第21話 各種事業計画の推進と突然の来客
「いやー…レインよ。いくらおめぇさんの頼みでも、そりゃさすがにわし1人じゃあ無理ってもんだぜ…。ところでどしたんだ?尻でも痛ぇのかい?」
ワッツの工房を訪ねた俺は、エルフ村への交通整備計画を話したが、やはり1人では難しいらしい。
この工房にも久しぶりに来た気がするが、相変わらずしっかりと整理整頓がなされている。
鋼を扱えるように俺が作り直した炉にも、熱い火が入れられ、勢いよく燃えている。
…なお、シロに乗っていても尻は痛い。
「ふっ…お尻のことはそっとしておいてください…。しかしやはりワッツだけでは難しいですか…。穴を掘るだけなら、僕1人でなんとかなるんですが、その後の整備はやはり僕だけでは不可能なんですよね」
俺はお尻をさすりさすり、ワッツに話す。
「しっかしおめぇの発想は、相っ変わらずぶっ飛んでやがるなぁ。森の地下に長ぇ長ぇトンネルを掘ってそこを人や馬車が通れるようにするってぇ?…んであとなんだっけ?ああ、列車って言ったっけか?聞いただけじゃようわからんが、2本の鋼材の上を走る、馬車より速ぇ乗り物を作ろうだなんてよう?」
「いえ、父上の書斎でゴロゴロしていて紅茶をぶちまけた時、たまたま古い文献を発見しただけですよ。けどこれらが完成すれば、エルフの村と安全かつ安定した交易が可能になります。また、この技術開発が成功すれば、必ずうちの領の目玉商品になるはずです…むふ…むふふふふ…」
もちろんエルフたちとの交易が第一目標だが、その後の他の領地等への技術提供のことなども考えると、つい目がドルマークになってしまう…。
まあこの世界にドルはないんだけども。
「がっはっはっは!おめぇさん、時々おっさんのような顔して嬉しそうに話すよなぁ。ちょっと10歳には見えんぞ?」
ふっ。
実際まあまあおっさんだと自覚してるしな。
将来食っちゃ寝生活ができるなら、今は精一杯働くさ。
「…しかしワッツ。あなた以外に、腕が良くて信頼できる職人を雇用しようと思えば、どうすればいいでしょうか。何か心当たりなどはありませんか?」
俺は顎に手を当て、困った顔をしながらワッツに聞いてみる。
ワッツはワッツで、これまた少々困った顔をしながら、何やら考え込みはじめた。
「んー…。心当たりがあるにはあるんだが…ちょっとなぁ…」
ワッツにしては、珍しくハッキリしない。
「あるなら教えてくださいよ。水くさいじゃないですか、できることならなんでもしますよ」
俺は身を乗り出してワッツに尋ねる。
「…うーん…わしは元々、王都のとある鍛冶屋におってなぁ。そこの連中なら、もしかすると協力してくれるかもしれんのだが…うーん…実はそこで昔一悶着あってなぁ…」
片目を瞑って、ボリボリと頭を掻きながら話すワッツ。
あらら、これはあかんやつかな?
もしかして何か後ろ暗いことでもしてきたのか?
「…もしかして他人のお酒でも勝手に飲んでトラブルになったとか?」
「バカ言え。んなこたぁどうでもいいんだよ。ドワーフなら誰も気にしやしねぇ」
ええんかい。
どうなってんだよ、ドワーフの倫理観は。
「では一体なにがあったんです?」
「まあ簡単に言やぁ喧嘩別れだな。なんつぅか、方向性の違いっつぅやつでだなぁ…。わしは仲間に不満をぶちまけた挙句、そいつをぶん殴って出てきちまったってぇ訳なのさ」
方向性の違い…。
どっかのバンドかよ。
「成程…事情はわかりました。けどまあ、いずれにしても1度は訪ねてみますよ。協力していただけるかはさておき、何か収穫があるかも知れませんし」
まあダメ元で行ってみるか。
無理ならそん時考えるとしよう。
「おぅ、なんか悪ぃなぁ。んじゃまあ、王都のガラテアって工房を訪ねてみてくれや…。そこにその名のとおり、ガラテアってぇ鍛治職人のドワーフがいるだろうさ…」
ワッツは腕を組みながら、古びたキセルに火をつけ、吸い始める。
少し遠い目をしながら、大きく煙を吐き出した。
うーむ、ちょっと雰囲気が暗くなってしまった。
よし、ここは別の計画を話して明るくしよう!
