世界で21回目の夜

サヨナキドリ

男と女

 初めにあったものは言葉だったらしい。言葉は神だった。神は「光あれ」と言われた。すると世界に光があって、世界には昼と夜ができた。世界で初めての夜が来て、世界で初めての朝が来た。朝が来て、神は海と陸を作った。草木を作った。鳥や魚や動物を作った。人間を作った。6日かけて世界を作って、神は7日目に休んだ。


 初めての人間は楽園に住んでいた。楽園には果実がたわわに実っていて食べるには困らなかったが、仕事をしなくていいわけではなかった。むしろ、人類最初の大仕事が待っていた。世界最初の人間は、全ての動物に名前をつけなければいけなかった。楽園の果実で気力に満ちていた人間でも、全ての動物を見て、名前をつけるには6日かかった。7日目、大仕事が済んでなお、何かを探す人間に神が尋ねた。


「お疲れ様。全ての動物に名前をつけ終わったのに、何を探しているんだい?」

「神様。私は全ての動物を見たのに、私と一緒に生きるべき動物を見つけられなかったのです」

「そうかい。ともあれ、日曜日は休む日だ。私だって休んだんだから。ほら、休んだ休んだ」


 神はそう言って人間を深い眠りにつかせた。それから人間の肋骨と肉を少し取って、人間によく似た姿の動物を作った。


 月曜日、目を覚ました人間は神が作ったもう一人の人間を見て喜んで言った。


「私はこれを女と呼ぼう!」


 男と女は、楽園の果実を食べながら幸せな時間を過ごした。もしかしたら、それがずっと続くということもあったかもしれない。


 けれど火曜日、女に話しかける声があった。それは男が『蛇』と名付けた動物の声だった。


「こんなにたくさんの木の実がなっているのに、どれも食べてはいけないなんて神は言ったのかい?」


 女は答えた。


「いいえ。神はどれでも食べていいと言われました。ただ一つ、楽園の中心にある木の果実を除いては」

「それは可哀想に。あれを食べれば知恵を得て、神のようになれるのに」

「でも神様は、あれを食べれば死ぬことになるといいました」

「それは、君たちが知恵を得ると困るからさ。見てごらん。これがそんなに悪い木の実に見えるかい?」


 女がそれを見ると、木の実は艶やかな光と甘い芳香を放っていた。女はそれを食べた。


 水曜日。女は男の手を引いて、禁断の木まで引いていった。男は女に手渡されたその実を食べた。2人は自分たちが裸であることに気づいて、いちじくの葉を綴って腰に巻いた。


 木曜日。神が呼ぶ声から男は身を隠した。


「なんで隠れるんだい?」


 見つけた神の問いかけに男は答えた。


「それは、私が裸だからです」

「君が裸だなんて誰が言ったんだい?まさか、禁断の実を食べたのか」

「女が私に渡してくれたのです。それで私は食べました」


 女を呼び出して神は問いただした。


「なんで禁断の実を食べたんだい?食べちゃダメって言っただろう」

「蛇が私をそそのかしたのです。私には良いもののように見えて、それで食べました」

「ともかく、禁断の実を食べた以上君たちは死ななくちゃいけないし、もう楽園にはいられないよ」


 そうして金曜日、人間は楽園を追われた。


 土曜日、幸いにして人間は知恵を手に入れていた。畑を耕して野菜や穀物を育てることもできた。器用な手で道具を作ることもできたし、動物を狩ることもできた。額に汗をしなければ食べ物を得ることはできなくなったが、すぐさま飢え死にすることもなかった。


 日曜日。猟にも畑にも行かない男に女は尋ねた。


「どうして働かないの?明日がどうなるのかも分からないのに」


 男は答えた。


「神様が言ったんだ。日曜日は休む日だって。」


 こうして、世界で21回目の夜は、世界で初めて恋人たちが共に過ごした休日の夜になった。


 世界に2人だけの夜だった。

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世界で21回目の夜 サヨナキドリ @sayonaki

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