一角獣とホワイトシチュー 3



 「見て頂きたいのは、この手鏡なんです」



 依頼人の男性は四十代くらいだろうか。

 鼈甲縁のラウンド形の眼鏡を掛けたその人物は、そう言いながら細身の身体を縮こませている。

 待ち合わせの場所に指定されたのは、よくあるファミレスだった。土曜日とはいえ午前中の開店したばかりでは人もまだ少ない。


 終始俯き加減の依頼人は待ち合わせに現れた僕たちに、恩田おんだ 総一郎そういちろうだと名前を名乗ってからずっと、その身体を縮こませながら後悔の二文字を頭の上に漂わせていた。

 それはそうだろう。

 お互いの自己紹介を終えテーブル席で向かい合ってはいるものの、立場が逆ならよく分からないこの組み合わせの三人をすぐに信用出来る訳などない。かと言って、こんな話をどこへ持っていくのか考えても胸の内に秘めて置くことも出来ないのだろう。


 やがておずおずとした仕草で帆布生地の鞄の中から取り出して見せたのは、麻の葉紋様の風呂敷に包まれた古い一枚の手鏡だった。

 節くれだった指が、ゆっくりとした動作で布を捲る。


 現れたのは葡萄の葉や果実をあしらった木彫りのフレームは複雑で丁寧な手彫りのそれは埃にまみれ全体的に白っぽく、あちこち小さな傷や欠けが見られるものの大事にされていたと窺わせる、鏡の表面は小さな滲みが浮いてはいるが綺麗な手鏡であった。


「……この手鏡、景色や背景は映るのですが……そのう……」


 ――顔が、映らないのです。


「ちょっと失礼……手に取って見ても?」


 どうぞ、と促されるままに手で持つ。

 鏡を覗き込み、顔を映そうとした僕のその手を恩田氏は意外に強い力で止めた。


「……?」

「いや、あの……もし、もしもですよ? その鏡を覗いてしまったことで何か……その」


 この人は、優しいのかもしれない。

 そして、怖くて堪らなかったのだ。

 鏡を覗いてしまった自分に起こるかもしれない出来事が。

 だからこうして同じように覗き込んでくれる人を待っていたのだ。

 自分とは全く関係がない人を。

 そして……同じ目に遭ってくれる人を。

 自分が卑怯な人間だと分かっているからこそ、彼は間際にそれを言うのだ。

 そして先ほどから彼に覆い被さる後悔の気配は、僕たちが得体の知れない人間だからという訳ではなく、自分の恐怖に他人を巻き込んでしまうことへの後悔なのだと、この時に分かった。


 僕はその手に触れながら「大丈夫ですよ。何か考えがあって、そう言う訳では無いのですが」とやんわりと押し戻す。

 首筋を赤くして額に汗を浮かせた恩田氏は、僕に触れていた手を引っ込めるとテーブルの上でぎゅっと握りしめ、小さく頷く。


 鏡を、覗き込む。



 大きく息を吸い込んだ。

 そこに映るはずの自分の顔は、無かった。

 あるのは人型の闇だったのである。

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