ラスト・アンダーテイカー

猫町大五

第1話

 自分は今、とある高層ビルの屋上に居る。何も飛び降り自殺を図ろうというのではない。これからすることは、少なくとも世界にとっては、充分に有意義と呼べることだ。

 ここからは、街の様子がよく見える。車の流れ、美しい町並み、そして幸せそうな人々。ここまで理想的に調和した光景は、中々お目にかかれないだろう。

 望遠鏡を覗き込むと、更にその姿が明確になる。まさしく老若男女、といった具合。


「・・・美しい」


 思わず、そう漏らしてしまうほどの光景だった。だが、そう悠長にもしていられない。仕事に取り掛からねばならない。

 望遠鏡の左下に映る簡易式の距離計を確かめる。大通りを歩く親子、その父親に合わせると、おおよそ五百メートルとの結果が出た。

 次いで横のスイッチを操作すると、視界にフィルターが掛かる。何も映らないことを確認してフィルターを戻すと、右手人差し指に僅かに力を込めた。


 刹那、父親の頭が赤く染まった。






『望遠鏡、か。使い方によっては確かにそうだ。しかし、わざわざ確認することはないんじゃないか』

「・・・俺なりのルーティンだ、好きにさせろ」

『ま、それもそうだ』


 マイクの向こうにそう返し、自分は通信機のスイッチを切った。確かに先程言った望遠鏡とは、些か抽象的が過ぎる。

 正確には『スコープ』と呼ぶべきだ。正式名称、『PSO-1』。旧東側諸国で開発、運用されていた狙撃用スコープで、それに高性能赤外線感知フィルターを備え付けたものだ。無論それを乗せているのはれっきとした狙撃銃、『ドラグノフ式狙撃銃』。

 双方旧式、というより骨董品に片足を突っ込んでいる代物だが、それを自分が使っているのは単に使い慣れているからだ。更には、骨董品で事足りるという理由もある。


「・・・それにこいつらには、『骨董品』でなくちゃならない」

『またスポンサーにドヤされるぞ』

「言わせておけ、俺はこのスタンスを変える気はない」


 ――せめてそれは、彼等への精一杯の手向けなのだから。

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