6.逃がさない

 詰所を出てから、リアは何やら考え事をしているのか話しかけても上の空。もう少し歩けば宿に着く、というところまで帰ってきてもそれは変わることがない。


「リアー? リアちゃーん?」

「……はい?!」

「考え事?」

「あ、はい。カミラさんって人気なんだなぁって……なんで私だったんだろう」


 なんか難しく考えてるのかな? 名前の意味の通りに真面目そうだもんなぁ……


「なんでって、番?」

「はい」

「うーん、なんで……か。そもそも番に出会えるなんて思ってなかったからなー。成人した時になんか色々言われたけど全然聞いてなかった」

「ええ……」

「脳筋には難しかったか、って諦められたな」


 そもそも聞いてなかったけど、聞いてても理解出来た気はしない。


「人族でも一目惚れとか、運命を感じた、とかこの人と結婚するなって感じたりするって言うじゃん? それと同じような感じかな? 多分だけど」

「おー」


 あ、なんか納得してくれたっぽい?

 頷いてて可愛いなー。


「ちょっとは私に興味持ってくれたの?」

「時間もないし、ちゃんと考えないとなって思ってます」

「ありがとう。その気持ちがまず嬉しい」

「……もし、考えても無理だったら?」


 無理だったら……か。そんなこと考えたくないけど、本当に無理だとしても逃がしてあげられそうにない。


 いっその事閉じ込めて……なんて危ない思考になるし、リアに私じゃない恋人が、って考えただけで物凄い喪失感。まだ選ばれないって決まったわけじゃないのに。


「あー、ちょっと待って」


 やばい、泣きそう。番と結ばれなかったり、後に残された番の末路は悲惨だと言うけれど、自分もそうなる可能性があるんだもんね。


「リア、ごめん」

「えっと、何が……?」

「逃がしてあげられない」

「っ?!」


 付き合って貰えるまでは触れないように、と思っていたけれど、そっと抱き寄せて腕の中に閉じ込める。


「リアに私以外の恋人が出来るなんて考えたくない。誰よりも大切にするから、他の誰かじゃなくて私を選んで?」


 本当はもっと時間をかけて、と思っていたのに、もしも、なんて考えてしまったせいで気持ちが焦る。


 腕の中のリアは華奢で、強く抱き締めたら折れてしまいそう。部屋に運んだ時もそうだったけれど、触れている部分が熱くて、ずっと渇望していたものが与えられたような、そんな満たされた気持ちになる。


「リア……こうして抱きしめられて、嫌?」

「……嫌じゃないです」

「ちょっとはドキドキしてくれてる?」

「ちょっとどころじゃないです……」


 それは脈アリって思ってもいいの?


「聞こえてると思うけど、私も物凄くドキドキしてる」

「カミラさんの心臓の音聞こえます……」


 身長差があるからね。ちょっと恥ずかしいな。


「リア、顔上げて?」

「……嫌です」

「なんで?」


 俯いていて表情が見えないから、顔を見れば少しはリアの気持ちがわかるかな、と思ったのだけれど。


「も、恥ずかしくて……」

「抱きしめられるのが? リアは本当に可愛いね」

「あの、その声、やめてくれませんか」


 声? 特に意識してなかったけど何か違うかな?


「何か違う? 嫌い?」

「なんかもう色っぽくて……いい声すぎてむしろ好きです」


 私が、じゃなくて声が、だろうけれど、好き、の二文字がこれほどの破壊力を持つとは……

 今までに好き、なんて沢山言われてきたけれど、どれも心動かされることは無かった。それなのに、リアからの言葉は何よりも嬉しい。抱きしめるだけじゃ足りなくて、キスをして、その先も、と本能が騒ぐ。


「リア……リア。好き。声だけじゃなくて私のことも好きになって?」

「だから……っ、その声やめてくださいって!」


 キッと睨みつけてくる目は潤んでいて、顔も真っ赤。こんな表情で番に見上げられて、一体誰が耐えられる? こんなにすぐ手の届くところにいて、抱きしめられても逃げなくて、受け入れてくれてるって勘違いするよ? 


