬耳の調子を疑った。

 今しがたマッチョ父の執務室へ呼ばれるや、突然そう宣告されたのだ。


「申し訳ありません、父上。少々都合が悪く、残念ながら僕は行けそうにありません」


 俺は速攻でお断りした。

 ダメよ、ダメタメ。

 めんどくさい臭いがプンプンする。


「だめだ。どうせそうやって言い訳するだろうと思っていた故、今突然申し付けた次第なのだ。もう私とフリードは王都への出発準備はできている」


「そ…そうですか…それはまた用意のよろしいことで…」


 そう相槌を打ちながら、俺は部屋の棚付近に設置されている窓に目を向ける。

 父の執務室は屋敷の2階にあるため、十分に窓を破壊して逃走可能だ。

 いざとなれば…。


「窓から逃げるのは、私の話を聞いてからだぞ?」


 父は俺に先手を打って釘を刺す。


 むむ、バレていたか。

 さすがは頭も切れるマッチョ…。

 俺はため息をつき、父の話を聞く態勢をつくる。


「そもそも此度の私とお前の召喚はな、国王直々のものなのだ」


「…え、王様…ですか?」


 そう言いながら父は、王家の家紋入りの仰々しい羊皮紙に記された書状を俺に見せる。

 そして召喚状の最後の署名はこう記されていた。


「ルーファス・グリフィン・グレイトバリア…」


 声に出してその名を呟いた俺。

 正直言ってよう知らんが、たしかこの国の王様はそんな名前だった気がする。


「ブリヤート族との経緯やその後の交易について書面で報告したところ、すぐにこの書状が届いた。加えて先般の謁見の際も、何故お前を連れてこなかったのか、と散々嫌味を言われてな。今回ばかりは私に同行してくれないか」


 父は両肘を机に置き、顔の前で両手を組みつつ、真剣な目で俺を見る。


(ん-…王様から直接呼び出されたとなると、行かないわけにはいかないか…。まあ父が叱られるのは別にどうでもいいとして。うん、それはほんっとにどうでもいいとして…。万が一俺のわがままで大切なエリーが何か不利益を被るようなことがあっては困るしなぁ…しゃあないか。まあそろそろやりたいこともあったしな)


「しかし何のために僕を…?」


 だがこんな子供に、なぜに王様が会いたがるのかがよくわからん。


「さぁな。書状には来ればわかる、とも書かれている。まあ昔から、そういうざっくばらんなお方だ。そう書かれているなら、悪いようにはなるまいよ」


 父は肩を竦めてそう言った。

 ならば考えても仕方なかろう。


「…承知いたしました。王都へ行かせていただきます。父上」


 俺は父に向かって大きく頷いた。


「…おお?いやに素直だな。よいのか?」


 父は、やだ嘘、信じらんない!といった表情で、俺の顔を覗き込む。

 やめろ。


「はい、父上。そろそろワッツがかつて働いていたという工房を訪ねたいと考えておりましたし、順調に収穫できている作物の販売経路についても新規開拓したいと思案しておりましたので」


 領内の食糧事情は安定したし、今のところ誰も飢える心配はない。

 また、ワッツが頑張ってくれているお陰で、領内の農機具を始めとした生活用品等にも問題はない。

 しかし。

 しかし、だ。

 

 今の現状ではこれ以上の発展が見込めない。

 俺がしばらくブリヤート大草原にいたせいで、エルフの村への地下鉄計画も当然進んでいない。

 なので、ここらで将来のためにちょっと頑張ろうかと思う。

 若いうちの苦労は買ってでもしろ、と言うしな!


 俺の言葉に、父は心底ホッとした様子でため息をついた。


「そうかそうか、それはよかった。いやあ、本当にどうしようかと思っていたところだったのだ。だめなら食事に睡眠薬を混ぜて眠らせ、そのまま何重にもワッツ特製の鎖で縛りあげて、最後に鋼鉄の箱に入れて連れて行くしかないか…などと考えていたのだがな。はっはっはっはっ」


「父上…僕を魔獣かなんかと勘違いしていらっしゃいませんか…?」


 行くのやめようかな…。

 ぷんぷん!