これはこれで俺が温めてきた、大事な計画だ。
きっとワッツなら乗ってくるはず…。
「ところでワッツ。もう1つ話がありまして…」
俺はちょいちょい、耳貸して?と言わんばかりの仕草で、コソッとワッツに話しかけた。
「なんでぇ、でっけぇ声では言えねぇことか?」
身体のでっかいワッツは小さな俺の方に耳を寄せる。
かなり姿勢を低くしてもらっていて、ちょっと申し訳ない。
「…実はですね…僕は美味しいお酒を作ろうと思っているんですよ」
「な…なんだってぇー!!?」
わわわ!?
声が大っきいよ!!
「ちょっ…大きな声を出さないでくださいよ…!」
俺は声を押し殺し、必死に訴える。
「これが黙ってられっかってんだ!おめぇさんがドワーフのわしに酒の話をすんだから、生半可なこっちゃねぇんだろぅ!?詳しく説明しろい!!」
ズズズイッ!と、前へ前へと出てくるワッツ。
その迫力は凄まじい。
ステイ!ステーーイ!!
「…静かにしてくださいってば!家族にも黙って進めてるんです…!バレたらこの計画は速攻でパーですよ…!?」
唇に人差し指を当てて、必死にワッツをなだめる俺。
酒に寄ってくる魔獣かよ、お前は!
「…ハッ!わしとしたことが、酒のこととなるとつい…。面目ねぇ…」
ワッツは両手を口に当てて押し黙る。
「父はともかくとして。躾に厳しいうちの母が、未成年の僕が酒造りなどを行なっていると知れば、一体どんな酷い目に遭うか…想像しただけで恐ろしい…。しかしながら、もはやこの計画を打ち明けた以上、あなたも共犯ですからね…?」
俺は尻をさすりさすりしながらワッツに詰め寄る。
「うへぇ、そりゃ怖ぇな…。けどおめぇのことだ、既にうめぇ酒の算段は立ってんだろ?」
ワッツがニヤリ…と悪い顔をする。
「もちろんですよ、ぬかりありません。既に色々実験を進めてますよ…。然るべき時期が来れば、ワッツには設備の製作、設置そしてしっかりと毒味をお願いしますよ…」
俺もニマァ…と悪い顔で返す。
まあ、俺は未成年だが中身はおっさんだし、ちょっとだけ飲むぐらいなら、バレやしないだろぅ。
この世界はどうも娯楽が少ないようだし、これも大事な人助けよ。
うしししししし…!
俺たちがガッチリ握手しながら、悪い計画を立てていたその時だった。
「坊っちゃまー!坊っちゃまはいらっしゃいませんか!?」
「「…ひ!ひええええ!!?」」
ガタガタガタン!!
ワッツと俺は、突然の声と物音に驚き、工房の備品をぶっ倒しながら、もんどり打って倒れ込んだ。
「坊っちゃま?坊っちゃま!?こちらにいらっしゃるんですか!?」
声の主はフリードだった。
慌てた様子でワッツの工房に飛び込んできた。
「あぁ…一体どうしたんですか、フリード…」
俺は身体を起こし、フリードに向かって声を掛けた。
「坊っちゃ…!!」
フリードはなぜか絶句した。
んん…?
どうしたんだ、フリー…げげっ!?
なんだこの体勢!?
俺…ワッツと絡み合ってるぅ!?
何という悲劇!
突然のフリードの声にビビり、ワッツと一緒にズッコケた結果、俺とワッツは、激しく絡み合うような形で地面に寝転がってしまっていたのだ。
大惨事だ。
加えて、ワッツは普段から半分裸みたいな格好をしてるし、俺もワッツに引っ張られたせいで服がズレ、片方の肩だけ変に露出した形になってしまっている…。
…誰得だよ、このシチュエーション…。
「…ち…違う!何もかも違うんだよ!!フリード!」
俺は必死こいて否定する。
だがフリードは、これまで見たこともないような、まるで菩薩のような微笑みを浮かべている。
「坊っちゃま…愛の形は人それぞれでございます…。このフリード、いかなる愛でも、心より祝福申し上げます…」
ワッツはこの状況が楽しいのか、げらげら笑っている。
お前も否定しろや!
「しかし坊っちゃま、旦那様や奥方様には、今しばらく秘しておきましょう…。些か以上に衝撃を受けられるやもしれませんので…」
だーかーらー…!
ちがうんだーーーーー!!
※※
「うちに来客?」
「ええ。そこで旦那様より、坊っちゃまにも一緒に話を聞いていただくため呼び戻すように、と仰せつかったのです。…まさかその折、あのような秘事を目にするとは…」
だから、誤解だっつうのに!
