神葬ヘレティック

藍染三月

プロローグ

告解

 これは死体から聞いた寓話だ。


 むかしむかし。それはきっと、祖父母の記憶を覗き見て、深くまで追蹤ついしょうしたとしても辿り着けないほどの、遠い日のこと。


 旅人が、閏年というものをその村に伝えた。それは四年に一度だけ、存在しない一日が訪れるというもの。枯れた村で神の恵みを待ち続ける村人に、旅人は気休めの戯言を吐いた。


 存在しない二月二十九日、その日に生まれた人間は、神の声が聞ける存在である、と。


 余所者の言葉を信じない村人に、旅人は言霊について説いた。願いを一年唱え続ければ細い糸が紡がれ、また一年、もう一年と祈り続ければやがて糸玉になる。信じ続けることで、奇跡のように、魔法のように、織り成した願いは科戸しなとの風に乗ってどこかの命へ宿るかもしれない、と。御伽噺の魔法も、願い願われた結果の奇跡。それは現実にも起こり得ることなのだと、旅人は朗笑した。


 ――希求、憧憬、偏見、信仰。向けられる強い感情は光のように集束して、対象を焦がし、穴を開ける。黒ずんでひずむ常識。力の持たぬ人間が神の恵みだと讚歎さんたんするものは、当人にとって異端の証でしかない。


 人ならざるカタチを得ることは、果たして欣喜きんき出来るようなものなのだろうか。力を捨てて『人』になりたいという望みは、神への侮辱になるのだろうか。


 紅血で綾取あやどられていくこの身体を、綺麗にする術。異端者は、只管ひたすらにそれを渇求していた。例えそれが罪過となろうとも、構わなかった。

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