「そう怒るな。そうでもせんとお前には通じないだろう?正直それでも足りんと思っているがな。まあいい、善は急げだ。国王との謁見はちょうど今から8日後。ここから王都まで私はフリードとともに馬車で7日。お前はどうせシロに乗って行くのだろう?おそらく身軽なお前の方が先に到着する。宿は既に国王が手配してくれており、いつでも宿泊できる状況にあるそうだ。なので、王都の宿で落ち合うこととしようではないか。よいな?」


「わかりました。では僕も準備ができ次第出発させていただきます。道中は適当に過ごしますので、ご心配なさらず」


 父は目を椅子をギィ…と後ろに倒し、ため息をついた。


「…もはや私は、お前が子供だからという理由では心配などしておらん。とは言え、国王との謁見を控えた身だ、あまり目立った行動は慎むようにな。むしろそっちの方が私は心配だ」


「大丈夫ですよ。お任せください」


 俺は胸をどん!と右手で叩くと笑顔で答え、父の執務室を退出した。


「だから心配なのだがなぁ…」


 父の小さな呟きを聞き流しながら、俺は扉を閉めた。

 するとちょうどそこに見慣れた顔が。

 俺のかわいすぎる妹、エリーだ。


「おにたま、お出かけするの?とおいところ?」


 エリーはクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめながら、不安そうな目をしている。


「ん?あぁ、ごめんなエリー。なんか偉い王様の所へ行かなければいけないんだって。めんどくさいよね?でもまぁ心配しなくても、すぐに帰ってくるよ」


「わかった。エリーいい子いい子でまってるね。おにたまも気をつけてね」


「うん。ありがとうエリー」


 俺はエリーの頭を撫でてやる。

 エリーは笑顔で頷くとその場から歩き出したが、ふと俺の方を振り返った。


「あ、おにたま!」


「どうしたんだい、エリー?」


「あまりあぶないことしたらメッですよ。おっきな竜さんやミミズさん、エリー怖いです」


「…え?あぁ、わかった。気をつけるよ、ありがとうなエリー」


「えへへ!」


 俺がそう言うと、エリーは嬉しそうに手を振り、クマのぬいぐるみを連れてその場から走っていった。

 そこでふと俺の頭に疑問が湧く。


「…?…おっきいミミズはいいとして…竜?…俺あのドラゴンと闘ったこと誰かに話したっけなぁ?ややこしいから、エルフとの話以外は黙ってた気がしたけど…?」


 右手で頭を掻きながら少し思案したが…。


「おっと、まあいいか。こうしちゃいられない、準備準備。おーいシローー!」 


 せっかくの王都、んでもって宿付きだっていうし。

 これは丁度いい機会だ。

 せいぜい早く着いて、色々やらないとな!

 よっしゃ、行ってきまーす!!


 ※※


 そのような経緯で、俺はシロに乗り、王都に向かって旅をしている。


 家を出て3日目、そろそろ日も傾きだした。

 俺はプラウドロード男爵領から北方向へ伸びる街道をひたすら進んでいた。

 旅はすこぶる順調で、魔獣などに襲われることもなかった。

 なので、そろそろ王都についてもいい頃ではないかと思うのだが…。


「はぁ、父よ…。くれるならもっとマシな地図はなかったのか…」


 俺は父から渡された王都への地図を開き、しょんぼりしながらもう1度見た。

 そこに描かれていたのは、エリーの落書きか?と思われるような山や森、川などが図示されており、その真ん中を縦に1本太い線が引かれ、その横に「街道」と汚い字で書かれている…。


 無論この世界においては、カメラ付きの車で道路を走ってぐるぐるっとマップを作ったり、航空写真を撮って正確な地図を作成したりすることができないので、致し方ないのだが。


(まあ街道を北に延々と進むだけらしいから、これでもいいっちゃいいんだが…。こりゃ正確な地図の作成も大事な仕事かも…はぁ)


「さて、今日はこの辺までにして…ご飯食べよっかシロ」


『ワン!ワン!』


 そうして俺がシロをモフりながら晩御飯の準備をしようとした時の出来事だった。


「きゃーーー!」


「な…何をする、貴様らー!?」


「黙れ!!大人しくしろ、商人ども!!」


 俺たちが野宿をしようとした場所からかなり遠い場所ではあるらしいが、確かに何やら争う声と、何かを破壊するような物音が聞こえた。

 

