第34話 ポーションはどちらのお宅へ

「ここが納品先のお家…ですか?」


 うわぁ…これは見たことがある家紋だなぁ。

 何回もお手紙のやり取りをしている人の家紋だもんな、そりゃ見間違えるはずないよね…。

 俺は偶然というか、運命のいたずらというか、この展開に驚いていた。


「そや。レイン君、やったかな?まあ小っちゃいし坊でええか?坊もグレイトウォール公爵家っていう名前ぐらいは聞いたことあるやろ?この国で絶対に怒らしたらあかん貴族の一角や。うちらはここにハイポーションを納品する予定やったんや」


 王都に入った俺たちは、貴族の邸宅が立ち並ぶ地区に来ていた。

 そこは俺の実家などとは比べ物にならないぐらいでっかい家が建ち並んでおり、いかにも偉いさんが住んでいそうな場所だった。


 これが全て各貴族の王都別邸というから驚きだ。

 実際領地に建てられているそれぞれの家は、きっともっと大きいのだろう。


『ワン!ワン!』


 シロもその街並みに驚いたのか、珍しくソワソワしている。

 …と思いきや、どうやらオシッコがしたかっただけらしい。

 グレイトウォール家別邸を囲う、高さも値段も高い感じの壁に向かって、絶賛マーキング中だ。

 俺は何も見ていない、見ていないからな。


 シロに関しては、特に問題なく王都に入場することができた。

 門番として検問をしている兵士の人に対し、俺が「迷い犬として保護し、家で飼っているんです」と言っても、最初はなかなか納得してくれなかった。

 だが、シロが俺に体を摺り寄せる様子やシロをモフモフする様子、そしてその兵士の人の「お…俺も触ってもいいだろうか…」という質問に、即GOサインを出したことが決め手で万事解決した。


 今は馬車を引く馬や大きめのペットが首から提げる「一般動物用の赤い首輪」を目印として、シロの首にかけている。

 余談だが、地龍や冒険者と呼ばれる人たちが従わせている魔獣やら何やらは、「獣魔用の青い首輪」という物があるらしい。


 そんなこんなで無事王都へ入ることができた俺たちは、貴族街の美しく整備された道路を進みつつ、現在グレイトウォール公爵家別邸の前に佇立している次第だった。


「あの、そう言えばまだお名前をお伺いしていませんでした。成り行きでスケさんとカクさんのお名前は知っているのですが」


 俺はグレイトウォール家の人が門の中から出てくる前に、お嬢と呼ばれていた女性に尋ねてみた。


「おお、なんや坊?いっちょ前にお姉さんの名前が知りたいんか?かー、うちは罪な女やなぁ…。せやけど坊、うちに惚れたら火傷してしまうで?」


「そ…そうですね…。炎上しないように気を付けます…」


 名前が分からないと不便なだけだよ。


「うちはな、ユリ・エチゼンヤっちゅう名前や。王都でもエチゼンヤ商会っていうたら、けっこう有名な商家なんやで?あと後ろの2人はスーケとカークでええ。坊はスケさんカクさんって言いよったけど、ちょっと発音がちごたな」


「以後お見知りおきを」


「よろしくな、坊!」


 スーケさんとカークさんはわざわざ俺に頭を下げ、改めて自己紹介をしてくれた。


「しっかし坊…、あんたの魔法はそら大したもんやで…。美人お姉さんも目から竜の鱗やわ。うちの怪我の治り具合からみても、十分ハイポーションぐらいの効能はあるんちゃうか。……けどポーションなんてもんは普通どこも錬金ギルドや薬剤ギルドなんちゅう奴らが作り方を独占しとるからなぁ。だから値段も相手の言いなりやし、なかなか市場にええもんは出てこうへんねん」


 ユリ・エチゼンヤと名乗った女性は、王都に大きな店を構える商家の娘さんらしい。

 俺の魔法で作り出したポーションを絶賛しつつも、現在のポーション市場については眉をひそめ、思う所もあるらしい。


「成程、参考になります…。では察するに、このお手製ポーションのことは無闇に公にしない方がいいということですね?」


「という話やな」


 俺は顎に手を当て、思案にふける。

 

 確かに既存の市場を突然ぶち壊すのは色々と問題があるだろう…。

 ギルド云々の話が出たところを見ると、きっと様々な人間が複雑に絡み合い、それぞれが大なり小なり利権を喰いあったりもしているはず。


(下手をすると刃傷沙汰か…)


