帰省

 今日はリアが朝から実家に帰省している。

 世間は連休で、私も休めればよかったけれど、残念ながら無理だった。家で待っている、と言ってくれたけれどせっかくの休みなのにずっと1人で居させるのは……と思って帰省を勧めてみた。久しぶりに家族に会いたいだろうし。


 私から勧められるなんて思わなかったのかびっくりしていたけれど、いつも家のことを任せっきりにしてしまっているし、たまには実家でのんびりしてきて欲しい。

 一緒に住み始めてから1日とはいえ離れるなんて初めてだから、自分で勧めておきながら情けないけれど耐えられるか不安しかない……既に後悔し始めているし。



「ただいま……ってそっか居ないのか。はぁ……」


 仕事を終えて家に帰れば、当然ながらリアは居なくて、普段は何より安らげる場所なのに、自分の家じゃない気がした。

 リアと一緒に住むまで、この家に1人でどんな風に過ごしていたのかなんてもう忘れてしまった。何も考えずに、もう寝てしまおう。


 昨日もほとんど寝ていないけれど、ベッドに入っても寝られなくて、夜の散歩に出れば飲み屋街の方が騒がしい。酔っぱらいでも騒いでるのかな?


「何事?」

「あぁ!! カミラ隊長!! 被害は出ていないんですが、獣人族が3人酔って暴れていて……今ここにいるのは非戦闘員ばかりで、応援は呼びに行っているのですが……」

「うわ、間近で初めて見た……」

「獣人族、終わったな」


 詰所で見かけたことのある人族の事務員達が仕事終わりに飲みに立ち寄った所で居合わせたようで、安心感からか張り詰めていた空気が緩んだ。


「ふぅん。少しは楽しませてくれるかな」

「「「ひっ!?」」」


 訂正。余計怯えさせたらしい。

 いい憂さ晴らしになりそうで笑えば、人族の若者達が私から距離をとった。君たちには何もしないって。



「もう終わり?」

「いってぇ……顔色ひとつ変わらねぇし、あんた何もんだよ?」


 店から引きずり出してちょっと大人しくさせれば、1番体格のいい獣人族が起き上がりながら聞いてくる。こいつがリーダーかな?


「竜人部隊隊長」

「くっそ……竜人族の隊長が何でいるんだよ」

「散歩。もうまとめてかかってきなよ。あぁ。獣化もお好きにどうぞ? 私にかすりでもしたら見逃してあげてもいいけど」

「ちっ……」


 リーダーらしき虎の獣人が獣化をすると、滅多に見られない獣化に歓声が上がった。見た目は完全に虎。初めは怯えていた客たちもお酒を片手に固唾を飲んで見守っていて、ちょっとした見世物になっている。店主も外に出てきてお酒を売っていて商魂逞しい。

 信頼されているってことにしておこうかな。



 威勢よくかかってきたけれど、今はゼーゼー息をしていて、2人は寝転がっている。立ち上がれたのはリーダーらしき1人だけ。


「そっちの2人はもういいの?」

「いや、坊ちゃんがここまで遊ばれるともう俺らじゃ歯が立たないって言うか……」

「てめぇ! 坊ちゃん言うな!!」

「ここまで一方的にやられると清々しいっす! 坊ちゃんがんばれー」

「だから坊ちゃん言うな! てめぇら覚えとけよ!?」


 寝転がりながら気の抜けた応援をする2人に怒鳴る虎の獣人族。坊ちゃんとか似合わなすぎて……


「坊ちゃんがんばれー」

「男見せろー」

「そうだぞ頑張れ坊ちゃん……ぶはっ」

「はぁぁ!? 坊ちゃんじゃねぇー! おい、今笑ったの誰だ!!」


 見学している周囲の人達からも野次が飛んでいて、なんだかほのぼのした空気が漂っている。


「まだやる?」

「やられっぱなしじゃ引けねぇな。こっちもプライドがあるんでね」

「へぇ。いいね。殺ろうか」

「待て、今なんかおかし……ぎゃあああ!?」


 いやぁ、いいストレス発散になった。


「あれ、カミラさんだー!! あぁ、私服も素敵……!!」

「クロエ、そこ邪魔。カミラさん、お疲れ様です」

「くっ、アメリアちゃんどうしていないの……!」


 崩れ落ちたクロエは見なかったことにして、アイラに任せよう。


「2人ともお疲れ。もう酔いも冷めてるだろうし、抵抗する気力もないだろうから。アイラ、後は任せる」

「私もいますよ!!」

「お兄さん達、ボロボロだね? しかしタイミング最悪だったね~隊長の番ちゃんが帰省中で、機嫌最悪だから。ガス抜きのご協力ありがとうございます~」

「へ? どういたしまして??」

「俺らは憂さ晴らしにこれ程痛めつけられたのか……」


 アイラが気の毒そうに3人を見ているけれど、元々は酔って暴れたのが悪いよね?