 なんだなんだ。

 誰かが氷の剣でも奪われているのか。


「…シロ!行くぞ!」


『ワン!』


 俺はシロに乗ってその場から駆け出す。

 それからしばらくした後、争いの現場に到着したのだが…。


「あいたたた…」


「うぅ…大丈夫ですか、お嬢…」


「くそ…大事な荷物が…」


 そこには地面に倒れた男女3名と、ボコボコにされた馬車。

 そして複数の空の木箱や、破壊された荷物などが散乱していた。


「大丈夫ですか!?」


 シロから飛び降りた俺は、まず倒れた女性の元に駆け寄った。


「え?あぁ…通りすがりの人か?いやぁ、さっきいきなり盗賊みたいな変な奴らに襲われてしもてなぁ…いたたた」


 黒色で肩口で綺麗に切り揃えられた髪、動きやすそうな軽装の服を着用した若い女性がそう言った。


(うお、関西弁みたいなニュアンス!)


 この世界にも方言的なものはあるのか。

 などと思っている場合じゃあないな。


「そ…そうですか、それはそれは大変でしたね…。見たところ相手方は既に逃走した後でしょうか…。それよりもお怪我は大丈夫ですか?」


「うちは大丈夫や。くっそー、酷いことしやがって…ん。よっこいしょっと…あいたっ!?…つー…くっそ、足くじいてしもたか…ちょっとごめんやで」


 女性は痛めた自分の足を顧みることなく、俺の肩に手を置いて横を通り過ぎると、倒れている男たちの方へと歩いていく。


「スーケ…大丈夫か?」


 女性はスーケと呼ばれた男性の元にしゃがみ込む。

 スーケ…さん?


「お嬢、わたしは大丈夫です…怪我はありません…それよりもカークが…」


 スーケと呼ばれた男はゆっくりと起き上がると、もう1人の地面に倒れたままの男を指さした。

 女性は足をひきずりながら今度はそちらへ。


「カ…カーク…大丈夫か…って、カーク!おい!?」


 カーク…さん?


 ぽた…ぽた…。


 女性がカークと呼ばれた男性を抱き起こすと、左腕の付け根辺りをなにか鋭利な刃物で切られでもしたのか、かなり出血している様子だった。


 女性は唇をぎゅっと噛みしめると、自分の右手を服の内ポケットに突っ込み、懐から小さな小瓶を取り出した。

 高さ約15センチ程度の小さな瓶。

 中には紫色の濁った液体が。


(なんだあの毒々しい色の液体は…?)


 カークと呼ばれた男は女性の様子を見るや、息も絶え絶えの様子で言った。


「お嬢…いけねぇ…そりゃたまたま残った最後のポーションだろう…?納めなけりゃなんねえ大事な商品だ…俺なんかに使っちゃいけねぇよ…」


「あほなこと言いなや!黙っとき!!商売なんかより、あんたの怪我の方が大事に決まっとるやろうが!」


 女性はすごい剣幕でそう怒鳴ると、躊躇せず小瓶の蓋を開き、中の液体を一気に男の傷口に振り掛けた。

 すると。


 シュウゥゥ…。


「うぅ…」


 なんと液体が掛けられた箇所の傷が、見る見るうちに塞がっていくではないか。


「うわぁ…すごい…!」


『クーン』


 俺は初めて見た光景に驚いた。

 無意識のうちに、つい横のシロをモフモフしてしまっていた程だ。


「ん?坊はポーション初めて見たんか?って横の犬でかいな!」


 さっきの液体の説明とともに、シロに対して的確なツッコミを入れてくれる女性。


 …にしてもこれがポーションかぁ、初めて見たなぁ。

 そう言えば父の書斎でシロと爆睡してた時、シロのよだれでびしょびしょになった本にポーションと呼ばれる傷を治す液体があるってことが載っていた気はするが…。


「はぁ、助かったよお嬢。…面目ねぇ…」


 男は起き上がると、あぐらを掻きながらがっくり肩を落とした。


「何言うとんねん。ええんやええんや。ポーションはまた仕入れたらええ。スーケやカークが無事やっただけでうちは大満足や…。さぁみんな。悔しいけど、しょげとってもしゃあない。後片付けして王都へ戻るで!」