 この魔法ポーションの作成・販売は特に慎重に扱った方がよさそうだな。


「ではユリさん、もしあれを売ろうと思ったら…」


 俺がそう言いかけた時だった。


「坊、すまん、その話は後や。…グレイトウォールの家の人が来たで…あれは誰やろか…うえぇっ!?あのお人は…!!」


 ギギギギギィ…。


 グレイトウォール家の重厚かつ、美しい意匠が施された巨大な門扉が解放され、スラリとした1人の男性が姿を現した。

 それは…。


「…!…君は…レイン…君…か?」


(当然こうなる可能性もあったわけだよな…。)


 そう、俺の前に姿を現した男。

 その男は王国の財務を担うグレイトウォール公爵家の次男にして、剣も魔法もなんでもござれの新進気鋭の王国騎士。

 そして若くして国内の税務を取り仕切る超エリートにして、金髪、長身、超絶イケメンのおまけつき。

 ヴィンセント税務査察官こと、ヴィンセント・グレイトウォールその人だった。


「あの…ご無沙汰…しております」


 俺はペコリと頭を下げた。

 野菜作りに関するやり取りは頻繁に行っていたとはいえ、やはり面と向かって会うと、若干微妙な空気が流れてしまう。

 …まあ以前悲しい行き違いがあったしな…。


「こ…こうして会うのはかなり久しいな…。横の白くて大きいのは、手紙にも書かれていたシロか。まあ、なんだ、その…野菜作りは順調かい…?」


 なんとなく、よそよそしい感じのヴィンセント。

 ちょっとちょっと。

 遠距離恋愛の2人が久し振りに再開したような態度はやめてくれません!?

 なんか気まずいじゃんか!


「そうですね。ヴィンセント様に批評をしていただいているお陰で、かなり順調と言えます。おそらく王都に後着する父が、トマートなども馬車に積んで来ているはずですよ」


「そ、そうか!それはまた楽しみだな。フッ…今日はいい日だ」


 フワリと左手で前髪をかき上げるヴィンセント。

 くっ…。

 その仕草はムカつくけど、ちょっとかっこいい。


「…それから…。その…なんというか…。まあ、私と君の仲だ…。その…ヴィンセント様…という呼び方は公の場以外では必要ない。うむ…ヴィニーと呼んでくれていいぞ?親しい者はみんなそう言うのでな」


 おおぅ?

 なんかこの間家に来た時とは、マジで人が変わったように優しくなったな。

 うちの野菜は人の性格を穏やかにする効能でもあるのか?

 まあいいや、根が優しかったということで納得しておこう。


「ありがとうございます。しかしそれは余りに礼を失してしまいます。ですので、ヴィンセント様と呼ばせてください。僕のことはもちろんレインでけっこうですので」


「そ…そうか…。まあ好きに呼んでくれればいい」


 若干残念そうなヴィンセント。

 なんとなく手紙のやり取りをしていたが、やはり直接会って話すことで、ヴィンセントとのわだかまりが溶け、少し距離が縮まったように感じた。


「あ…あの~…」


 そんな俺とヴィンセントとのやり取りを、目を白黒させて見ていたユリ。

 ついにその空気に耐えきれなくなってしまったようだ。


「あぁ、すまない。つい彼との話に夢中になってしまったな。君たちはエチゼンヤ商会の方々だね?約束のポーションを納品しに来てくれたということでよいのかな?」


「あ!は…はじめまして!!うちはユリ・エチゼンヤと申します!!今日はそのお日柄もよく、絶好のポーション納入日和…なんですけど。…ちょっと道中色々トラブルがありまして…。それをこの坊に助けてもらったんです…。ヴィンセント様は坊とお知り合いでいらっしゃるんですか?」


 物腰柔らかなヴィンセントに対し、その視線に顔を赤くして照れ照れで話すユリ。

 ちっ…イケメンめ…爆発しろ。


「ふふ…ユリさん。あなたが坊と呼ぶ彼はその人柄から不敬罪だなんだと言うことはあり得ないとは思いますが、その名をレインフォード・プラウドロード。プラウドロード男爵家の長男ですよ。…そして私の数少ない友人の1人さ…」


 最後の方はボソボソっと呟くように言葉を濁したヴィンセント。

 だがその言葉を聞いた瞬間、ユリは顔を真っ青にしながら、まるで壊れた人形のように、ギギギ…と俺の方へと顔の向きを変えた。


「ひぇぇぇ!?坊…いやいやレインフォードお坊ちゃまは、貴族の人やったんですかぁ!?か…堪忍してください!!どうか不敬罪で市中引き回しの上、打首獄門とかは勘弁してくださいぃ!!何でもしますさかいぃ!!」


