第三十二話 優しい

 何かを、大切な何かを忘れている気がする……。

 それはきっと、忘れてはいけないものだ……。



 翔悟はそう言うと次の瞬間、俺の腕を掴んだ。

 それと同時に雷が鳴り雨が降り始める。


「もう、俺は生きる価値がない……だからよ、優斗親友。最初で最後のお願いだ……俺と一緒に死んでくれ!!」


 翔悟がそう言うと俺の目からは涙が流れた。


 最初じゃねぇじゃねえかよ……。

 やめてくれ、俺をその名で呼ぶのは……。


「やめてくれ……」

「俺とお前が初めて会った時を覚えてるか? なぁ!? その時から俺はお前が嫌いだった、嫉妬をしていた。でも、お前といると心が落ち着いたんだ。だからよ、最後まで俺といてくれよ……」


 違う、こいつは、こいつは……。


「やだだ」

「え?」

「絶対に俺はお前を許さない。この気持ちは変わらない、たとえお前が捕まっても……だから、今この場で消えてくれ……」


 俺はそう笑顔で言った。


 これでいいんだ……。


「なぁ、なぁ!? 俺の親友はいつまでもお前しかいないんだ!!!! だからよ……だから!!」


 都合が良い時だけ『親友』呼ばわりすんのかよ……俺を利用していた分際で。


「何言ってんだよ? 俺とお前が親友?? 狂ってんのかよ? いや、元からお前は狂ってるよな……いいか? 俺はお前の親友なんかじゃない。ただの復讐相手に過ぎないんだ。だから、言わせてくれ……もう、消えてくれ……」


 俺はそう言うと次の瞬間、翔悟は俺を掴んだまま歩き出した……。

 

 まじかよ、こいつ……ほんとに俺と一緒に自殺する気なのか。

 

「だったらよ、今ここで消えてやるよ……とな!!」


 どうすればいいんだ……腕は握力で外すことができない……。

 気を緩めるしかないのか……。

 

「なぁ、話し合おうぜ!? 別に一緒に自殺する必要はないじゃねえかよ!! 別に俺はお前が消えればそれでいいんだ。だから……自殺しなくていい!! せめて、どこか遠くへ行ってくれ……」と俺は怯えた声で言った。

「俺は絶対に一人で死ぬ訳にはいかねぇ。それじゃぁ、お前だけが気持ちいだけだろ? ならさ、一緒に死んでお互い気持ちよく死のうぜ?」


 俺は足掻くも、翔悟はそんなの無視して……ついに端の段差の上に立ち上がった。

 そして、翔悟はこちらを向いて……。


「絶好の自殺日和だな!! 風も強いしよ、別に自殺なんかじゃなくて風で転落死したってなるだろうよ……」と笑った。


 何が自殺日和だ。

 何が転落死だ。


「なぁ? 優斗、俺はさ今幸せなんだ。好きな人とも出来たし、学年一美少女ともセフレ関係だったし……」


 その言葉に俺は何かがプチンと来た。


 『結局こいつなんも反省してねーな結局は、お前はそんなことしか考えてねーのかよ』


 俺は腕を引っ張って翔悟を段差から転ばした。


「いって……」と尻餅を突く翔悟。


 その隙に俺は翔悟の顔面を蹴った。


「いっ……」と鼻を抑えながらこちらを睨む翔悟。

「俺はお前と出会ってから別にいいことなんてなんもなかった……いつもいつもいつも、俺はただヘラヘラしてお前と一緒にいたよ」

「ああ!! その通りだよ、お前は優しい。それだけが取り柄の人間だ!!」

「そうだよ、だから、俺は最後まで『優しい』を貫く。その為に、俺は……一緒に死のう……」


 そうだ、結局、俺は優しいだけの人間なんだ。  

 『優しい』そのせいで、俺は人を傷つけて来た。

 

「そうだよ、一緒に死のう!! そうすれば、丸く収まる」


 なら、一緒に死んでしまって現実から逃げればいい……玲のいるあの場所へ──。


 俺はそう言うと翔悟の腕を掴み再度、段差に立った。


 翔悟の足はブルブルと震えている。


「死ぬのがそんなに怖いのか?」

「いや、死ぬのは別に怖くないよ……」


 そう言うと翔悟は俺の顔面を思いっきり殴った。


「ぐっ──」


 翔悟は笑いながら、俺に近づき。


「何すんだよ……」

「死ぬのはお前だけだからな……」


 翔悟はニヤリとした後に俺の鳩尾を殴った。


「うっ──」


 何しやがるんだ……一緒に死ぬんじゃなかったのかよ……。


 そして、翔悟は俺の髪を握りながら……。


「だから、お前は優しすぎるんだよ。俺は……俺は自分じゃ死なない。だから、お前の手で殺してくれるまで、俺は死なないんだよ」


 何を言ってるんだよ……こいつさっきから……。

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