夏空イヤフォン

第1話

 雨が降っている。黒い雨だ。

 雨粒が音を立てて窓にうちつけられる。余程酷い豪雨なのだろう。

 僕は買ったばかりのイヤフォンで耳を塞ぐ。最新のノイズキャンセリングイヤフォンは外の雨を消してくれるのに、聞きたくない声は消してはくれない。

 ああ、うるさい。耳障りなそれは。

 世界一無様な負け犬の遠吠えだった。

 


 放課後、夕暮れ、雑音。

 嗤い声、視線、蝉時雨。

 一昨日さよならを伝えた少女が、僕の眼前で泣いていた。

「ハナ、どうしたの?」

 僕の問いかけに、ハナと呼ばれた少女は答えてくれそうもない。制服の袖が色濃くなっていた。

「声に出してくれないと、わからないよ」

 つけていたイヤフォンを耳から外し、彼女の方へ身体を向ける。目元が赤くなっている。

「ねぇハナ」

「ほんとに、ほんとに覚えてないの?」

 青く澄んだ夏の空に消え入りそうな声で、そう呟いた。

「……何を?」

「私が、なんで今泣いてるのか」

 僕にはわけがわからなかった。何故彼女は彼女自身が涙を流している理由を、僕が知っていると思うのか。それとも僕が本当に彼女が泣いている理由を忘れているのか。疑問は消えない。

「君は今、何を思って泣いている」

 声が聞こえた気がした。しかし、それは目の前の彼女の声ではない。何故だ。何故その声が僕の脳内に今響いている。聞き慣れた自分の声が、僕の中に染み渡る。

「……どうして、君が泣いてるの?」

 彼女に呼ばれ、自分の頬に滴っているものを認識する。

「思い出せ、君はこの時間を忘れてはいけない」

 まただ。僕にだけ聞こえる僕の声。この声は何を伝えたいのだろうか。

 見えていた景色が夏空に吸われていく。眼前の彼女はもういない。僕達がいた教室は泡沫の如く消えていく。周囲に残ったのは教室の骸と、いつかに降っていたあの黒い雨だけである。

 ああ、あの晴れた日はいつであったか。思い出せもしない記憶に縋り、イヤフォンで耳を塞ぐ。

 雨が降っている。黒い雨だ。

 雨粒が音を立てて窓にうちつけられていた。残り少なくなった窓に。

 僕は買ったばかりのイヤフォンで耳を塞ぐ。最新のノイズキャンセリングイヤフォンは身体に降り注ぐ雨の音を消してくれるのに、聞きたくない声は消してはくれない。

「君は今、何を思って泣いている」

 

「さよならを悔やんで」







 

 

 


 

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夏空イヤフォン @HanaKaiDo

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