勇者が来れば壺屋が儲かる

まっく

21回目

「アーティ、今回の分はこれで全部か?」


 運搬用の絨毯に整然と並べられた壺を見て、カイトが俺に訊ねる。


「おう! 俺もなるべく早く行くし。絶対に割るなよ」


「一度でも割ったことあるかよ」


 そう言って、カイトは拳で俺の肩を小突く。



 俺は壺屋ブラックジャックの二代目アーティ・フィス。


 カイトはうちの専属の運送屋で、魔力を込めた伸縮自在の絨毯で、どんな数でも安全確実に商品を届けてくれる。信頼のおける仕事仲間だ。


 フィス家は、代々魔法使いの家系だったのだが、なぜか他人の家の壺を勝手に割りまくる転生勇者たちの出現に壺の需要が急騰したのを受けて、そこに金の匂いを嗅ぎ付けたうちの父親が、いち早く壺屋転身した。


 壺屋ブラックジャックは、壺の配送料と設置費用が無料なのと、充実のアフターサービスで大人気。乱立する壺屋の中で、今やこの国一番のシェア率を誇っている。


 ちなみに壺屋の名前のブラックジャックとは、転生勇者の元の世界からもたらされたもので、カードを引いて21に近い方が勝ちというゲームから名付けられた。

 俺には何が面白いのか分からないが、この世界に持ち込まれて以降、大流行している。

 うちの父もご多分に漏れず、そのゲームを使った賭事にハマっていて、散財するだけでなく、店の名前にまでしてしまったのだ。


 父は今日も呑気に賭場へと出掛けていった。

 そんなダメ親父に代わって、 俺が実質的な経営を請け負っている。




「アーティ君、ご苦労様だねぇ」


「とんでもありません。しかし、今回もまた派手にやられましたね」


「壊されるのは慣れっこだけど、ロクなもん入ってねぇな。なんて言われてね」


「それは酷い」


「ほんと、いつまで続くのやら。魔王が討伐されるまで続くんだろうね」


 お客さんとそんな会話をしながら、俺は割れた壺の後処理と新しい壺の設置を手早く行う。

 結局、街の壺は全部漏らすことなく割られていた。商売としては有難いことだが。


 壊された壺の代金は国が保障している。

 それは女神様が転生させた勇者が、国民とのいざこざで機嫌を損ねられては、女神様に顔向け出来ないからだ。

 前の世界では、それが普通だったのか何なのか、勇者たちが他人の家の壺を当たり前のように割る理由はいまだに分からないが、好きなだけ気分よく割ってもらおうというのが、国王の考え方だった。


 しかし、その壺の中身までは保障してくれなかった。

 そこで我々ブラックジャックは、元魔法使いの血筋を活かして、革新のアフターサービスを開発した。

 魔法を付与した壺と御札を組み合わせて、御札を貼り換えるだけで新しい壺に中身を復活させるシステムを構築したのだ。

 それには、一族の歴史を紐解いても、例を見ないくらい強大な魔力を有する俺の力があってこそ。

 まあ、自慢気にそんなことを吹聴しないけど。


「何も入れちゃいけないのは、この壺だよね」


 お客さんが壺を覗き込んで言う。


「はい、くれぐれも」


 それは勇者に割ってもらう為だけのダミー、という名目の壺。

 これを置いてもらうのが、アフターサービスを提供する条件になる。

 これがうちの商売の肝になっている。



 この街での全ての仕事を終え、カイトと名物の鉄板焼きの店で夕食。

 肉の焼ける音と匂いが食欲をそそる。


「しかし、次から次へと勇者を転生させてるみたいだけど、なかなか魔王の元までたどり着く奴出てこねぇな」


「でも、抑止力になって、うまい具合に均衡は保ってくれてるけど」


「それが救いっちゃ救いか」


 カイトが肉を口に放り込む。

 俺もそれに倣って肉を放り込み咀嚼する。肉汁がジューシーで、果実酒によく合う。


「いつも、同じ様な所でコロッと殺られるのは、何か原因でもあるのか。アーティはどう思う?」


「さあ。種族としての限界なのかもね」


「でも、今度の奴はハンパないらしいぜ」


「ここの壺を全部割った奴?」


「そう。チート級だって噂で持ち切りだ」


「チート、か」


 確かに勇者一行が去って、かなり時間が経過しているにも関わらず、そのオーラの名残のようなものが、街のあちらこちらから感じられた。

 この世界を救う為に呼ばれたヒーローにしては、嫌な感じのオーラ。


「しかし、魔王の討伐に成功したら、俺らの商売どうなっちゃうんだろ」


「勇者が来なくなったら、今までみたいに壺は売れなくなっちゃうだろうね」


 果実酒をグイッと飲み干す。


「何だよ、ヤケに余裕だな」


 どうやら、俺は笑みを溢していたらしい。


「まあ、心配するな。ちゃんと考えてるよ」


「本当かよ。例えば?」


「内緒」


「おめぇ、全然考えてねぇだろ」


 カイトは少し不安な顔をしていたが、しばらくすると、さっきまでの話を忘れたかのように肉をガツガツと頬張り、陽気に果実酒を飲み干し続けた。



 壺の素になる土に魔力を込めて練り上げ、ろくろを回し壺の形に整えていく。

 心地よい疲労感が得られるこの作業が、壺屋の仕事の中で一番好きだ。

 キリのいい数を形にしたところで、焼きの作業の魔力充填の為に暫しの休息に入る。



 そこにカイトが、ものすごい勢いで飛び込んできた。


「おい! アーティ!」


「なんだよ騒がしい。今日は運ぶ壺は無いはずだが」


「違うよ、勇者がまた殺られたんだよ!」


「そう」


 そろそろだろうなとは、思っていたけど、やっぱり早かったなぁ。


「しかも、今までの奴と比べても早いくらいだって。チート級の勇者が、ちょっとおかしくないか? 魔王に殺られるならともかく」


「そうだね」


「気の無い返事だな、アーティ。何か知ってるのか」


 知ってるも何も。


「さすがに今回のは明らかに不自然だから、原因究明チームが組まれるらしい」


 まず問題ないとは思うけれど、一応、ダミーの壺は全部回収して、通常の物に差し替えておこう。


 そう、ダミーの壺にはまったく別の魔法を付与している。

 それは、ダミーの壺を割った回数が21回目を数えた時に発動する。

 次にダミーの壺を割ると全ての能力を喪失する魔法。

 もちろん21という数字は、店名のブラックジャックから。ゲームと同じく、数が22を超えるとバーストするって寸法だ。


 勇者が来なくなったら、うちらの商売あがったりだからね。


 ちゃんと考えてるってのは、そういうことだよ、カイト。


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