 ユリをはじめ、スーケさんカークさんも同じような表情で、いきなり俺に土下座を始めた…。

 リアルジャンピング土下座なんて初めて見たぜ…。


「や…やめてください、やめてくださいよ!打首とかそんなことするわけないじゃないですか!今まで通り接してくださいよ!僕はそんなことで怒ったりしませんから…!」


 俺がそう説得すると、3人は心底安堵したような顔でゆっくりと立ち上がった。

 

 マジで、こっちが気を遣うわ…。

 ほんっと、この世界での貴族ってどんだけ偉いんだよ?

 日本出身の俺が世情にうといだけなのか?


「さて…。ここでは少々目立つな。さぁ全員中へ。ポーションとそのトラブルだったか?その件も含め、中で話を聞かせてもらいたい」


 そう言うと、ヴィンセントは俺たちを屋敷の中へ招き入れた。


 ※※


 外観も立派だったが、屋敷の内部もそれはそれは豪華な造りだった。

 俺たちは長い廊下を延々と歩いていく。

 まずは応接間に案内してくれるそうだ。


(なんて言うか…昔テレビでヴェルサイユ宮殿の特集をやってたけど、まさにそんな感じだな…)


「ほんますんません、ほんますんません…。なんとお詫びをしたらよいやら…」


 道すがら、何度も何度も俺に謝ってくるユリ。

 もういいってば。


「あの…ほんとになんにも気にしてませんから…。じゃあよければ、後でちょっとお願いしたいことがありますので、それを聞いてくださいませんか…?それでチャラということで…」


「ひえ!?それはうちの身体目当てですか…!!?レインフォード様…、そう言えばさっきもうちのこと気にしてましたもんね…?嘗め回すように見てましたもんね…?わかりました…。エチゼンヤ商会存続のためやったら、うちの身体ぐらい好きなだけ蹂躙制覇してください…ヨヨヨ…」


 何言ってんだコイツ?


「ちょっと、人聞きの悪いことを言わないでください!僕は正真正銘ただの商談をしたいだけですから!」


「さ…さようですか…。ホッ…よかった」


 胸を撫でおろすユリ。

 そっちの方が不敬だっつーの。

 ぷんぷん。


「さぁ、ここだ。入ってくれ」


 俺たちはヴィンセントとともに、応接間へと通された。

 ここにも豪華な調度品や、いかにも高級そうな絵画等が所せましと並べられている。

 ヴィンセントは先を歩いていた使用人に、お茶を出すように指示した。


「どうぞ、粗茶であるが飲んでくれたまえ。ところでさっそくポーションの話をしよう。私が見るに、どうやら君たちは手ぶらで来ている様子だが…。頼んでいたポーションはあるのかな?」


 ヴィンセントは紅茶を飲みながら言った。

 一見和やかな雰囲気だが、その目は笑っていない。

 …ちょっとおかしい…。


 …いや、そもそも最初から何かおかしかった。

 なぜ屋敷を訪ねてきた者に対して、そこの主人とも言うべきヴィンセントが対応するのか。

 ましてや屋外での最初の受付など、当然執事や使用人の仕事だろう。

 加えてこの屋敷…人の気配が少なすぎる…。

 普通これだけ身分の高い家柄だ…、もっと使用人やらメイドやら庭師やらが居てもいいはずだが…。


(なんだかこのポーション話…ちょっときな臭い感じがするな…)


 俺はまた訳の分からないことに巻き込まれたかもしれない…と思うのだが。


 しかしユリ・エチゼンヤもさしたるもの。

 ヴィンセントの迫力にも負けず、さっきとは打って変わって商人の顔つきになり、自信をもって答えた。


「へぇ。それはここに」


 ユリは懐から小さな瓶を取り出すと、机の上にそれを置いた。

 瓶の中は、淡い光を帯びた美しい水色の液体で満たされている。

 そう、それは俺が合成魔法で作り出したポーションだった。


 それを見たヴィンセントは目を大きく見開いた。


「こ…これは…本当にただのポーションか…?この私の目にも、何やら神々しい魔力で満ち満ちているように見えるのだが…」


 ゴクリと唾を飲み込み、それを手に取って見定めるヴィンセント。

 そして。


「もしや…これは君が…?」


 ヴィンセントは俺の方を見た。

 その眼差しは、やはり真剣そのもの。


 俺は一旦ユリの方を見ると、お互いに頷き合った。

 こんなところでしょうもない嘘をついても仕方がないことは、ユリも理解しているようだ。


「お察しのとおりです、ヴィンセント様。そのポーションは、僕が魔法で作り出しました」


 俺はそう答えると、ユリやスーケさんカークさんも、盗賊と思しき者たちの襲撃を受けたこと、せっかく仕入れたハイポーションを根こそぎ奪われてしまったこと等、事実をありのままヴィンセントに説明する。