「僕もお手伝いさせてください!」


「おお、悪いなぁ。通りすがりの坊に手伝わしてしもて。後でお駄賃あげるからな!でかいワンワンもな」


 そんなやり取りをしながら後片付けを始めた俺たち。

 幸い馬車は応急処置で走れるようで、引いていた馬も無事だった。

 だが、スケさんとカクさん…もとい、スーケさんと、カークさんは鎮痛な面持ちで作業を進めていた。

 俺はふと尋ねてみる。


「あの…どうしたんですか?何か貴重な品でも奪われてしまったんですか?」


 スーケさんとカークさんは顔を見合わせて、同時に大きなため息をついた。


「実はなぁ…さっきお嬢が俺に使ったポーション…とある大貴族様の家に納入しなきゃなんねえ貴重な商品だったんだ…」


「質の良くない粗悪なポーションなどは、王都のどこでも売られているのですが…あれは高品質の、いわゆるハイポーションと呼ばれるものなのです…」


「そうだったんですか…」


 成程…。

 そういう事情があったのか。

 しかも大貴族って…。

 ここまでしょんぼりするんだから、多分うちの家とは比べものにならんくらい、格式高いお家なんだろう。


「お嬢と方々駆け回ってかき集めたハイポーション…。盗賊の野郎ども根こそぎ奪って行きやがって…ちくしょう!」


 涙目で拳を握りしめるカークさん。


(ポーション…か。実物を見るのは初めてだけど、要は回復する水…だよな?)


 カラン。


 俺は、さっきお嬢と呼ばれた女性が使い切ったハイポーションの空き瓶を拾い上げ、右手に持った。

 そして身体の中で魔力を練り込み始める。


(まずは綺麗な水…美しい清流を思わせる水の魔力だ。そして治癒の力…どんな怪我でも治せる光の魔力を混ぜ合わせて…。うんうん、せっかくだし、口当たりもまろやかで…おいしい水よりおいしい水的な…)


 キィィィィン…!


「な…なんや!?」


 3人は一斉に俺の方を見た。

 

 それもそのはず。

 俺を中心に、幻想的な水色と白色の光が溢れていたからだ。

 そして。


「一応…できた、かな?」


 俺は、淡い光を帯びた美しい水色の液体で満たされた瓶をカークさんに手渡した。


「お嬢…これ…?」


 カークさんは恐る恐る、受け取ったそれを女性の方へ差し出した。


「ちょ…!ちょっとそれ見せ…ぐうっ…!?」


 カークさんの方に走り出した女性は、突然苦痛に顔を歪めると同時に、崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んでしまった。


「うわっ…これは…」


 俺は女性に駆け寄り、怪我の確認をする。

 すると女性の左足首が青紫に変色して酷く腫れ、かなりの熱を持っていた。

 またよく見れば、女性は身体中から汗を流している。

 これは痛みを我慢していた冷汗の類だな…。


(やっぱり…骨折してるぞ、これ…)


「お嬢…これは…」


「お嬢だってこんなすげぇ怪我してたんじゃねぇか…!」


 だがしかし。

 お嬢と呼ばれた女性は、耐えがたい苦痛やみんなの心配をよそに、冷汗とともに青い顔をしながらも、さも嬉しそうに二ヤリと笑った。

 うっ…痛いのが嬉しいM的な人なのか…?


