一角獣とホワイトシチュー 5
身体に絡まる絹糸……?
とすれば、手鏡を覗き込んでからどのくらい経つのかは分からないが、今時点でもう既に恩田氏には常とは違う奇妙な事が起きているということだ。
僕たちが呼ばれたのは、自らに何かが降りかかるかもしれないと思うその恐怖からではなく、確実に自分と同じ境遇に落とすために呼ばれたということになる。
普段、僕たちが彼とは関わりのない人間だとはいえ、自身にそれが起きてしまった後で説明もないまま、そこに他人を引き摺り込んだとは。
なるほど。
随分と優しくて卑劣な人だ。
会った時からこの人に纏わりついていた後悔は、僕たちを巻き込むからくるものではない。手提げ金庫に欲を出し、中に入っていた手鏡なんてものを覗き込んでしまった自分自身に向けた後悔なのだ。
気弱く見える外見に惑わされた僕の過ち。
「いえ……あの……すぐに見えるようになったわけでは、ありません。そ、それにもしかしたら私だけかもしれませんし……」
今更そんなことを言うのか。
おどおどとした様子で、こちらを見る恩田氏の赤くした眼の縁に小さな黒子をみつけた。
泣き黒子と呼ばれるその小さな点は、やがてもっと歳を重ねると皺や滲みの中に紛れてしまうのだろうか、それともその場所にぽつんと残されるのだろうか。
「絹糸のようなものが見えるようになったのは……あの、えっと、その……一晩経った後くらい、でしたので……直ぐにはあの……」
また少し俯くように背中を丸め、眼鏡を指で軽く押し上げると上目遣いに僕を見る。
その途端に、込み上げていた怒気が突き抜けるのが分かった。
「そうですか……それで? 貴方は何をどうしたいのですか?」
僕自身が発している筈の声はまるで、何処か別の場所から聞こえるようだった。
その場の空気が、凍りつくのが分かった。
「もしかして……四季さん? ……すっげ、怒ってるよ、ね?」
先ほどの自分を棚に上げた宗田くんが、この場を収拾しようとしてだろう、
僕の怒りは自分に向けたものなのだから。
それでも……。
「……まあ、このような姑息な真似をしておいて、まさかこの期に及んで助けて欲しいとか言う訳ではないですよね?」
「し、しょ正直に話して、来てくれるかなんて分かるはずないじゃないですか? この先どうなるのか不安しかなくて、それに同じ目に遭ってくれなきゃ、私の苦しみも恐怖も分かるはずなんてないんだ! そうだろ?!」
「そうですか? たとえ同じ目に遭ったとしても、貴方の苦しみなんて分かりませんよ。僕は貴方ではないのですからね」
「……?! 何だよ助けてくれないって言うのか?」
取り繕っていた人の良さそうな、気弱そうに見える恩田氏の仮面が恐怖から剥がれ落ち、奥底に隠していた浅ましく卑しい顔をこちらに向けて見せた。
僕に向けられた眼鏡の奥にある眼が、ぎらぎらと光る。
「助ける? 何をもって助かると思うんですか? 僕が貴方を助けると? 騙し討ちにも似たこんなことをされて? 同じ境遇にあればついでに助けて貰えると考えているなら、随分とおめでたい人だ。これまでの間に、助けて欲しい、といった懇願の言葉すらひと言も発することの出来ない相手に、どうして手を差し伸べる気になるんだと思うんでしょうかね」
「……なッ?!」
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