 結局家に帰っても眠れなくて、そのまま朝を迎えていつも通り出勤をした。

 慌ただしく過ぎていき、夕方には何とか落ち着いてきて、もうすぐリアを迎えに行けると思うとそわそわしてしまう。


「カミラ、ここ間違ってる」

「はぁ……もう書類面倒。エマが隊長やってよ」

「嫌」


 早く誰かに隊長を引き継ぎたい。エマが適任なんだけどな。ちょうどいい時間だし、これが終わったら迎えに行こう。


「失礼します。申し訳ないのですが、団長から緊急案件が……今日中に書類のご確認をお願いしたく……ひっ!?」


 今日中? リアが待ってるのに?


「隊長が威圧しててごめんね。今日中ね。ちゃんと間に合わせるから」

「ありがとうございます! 失礼しましたっ!!」


 エマが受け取った書類を机の上に置いてくるから内容を見れば、確かに緊急案件だったけれど、うちの有能な副官なら問題ない。


「カミラ? 何帰ろうとしてるの?」

「エマ、隊長任せるから。よろしく!」

「はぁぁー?! また言ってる。明日私休暇なの知ってるよね?」

「知ってるけど?」

「書類やるなら変わってもいいよ?」

「……やる」


 エマの掌の上で転がされてる感はあるけど、いつもだし、休めるならなんだっていいや。



 予定より少し遅れて到着して、入国の列を見て時間がかかりそうだな、と憂鬱になる。早く会いたいのに。


「……リア?」


 竜化を解いて並ぼうと移動すれば、到着した時には遠かった繋がりが近づいてきて、リアが気づいてくれたんだなって嬉しくなる。鱗を飲んですぐは近い範囲にいる時しか繋がりを感じ取れなかったみたいだけれど、馴染んだ証拠か、感じ取れる範囲が順調に広がっているみたい。並ばなくても会えそうだ。


「カミラさん!」

「リア。おかえり。会いたかった」


 入国の列には並ばずに出国手続き側で待っていればリアが飛びついてきたからぎゅっと抱きしめる。あぁ、落ち着く。


「私も会いたかったです! 待ちきれなくて来ちゃいました」

「可愛い」


 照れたように見上げてくるリアが愛しい。私の番、こんなに可愛かったっけ?


「さ、帰りましょ!」

「挨拶もしてないけど……」

「いいんです! また来るって伝えておきましたから」


 抱きしめていた温もりが離れてしまってちょっと寂しい。表情に出たのか、ぎゅっと手が繋がれた。好き。


「手のひらの上か背中、どっちにする?」

「うーん、天気もいいし、背中!!」


 入国を待つ人達からある程度離れたところで竜化して体勢を低くすればリアが軽々登ってくる。純粋な人族だった時には考えられなかったけれど、身体能力が上がってリアが慣れた頃に籠なしで飛んで欲しい、と言ってきた。心配しすぎて渋る私の服の裾を少し掴みながら、上目遣いでお願いしてくるリアはずるいと思う。即寝室に連れ込んだけど。


「さいっこうー!」

「リア。あんまり乗り出さないで」

「大丈夫ですって!」

「いくら身体能力が上がったからって飛べないんだからね?」

「分かってますって! でももし落ちてもカミラさんが助けてくれるし。あ、海ー!!」


 リアからの全幅の信頼がくすぐったい。この子はほんとに……



「リア、おかえり」

「ただいまー! あー、やっぱり落ち着く」


 夜ご飯を食べてから家に帰ってきた。リアが居るこの空間が好き。


「リア。明日休みになったよ」

「ホントですか!? やったー!」


 キラキラした目で見上げてきて飛びついてきたリアを抱きとめる。


「はぁ……うちの番が可愛すぎる。好き」

「カミラさん……全部漏れてます」


 うん。照れた表情も最高に可愛い。


「明日どこか行く?」

「うーん、買い物は行きたいですけど、のんびりしたいです」

「ん。分かった」

「カミラさん、くすぐったい」


 抱きしめたままソファに腰かけて、リアの首筋に顔を埋めればくすくす笑っている。リアの匂い、すごく安心するな……


「寂しかったんですか?」

「うん」

「かわいい……!!」

「リアは? 寂しかった?」

「寂しかったです。次は一緒に行きましょうね」


 可愛いなぁ。リアも寂しかったって思っていてくれて嬉しい。


「ね、リアちゃん。もう寝室行こ?」

「え、かわい……今日のカミラさんやけに甘えたな感じですよね?」

「嫌?」

「嫌じゃないですけど……?」


 リアが困惑しているけれど、嫌じゃないなら良かった。


「リア」

「ちょ、耳元で話すのやめてっ」

「やだ」

「ぇ」


 離れてみて実感したけれど、もうリア無しでの生活なんて考えられない。一緒に過ごす時間が長くなる程、愛しさが増していく。

 重くてごめん、って思うけれどやっぱりリアにはそばにいて欲しい。


「リア、ずっとそばにいてね?」

「え? 居ますけど……??」

「好き」

「えっと? 私もです……?」

「なんで疑問形……」

「いや、カミラさんの中でどんなことになってるんです??」

「ねむい……」

「もしかして寝てないんですか?」

「うん」

「え、このまま寝ちゃう感じですか!?」

「だめ?」

「まぁいいですけど」


 呆れたように笑いながらも、頭を撫でてくれるリアに身を委ねた。あぁ、今日はよく眠れそう。

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