セーラー服と菜の花 7



 彼、辰巳くんは店内に入るや否や僕たちに気づいたようだった。

 しかし僕たちの姿……特にセーラー服姿の彼女を見ても別段、これといって感情を動かされた様子はないように見える。


 ……いや、違う。

 ほんの一瞬、確かに顔を歪めた。

 注意して見ていなければ分からないそれは、とても愉快そうで笑い出すのを堪えているような、口元の歪み。

 まるで僕がこれからしようとしていることが分かっていて、それが空振りに終わることまで知って楽しんでいるかのような。



『不思議な話だよね。今になって現れる三十年前の幽霊』


 あの日のマスターのその何気ない一言がキッカケだった。

 それは僕に、疑いの種を蒔いた。


 それまで影も形もなかったものが、今になって急に現れたということ。

 それには必ず理由カラクリがある。


 僕が昨晩中かかって調べたことは、まず最初にそれを話題にした人物、つまり『噂』の出処である。

 昨今のSNSというものは、非常に便利なものだ。例えそれがほんの少しの糸くずのようなものであっても、自らの情報だけでなく近しい人の情報までもを進んで公の目に晒していることを、どれだけの人が理解しているのだろう。

 糸くずだって根気よく集めれば、やがて一枚の布にさえなるというのに。


 菜の花、幽霊、と単語を打つだけでモニターに現れる公にされている情報の数といったら……誰もがこうもお喋りであると、調べる方はとても助かるものだ。

 それから場所などで絞り込みをかけ、根気よく拾い集めた情報を打ち込み、さらに精査してゆくと残るものがある。


『わー。ついに見ちゃった。菜の花の中に立ってるセーラー服姿の幽霊。ヤバいよね? 失恋するかも。どうしよう、嫌すぎる』


 どんぴしゃり、つい最近の誰かの呟き。

 これが最初の『糸くず』だ。

 しかしこれは『』に踊らされ、その尻に乗り書き込まれただけのものだ。

 この呟きの彼女が始まりではない。

 なぜ分かるのか、というと書かれている『ついに』という言葉。誰かから得ていた情報に、ようやく自分も加わることが出来た自慢気なその様子。

 次に、彼女を切っ掛けとしてそこに繋がる全ての人達と、その枝葉末節の部分までもの情報……つまりウェブサイト上に落とされた糸くずどころか、それこそどんな細かな埃のようなものまで拾い集めてゆくと、やがて噂の発信源が姿を現し始める。

 

 ここからまた、遡ってゆくのである。

 なぜ、その人物がこのような噂をがあったのか。


 そして、見つけた。


 事の発端は電子掲示板に書かれた『昔の制服を着た子を見かけた』という懐かしいという感情の発信と『なぜ昔の制服を着ているのだろう』という疑問を投げかけたものだった。

 それに対してやがて他の人からの『知ってる見たことある』『それ、結構有名な高校じゃない?』『その高校の受験に失敗したw』という書き込み。その後『そういう変態っているよね』から始まるサイトの書き込みにお馴染みの混じる誹謗中傷、罵詈雑言。続く『関係ないけど懐かしい制服を見ると高校生の時に失恋したことを思い出す』というコメントが加わったことにより話が変化し始める。

 失恋の甘酸っぱい思い出話から、更には『昔の制服を着る人なんていないからそれは幽霊かもよ』という誰かの極端な反応に、いじめや失恋による自殺、果ては巻き込まれる犯罪といった話題になってゆく。


『もしかしてトピ主さんて×××の辺り? そういえば少し前だったか、行方不明の女の子がいたよね?』


 ……これだ。


 該当する近隣の未解決事件を片っ端から調べていくうちに、僕はある事件にぶつかったのである。




 カウンターに入った辰巳くんと入れ替わるように、まだ何も知らないマスターが僕たちの席にコーヒーを運んで来る。


「サービスに、チョコレートをつけておいたよ。良かったらどうぞ」

 ……さも意味あり気なウィンクを僕に寄越すのをやめて欲しい。


「ありがとうございます」


 テーブルの下でマスターに早く戻って下さいよと手をひらひらさせながら、目の前でぺこっと形のよい頭を下げたJKのつむじに、どきりとする僕も彼女に向かって鼻の下を伸ばしているマスターも、二人してそれはどうかと思うがそれとこれとは別である。

 頂きますと言って、小さなデザートグラスに盛られたチョコレートを嬉しそうに摘む彼女の細い指を見ながら、僕はカップにそっと唇を寄せた。

 この場にこの子が居ることは想像すらしていなかった。しかし、これはかえって好機なのかもしれない。

 

「ひとつ、教えて欲しいことがあるんだ」


 僕は携帯スマホを取り出すとテーブルの上に置く。彼女は口に含んだチョコレートで、ぽっこりと膨らんだ頬のまま頷いた。


「僕には、君の言う幽霊は真っ黒な人型の怨霊にしか見えないんだ」だから君の目に見えている幽霊を教えて欲しい。


 そう言って表示した一枚の写真。

 テーブルの上に乗り出すようにして、じっくりと眺めている彼女から仄かに香るのはミス・ディオールだろうか。


「……これ……この人……当たり前ですけど実在していたんですね? そうです……わたしの見ている幽霊さんと同じ顔です」


 チョコレートを飲み込んだ後、上目遣いにそう言った彼女に僕はこれまでに推理したことを話し始めた。

 噂の出処と、その噂を流さなければいけなかった理由も。


「良かったら君に、協力して欲しいことがあるんだ」


 




 

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