【1000字小説】GARDEN OF UNDEASEA

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【1000字小説】GARDEN OF UNDEASEA

 日本には、古くから海底にまつわる伝説がある。

 浦島太郎の竜宮城が有名だが、万葉集にも記述がある。

 その伝承の舞台とされてきた日本海の底に、その二人はいた。


 物語は仏門に身を投じた僧の男から始まる。

 時は平安時代、観連と言う法名を持つその男は、厳格な天台宗の教えの元、煩悩を消し去るための厳しい修行の日々を積んでいた。

 しかし、運命は思わぬ方向へと彼を導くことになる。


 きっかけは、琴の音であった。

 参詣への途中、宿を借りた貴族の屋敷でその音に誘われた観連は、一人の女性に出会った。屋敷の当主の娘として育てられていた娘は、名前を礼(らい)姫(ひめ)と言った。

 琴を弾く礼姫の姿に、観連は己の頭のうちに違和感を覚えた。

 屋敷を旅立った後、彼はやっとそれを礼姫への煩悩と自覚した。


 己の中にある激しい煩悩を永遠に打ち消すためにと、滝行、四種三昧など、あらゆる修行に、同僚のどの僧よりも真面目に打ち込んだ。

 しかし、彼には一つの誤算があった。

 礼姫の方も、彼に淡い恋心を抱いていたということであった。


 観連は何十日目かの滝行の夜、宿をとっていた小屋に、礼姫は来た。熱心な修行僧の噂を聞きつけての、抑えきれない思い故の行いだった。

こともあろうに彼女は、僧の身分に恋をしてしまった自分への罪深さを恥じ、自害すると言い出したのだ。


 必死で自害を止める観連を見つめ返す、切実な思いを秘めた瞳。

 夜這いへと至るまでに、時間はかからなかった。


 そして夜這いの最中、観連は気付いた。

 彼女の身分が、偽りであるということに。

 ただの貴族の娘であれば、背中の肌が蛇のような鱗でおおわれているはずがない。

 明らかに、死んだ貴族の娘に化けた物の怪であった。


 次の日、寺から屋敷にかけての村々の一帯は大騒ぎと化していた。

 恐らく、朝方に僧か村人が、夜這いの後の観連と、鱗に覆われた礼姫を目撃したのだろう。


「行きましょう、観連様」

 穏やかな表情で観連の手を取る彼女の顔には、何か並々ならぬ覚悟が見えた。

 故に不思議と、観連の心に不安はなかった。


 二人は手をとりあい、川へと身投げをした。


 それから、十年、百年、千年の時が過ぎた。

 川の上流から下流、下流から海へと移った二人は、今でもその海底で暮らしている。

 それは竜宮城のような豪勢な城とは全く異なる、ただの屋敷の庭のようなつつましやかな住処かもしれない。

 それでも二人にとっては、いつまでも幸せに暮らせる、とこしえの国なのだ。

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