「なあ、坊…。あんたが作ったそれ…ポーションなんやろ?」


 唐突にそう言った女性。

 だから回復前にもっと痛めつけてほしいんねん…とか言われたら、全力疾走しよう。


「どうでしょう…。見よう見まねで作ったんで、あまり自信はありませんが…多分」


「ポ…ポーションですって…!?お嬢…まさかそんな…」


 スーケさんとカークさんは驚いた表情で、俺が手渡した瓶を見る。


「ちょうどええ…、それ足に掛けてみてくれへんか?ほんまにポーションやったら、多分骨が折れとるとこも、ちょっとはマシなるはずやろ…」


「い…いいのですか…お嬢?」


 スーケさんは、俺の方をちらりと見やる。

 そりゃそうだろう。

 自分の大切な仲間に対し、通りすがりのでっかい犬をを連れた、得体の知れない子供が作った液体を処方するのは、おそらく正気の沙汰ではないだろう。

 俺としてもポーションなんてもんは初めて作ったし、ここは事情を説明して、信頼と実績の治癒の魔法を…。


「かまへん、やってくれ。うちはさっきの光に勝機と…そして商機を見たんや。あれはうちらの店を救ってくれる希望の光や…。まあ勘やけどな」


 女性はそう言い切った。

 ごめん…そこまで信頼されましても…。

 だ…ためなら逃げようか、シロ。


「お嬢がそう言うなら…わかりやした。お嬢、いきますぜ?」


 カークさんは俺が作ったポーション?を女性の左足首に掛けようとした。

 俺はそこで、待ったをかける。


「あの、ちょっと待ってください。その液体は経口するイメージで作りましたので、飲ませてあげてください」


 その瞬間、カークさんはぎょっとした表情をする。


「け…けど、お前さん。ポーションってのは不味くて不味くて飲めたもんじゃねぇんだぜ?普通は怪我したとこに振り掛けて使うもんだ…それを飲ませろっていうのはちょっと…」


 不味いという言葉を聞くと、ついエルフのリアの顔と料理が浮かぶ…。

 いや、嘘です。

 むしろあの物体エックスしか浮かびません…。


「そ…そうなんですか?すみません。ポーションっていう物はさっきはじめて見たので…でも多分美味しいと思いますよ?そのようにイメージして作ったので…」


 パシッ!


 女性はカークさんの手から瓶を奪い取った。


「お、お嬢!?」


「ええんや、ごちゃごちゃ言いなや!作った本人が飲める言うんやったら飲めるんやろ!…うちは飲むで…!!」


 意を決したように両目をつむり、一気に液体を呷る女性。


「お嬢!!」


「ちょっと、お嬢!?」


 だが次の瞬間。

 女性は目を丸くして、空になった瓶を見つめていた。


「うま!ちょ…これめちゃめちゃうまいがな!!うちこんなうまい水飲んだん初めてやで!…いや…そんなことより…足…うちの足が!!?」


 3人はさらなる驚愕に目を見開く。

 

 その液体を飲んだ瞬間、お嬢と呼ばれた女性の青紫で痛々しく腫れあがっていた足首は、瞬く間に治癒し、白く美しい女性の肌に戻ったからだ。

 そして。


「これな…うちの足もそうなんやけど…、他にもあった擦り傷とか打ち身とか…、身体中の悪いとこ全部残らず治ってしもとる…」


「お嬢…これは…」


「こ…こんなことが…」


 俺の人生初ポーションはなんとか成功したようだ。

 よかったよかった。

 

 そうだ、言いことを思いついたぞ!

 このポーションを量産して各地に売り捌けば、また将来の安寧に向かって一歩前進だ!

 あ…いや待てよ…。

 俺にはそれを販売するツールがまだない…。

 どこかにそれを上手く捌いてくれる商人はいないものか…。


「あっ」


 俺は傷の完治に驚く目の前の女性を見た。

 いるじゃないか!

 目の前に!


 これから大貴族様とやらにポーションを納品しに行く途中に、積み荷を奪われた人たち。

 この人たちこそ、まさにその商人じゃないか!

 イェイ、どストライク!

 俺の幸運はエクストラだぜ!

 

 俺はシロをモフりながら逸る心を落ち着けた。

 

 街道は間もなく日が落ちる。

 夕暮れと星空が境界部分で混ぜ合わさってグラデーションを構成する、なんとも美しい光景だ。


 俺はこのポーションもまた、領地の発展に貢献できる起爆剤になると信じて疑わなかった。

 …が、しかし。

 この時の俺はまだ知らない。

 この素敵な液体が、利益を呼ぶ起爆剤どころかまたまたトラブルを招いてしまう爆薬であったことを。

 そしてそのトラブルは、王国の運命すら左右するものであったことを。

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