 それを一言一句聞き漏らすまいとしていたヴィンセントは、それらを聞き終えると、しばし目を閉じて、考え込んでいたが。


「そうであったか、委細承知した。苦労をかけたなエチゼンヤ。レインも偶然の通りすがりとは言え、すまなかった。おい、あれを持て」


 そう言うとヴィンセントは、使用人に2つの大きな革袋を持ってこさせると、それを目の前のテーブルに置いた。


 ドスン!


 おそらく金貨が入っているのであろう革袋が、大きな音を立ててその場に鎮座する。


「お…お嬢…これは…」


 スーケさんも思わず額から汗を伝わせる。

 ユリも目の前の金貨が入っているであろう革袋に、驚きを禁じ得ない。


「ヴィ…ヴィンセント様…?」


 ヴィンセントは特に答えず、悠然と立ち上がると、俺たちに声を掛けた。


「ご苦労であった。これにて依頼は完了とする。ここに襲撃に対する慰労や破壊された物品の修理費を含め、金貨200枚ある。なのでエチゼンヤとレインで好きなように配分してくれ。そしてすまないが…、この金を受け取ったら、このまま黙って帰ってはくれないだろうか…?」


「こ…これはちょっと貰いすぎとちゃいますか…!?成功報酬は前金も含めて金貨50枚でしたやろ?なんのつもりですのこれ…!」


 突然の報酬アップに納得がいかず、ヴィンセントに食い下がるユリ。

 お…俺がユリなら、マジっすか?あざーーーす!とか言って、貰って帰ってしまいそうだが。


「…もしかしてこれ、なんかの口止め料のつもりでっか…?」


 ユリの目が一層厳しく、そして探るようにヴィンセントを見つめる。


「…察しがよくて助かる…。今回のことはこれで綺麗さっぱり忘れてくれないか?これはお互いのためなのだ。そして当家から依頼を出しておいて申し訳ないが、以後しばらく、エチゼンヤ商会はポーションの売買から手を引いてくれないか?」


「お断りです」


 ユリはそう言い切った。


「な…なに…!?」


 ヴィンセントは片眉を上げ、驚いた表情でユリを見た。

 どうやら断られるのは、想定外だったらしい。


「他の店はいざ知らず、うちらエチゼンヤ商会は筋の通らんお金は貰いません。もちろんお客様が黙っといてほしいておっしゃるなら、そうさしてもらいます!…せやけど、口止め料をやらんと秘密を漏らすんちゃうかって思われるんは心外です…!うちらを見くびらんといてもらえますか!!」


 語気荒く、ヴィンセントに言葉のナイフを投げつけたユリ。

 重苦しい沈黙がその場を支配する。

 そして俺も口を開いた。


「はぁ…ヴィンセント様。…水くさいじゃないですか…どう見ても何か困ってらっしゃるんでしょう?平静を装っても、顔にそう書いてありますよ?」


 俺がそう言うと、ヴィンセントは目を丸くして俺を見た。

 その額からは汗が吹き出し、形の整った顔をゆっくりと流れ落ちていく。


「…友人が困っていたら、助けたいと思うのが普通じゃないですか?」


 俺がそう言うと、さらに大きくその目を見開くヴィンセント。

 しばらく俺の方を見るとその目を閉じ、大きくため息をついた。


「これより先の事情…知ると後戻りはできなくなるが…?」


 ヴィンセントは厳しい眼で俺を見つめる。

 俺は返す。


「さっさと解決して、トマートジュースでも飲みましょうよ」


「——————。……感謝する…」


 ヴィンセントは少しだけ笑ってそう言うと、俺たちに部屋の移動を促した。

 おそらくポーションを使う必要がある人・・・・・・・・の所へ行くのだろう。


 足早に移動する俺たち。

 長い長い廊下を再び進んでゆく。

 やはり来た時と同じく、屋敷の中はいやに静かで物音ひとつ聞こえない。

 ただ、歩くたびに廊下に響く自分たちの靴の音だけが、妙に耳に残るのだった。

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