まずは、こんにちは。~say Hello to DayDream~
Aruji-no
書館のひと篇
say Hello to DayDream
序-1
「こんにちは」
それが、わたしの記憶の最初にあるものだ。
わたしを抱きながら、優しい笑顔を浮かべたあのひとの口からこぼれでた言葉。
今にして、わたしはある違和感を抱いている。
なぜあの時、あのひと-母やんは
幼少の頃にそれを不思議と思い、聞いてみたところ-
『まずは、あいさつが基本だから』
と返された。
それを聞いた当時のわたしは、『だからわたしが生まれたときも、さいしょ”こんにちは”だったんだね!』と一応納得はしていた。
再びある違和感を覚えたのは中学に上がってしばらくした頃。
そのきっかけはあいさつの件とは関係の無い、学校帰りのとある光景だったけれど、その時は父やんに『世界の見え方が変わったか?思春期のはじまりだな』と生暖かい目で見られてしまった。完全に話題をはぐらかされたことには気づいたが、思春期という言葉を出されたことに、何か気恥ずかしさを感じてしまい、それ以上の追求はできなかった。同級生からも、『思春期の話題を持ち出す親父なんて最低!』と言われたこともあり、それ以来、父やんとは少し距離を空けるようにもなった。
その違和感が再燃したのは、わたしがもうすぐ17の誕生日を迎えようとしている時だった。
きっかけは、学校の昼休みの時間。
クラスメイトと何気ない雑談をしている際に聞かれた、親の職業についてだった。
わたしはその際に、間を置くことなく『一応作家』とだけ答えた。詳細は知らなかったので、作品については触れず、むしろ職業柄ずっと家にいることの方に話題が逸れ、各父親の悪口に花が咲くことになった。
しかし学校帰りに、ある事に気づいた。
そもそもわたしが父やんの仕事を知ったのはいつだったか?
確かあれは、小学3年生の頃。同じく教室で友達と話してた際に聞かれたことがきっかけだった。『お父さん。どんなおしごとしてるの?』と。
その日の夜。わたしは早速父やんに尋ね、原稿用紙が置かれた机とよく分からない題名が書かれた本が敷き詰められた本棚に囲まれた書斎へと案内された。
『これが、パパのおしごとだ。さっかさんと言えばいいかな』
それから少しして、学校で授業参観が行われることになり、親のことについての作文を作成する宿題が出された。わたしは聞いたばかりの父やんのお仕事についての作文を書き、その出来が良かったとのことで、参観日当日にそれを発表することになった。あの頃は、自分の親の事をこれでもかと褒めたたえた文章を誇らしげに読み上げていたが、今では凄まじい気恥ずかしさに襲われてしまう。だからこそ、普段は封じていて考えることがなかったのかもしれない。
わたしは、父やんの仕事を作家という言葉だけでしか知らない。
あの作文に至ってもそうだ。わたしがそこに書いたのは、普段の両親の生活と、父やんに見せてもらった書斎の様子と、作家というお仕事をしているということだけ。どんなものを書いているかは、あの時も今も知らない。いや、教えられてないままだった。そこに来て、わたしはある飛躍した疑念を抱いた。思えば、あの授業参観日は時期が他の時より明らかにズレていた。作文制作という宿題も他の学年の子に聞く機会があった際に、それまでは無かったで話が統一していた。そして、大して具体的な内容のない自作文の代表選出。
まるで、わたし自身に父の仕事を納得させるためだけに整えられた舞台だったのではないか?
そんな壮大な陰謀論すら浮かんできてしまったのだ。それの裏付けのためではないが、その疑惑を抱えたわたしはとある場所へと向かっていた。
そこは中学の時。わたしにある違和感を抱かせるきっかけとなった場所。住宅地の中にある小路だった。両側は戸建ての塀が並び、玄関口などはない完全な袋小路であり、行き付いた先の左側は、建築会社のようで、身の丈を優に超える長さの木材が立ち並んでるのが、小路の入り口からも見て取れる。
ここに来たのは、その時以来だった。思春期話で不愉快な気持ちになってからは、それを思い返すきっかけになるのが嫌で、ルートを変更していたからだ。わたしはその道の前に立ち、あの頃感じたあの違和感に再び見舞われた。
それは、中学に通い出して、この小路の前を通るようになって3か月が経った頃だった。この小路には、誰も入らないし、誰もいた試しがないことに気づいたのだ。単なる通行人が入らないのは分かる。しかし、奥には明らかに営業中である会社がある。日が暮れた刻に通った際には、木材のすき間から光が漏れているのを見たこともあったのだ。誰もそこに向かったり、出てきたりする場面に一切行き当たらないのは明らかに変だ。変と言えば立地もだ。その小路は、軽トラが一台入るのがせいぜいな幅しかなく、会社前に立ち並ぶ木材を運ぶには明らかに不便過ぎるし、あの長さの板が倒れでもしたら、向かいの家の屋根をはっ叩くことになるのは明白だった。
やはりおかしい。
それは、この場所だけのことじゃない。
わたしのいるこの世界に。
果ては、そこに生きるわたし自身に対してもだった。
その確信が、わたしの記憶の中から裏付けとなる場面の数々を拾い上げていく。
わたしには、ある特技があった。
それは、記憶。
単に物覚えがいいというものではない。
生まれてから今日日至るまで-
わたしは文字通り全てを覚えている。
産まれた直後の母やんの言葉をはっきり覚えているほどに。
思い出すという行程を踏むことなく、常に手元に記憶の全てがあった。
幼馴染との雑談で『よく覚えてるね』と感心半ば不気味がられることや、暗記物のテストは敵なしだったこともあったけど、それを不自然と感じた事はつい最近までなかった。皆多かれ少なかれそういうものと勝手に思い込んでいたからだ。
――気付けば日は沈み、薄闇が世界を覆うとしていた。
かなりの間、証拠探しに没入してしまっていたようだ。世界の歴史に比べれば、まだまだ長くはない人生の間で見聞きした、ある違和感に対する根拠が頭の中で出揃った。
途方もない妄想。精神の疲労。思春期特有の何某。そう言われて気遣い半分に笑い飛ばされても仕方ないようなこの手札。何かもっと確かなものがもう一枚欲しいと思うも、わたしの中にはもうない。
それには確信がある。わたしには知らない事は多いけど、忘れていることなどひとつもないのだから。記憶から目を逸らしたわたしが見たのは、薄闇に染まった小路の先。木材のすき間から零れる灯だった。この時間帯にあそこを見るのは初めてだった。やはりあの会社は営業しているようだ。
…?
いや、妙だ。あれは灯りとは違う。
あれは、ひかりだ。
本来なら空から来るはずのものが、こんな時間に、あんな場所から漏れ出ている。
わたしは気づけば、そこに向かって歩み始めていた。
そこに、世界の、わたしの真実があるような気がして。
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