「もう!怒りますよ!?」
俺はシロに乗りながら、頬を膨らませる。
フリードは歩きながら、そんな俺を見て笑う。
「ふふふ。戯言です、坊っちゃま。お許しを。フリードはちゃんと承知しておりますよ」
まったく!
誰かあの惨劇の記憶をM78星雲の光の国辺りまで飛ばしてくれ!
3分以内にだ!
「ところで来客ってどちら様ですか?領民の陳情かなにかでしょうか?…もしやまたもや母上が、誤ってムーギ畑を燃やしたとか…」
母がまたやらかしたか?
それならそれで、対処は容易いのだが。
「いえ、今回はそのようなことでは」
「じゃあ誰がいらしてるんです?」
フリードは少し間を開けて言う。
「東方の遊牧部族、ブリヤート族の方々です」
「…ブ…ブリヤート族…!?………って誰だっけ?」
フリードが片眉を上げ、俺の方を見る。
『クゥーン』
シロも続けて何か物悲しく、ひと鳴きした。
そんなこと言われても、俺だって知らんもんは知らん!
東方ったって、でっかいなんとか帝国があるってことぐらいしかわからんしな。
「ブリヤート族は、我がプラウドロード領の東方、かつて荒野だった場所のさらに東にある、ブリヤート大草原にくらす遊牧民族です」
フリードは物知り博士のように、丁寧に教えてくれる。
ほんっとなんでもオールマイティにこなす、パーフェクト執事だよ。
「その大草原のさらに東方に位置する、巨大なグレゴリウス帝国からの干渉をよしとせず、また我らがグレイトバリア王国とも対等な関係を維持しながら、ブリヤート自治区で牧歌的な暮らしをしている少数民族ですね」
「へぇ?少数民族なのに帝国にもなびかないなんて、なんだかすごい部族なんですね」
グレゴリウス帝国の話は少し父から聞かされたことがある。
巨大な軍事力をもって周辺諸国を恫喝し、従うならよし、従わないなら喜び勇んで戦争を仕掛け、国を丸ごと飲み込んでしまうらしい。
うちのグレイトバリア王国とも、国境で時々小競り合いを起こしているとのことだった。
まあうちの家周辺では、ここ何年も大きな戦争は起こっておらず平和だと父は喜んでいた。
俺だって元日本出身の平和主義者だし、同じ人間同士での戦争なんて、まっぴらごめんだね。
「彼らは少数民族ではあるものの、一度戦いが始まれば、荒ぶる地龍を巧に操り、統制された騎兵部隊を駆使して相手を完膚なきまでに蹂躙する、恐るべき戦闘能力を有しています。その地龍軍団に絶対の自信を持っておりますため、いかなる勢力へも、迎合いたしません」
ひぇぇ。
地龍っつったらあのワニみたいなやつだよな?
あんなのが徒党を組んで攻めてきたらそりゃ怖えな。
…しばらく龍絡みの話はお腹いっぱいだけどな。
そうやってフリードと話をしているうちに、俺たちは自宅へと帰り着いた。
そこで。
『…ゲギャアアア!!』
俺はいきなりでっかいなんかに吠えられた。
「…うお!?うちの庭になんかいる!」
「あれがブリヤート族の地龍ですね」
(おぉ…これが噂の地龍か…でっかいな…5メートル以上は余裕であるんじゃないか?)
俺が見たブリヤート族の地龍と言われる生き物は、その全身は茶色く、頭部から生えた数本の立派なツノが特徴的で、口には当然鋭い牙がビッシリ。
前脚や後脚もかなり太くて力強いし、いかにも強そうだ。
また、そこには2匹…いや2頭か?の地龍がいて、うちに来てるという誰かが乗ってきたのであろう、立派な鞍が取り付けられていた。
「成程ですね。そりゃこんなのがたくさんいたら、戦う気も起きませんよねぇ?」
俺は肩をすくめてフリードに言った。
「左様ですね」
フリードは目を瞑って優しく相槌をうつ。
(…まあ、正直こないだみたいなでっかいドラゴンを見た後じゃあ、若干迫力には欠けるけどな)
シロも平然と地龍の横を通り過ぎていく。
さっすが!
『…ゲギヤァ…』
ぷっ。
なんか地龍がしょんぼりして見えるのは気のせいか?
「ささ、坊っちゃま、どうぞ」
フリードが恭しく玄関の扉を開放した。
さてさて、今回はあんまりややこしい話じゃなきゃあいいけどな。
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