「は……リア、ごめん、ここから一人で帰れそう?」

「もうすぐそこですし帰れますけど……大丈夫ですか?」


 腕の中から解放されて、息の荒い私を心配そうに見てくるリアは自分が襲われそうになっているなんて考えてもいないんだろうな。


「ふー……うん。大丈夫」


 リアから少しだけ離れて、ちょっとだけ冷静になれた気がする。


「送ってくれてありがとうございました。お家でゆっくり寝てくださいね」

「そうする。じゃあ、気をつけてね……っと」


 危ない。つい手を振りそうになって上げかけた手を後ろに回す。


「え?! カミラさん、今手が……」

「うん? 何かあった?」

「手、見せてください」

「はい」


 言われた通り左手を見せれば、リアの視線は残る右手に注がれている。


「また明日朝ごはんの時間にでも会えたらいいな。リアもゆっくりしてね。じゃ、また」

「カミラさん、逃がしませんよ」

「わー、リアちゃん情熱的ー」

「ふざけないでください! 行きますよ」


 左手を掴まれてぐいぐい引っ張られる。振りほどくなんて簡単だけれど、どんな理由であれリアから触れてくれたことが嬉しくて、振りほどくなんてできるわけが無い。


「イザベラさん、消毒ってありますか?」

「お、おかえりー。あるけど、怪我したの?」

「私じゃなくてカミラさんが」

「カミラ? うわ、カミラ、顔ゆるっゆる……」


 食堂のドアを開けると、リアに引っ張られて入ってきた私を見てイザベラが驚いたように言ってくるけれど、言われなくても分かってるって。


「右手出してください」

「……リアちゃん、血とか平気な人?」

「苦手です……」

「自分でやるから、向こう行ってな?」


 放っておいてもすぐ治るけれど、心配してくれているから手当しておこうかな。


「はい、消毒。どこ怪我したの?」

「手。リアが心配してくれて」

「グロっ! 爪で? 馬鹿なの?」

「衝動? 本能? を抑えるには痛みかなって」

「さすが脳筋……」


 他にどうやって耐えろと? 離れる、とかは却下ね?


「あ、お弁当ありがとう。美味しかった。いくら?」

「後でまとめて請求する」

「よろしく。ごめん、包帯か何かある?」

「確かあったはず」


 イザベラと話しながら消毒をして、血が苦手なリアに見えないように探してもらった包帯を巻く。


「痛いですか?」

「このくらい平気。すぐ治るから。心配してくれてありがとね」

「どうしてこんな……」


 少し離れたところにいるリアは血が苦手だと言う通り顔面蒼白で倒れないか心配になる。これから見せないように気をつけよう。


「ん? 癖なんだよねー」

「絶対嘘。ですよね? イザベラさん」

「嘘だねー」

「うわ、裏切り者!」


 イザベラ、どっちの味方なの?


「リアは人族だから詳しくないと思うけど、番を見つけた竜人族って自分のものにしたい、っていう衝動が物凄いんだよね。同族ならすぐ蜜月に入るから落ち着くけど、番の概念がない他種族だとそうはいかないから。中には耐えきれず無理矢理、なんてことも珍しくないし。その場合は落ち着いたあとの関係修復が絶望的だけどね」

「うわぁ……」


 イザベラの説明を聞いて、想像したのかリアの顔が引きつっている。


「カミラは寝てるアメリアちゃんに何もせず一晩過ごせるくらい忍耐強いから安心していいよ」

「……はい」


 うん。それは安心して欲しい。もう一度耐える自信は正直ないけど……


「リア。前も言ったけれど、嫌がることは絶対にしない。触れるなって言うなら我慢するし。でも傍には居させて欲しい」

「そんなに我慢して、辛くないんですか?」

「辛い。物凄く辛い。けど、リアが大切」


 じっと見つめてくるリアは何を考えているのかな。


「カミラさん、眠いですか?」

「え……? 眠くないけど??」


 突然? 眠そうに見えたかな? 家に帰っても目が冴えちゃって寝れる気がしない。


「徹夜明けじゃないですか」

「ああ。1日くらいなんでもない」

「カミラなら2、3日余裕でしょ」

「うん」


 リアがポカーンとしているけれど、基礎体力が人族とは違うからね。


「この後ってお休みですよね? カミラさんが良かったら色々案内して貰えませんか?」

「もちろん!」


 これってデート? しかもリアからのお誘い? 断るなんて選択肢があるわけない。仕事だとしても行く。


「観光で来たんだもんね。早速行こうか」

「ありがとうございます」

「じゃ、行ってくる。消毒ありがとう」

「行ってらっしゃい」


 ニヤニヤしたイザベラに見送られて食堂を出る。さて、まずはどこから案内しようかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る