短編集

さなゆき

実(げ)にその罪深きは

 教会に一人。祈る少年が居たり。


 聖母像の前でひたすら悔い改めん。


 手には短刀を持ち、衣服は赤く染まっていた。


「あぁ神様、神様。僕は罪を犯しました。いくら償おうとこの身はいずれ煉獄れんごくへと堕ちるでしょう」


 懴悔ざんかいの声、悲しく響き。

 ぼろをまとった憐れな姿、見る者の涙を誘うなり。


 見ればまだ、年の頃は十三くらいだろうか。

 ひどく痩せ細り、顔色もわろし。

 あげく瞳には死相が宿りたり。


 少年の独白は続く。


「僕はご覧のとおり貧しい生まれです。

家族と呼べる者は母しかおらず、その日暮らしの生活が続いておりました」


 碧色の瞳から大粒の涙があふれ、すすけた顔にすじを作る。


「しかし、近年の疫病で働き先が倒産。母と僕は仕事を失い、路頭に迷っておりました」


 悲しいかな、今の世はそういう者達で溢れておった。

 何も珍しいことではないが、とがもない者が苦しむ世は辛く儚い。


「ある日、母が疫病にかかりました。ですが、医者にもかかれず頼る者もおらず。日に日に母は弱っていきました。

 当然、薬を買うお金もありません。満足にご飯も食べる事すら……」


 ぼさぼさな金の髪をかきむしる少年。

 栄養不足のためか、爪は反り返っていた。


「ある日、母が言いました。『苦しい、呼吸すら辛い』と。

『坊や、私を殺しておくれ』と……」


 得心とくしんがいった。

 つまり、この少年は言われたとおり、母親の願いのままに殺害したのだ、と。

 親殺しは確かに縛り首にも相当する重罪だ。

 だが、病で苦しむ母を救おうとしたのだ。酌量しゃくりょうの余地はあるだろうに。


 だが、真実は予想をさらに上回ったのだ。


 なおも、少年は告白する。


「僕には、できませんでした。

 苦しむ母の姿を見ながらなお、自分の手を汚すことが恐ろしかったのです。

 ――程なくして、母は力尽きました」


 うなだれる少年。

 力ないその姿に、死の影がさらにまとわりつく。


「埋葬するのにもお金がかかります。

 僕は、どうにか町の隅まで母の体を引きずり、集めた枯葉の上へ寝かせて燃やしました」


 確かにこの界隈では、埋葬をしないというのは神に背く大罪である。

 だが、埋葬する金がなく、放置された死体も多い。

 そんな中、荼毘だびにふすのは罪悪だろうか?


「なかなか、母の亡骸なきがらは燃えてくれませんでした。

 さらに枯葉を集め、きちんと燃やしてあげよう、と思ったその時です」


 少年は語る。

 つい見てしまった母の亡骸を。

 すすけて誰なのか判別できなくなったそれを。


 空腹の上に、死体を担いでいくという労働をした少年の飢餓は、もはや人の倫理感すら薄れさせた。


 平時ならば嫌悪感すら抱かせる、焼ける人の匂いを――と思ったという。


 母であったものを、少年は


 骨と皮ばかりであったものを。

 親であったものを。


 やがていくばくか腹も満ち足りた所、少年は己の所業に気付きたり。


 腹を満たしたものを吐瀉としゃし、嫌悪感から泥水で口をすすいだ。

 吐いても吐いても収まらず、ついには血まで吐いた。


 地に伏して泣き、母に謝り続けた。


 そしてひとしきり泣いた後、家から短刀を持ち出し、ここへ来たのだという。


「あぁ、神様。醜いこの身は、煉獄に堕ちようともかまいません。

 しかし、母の魂だけは。どうか、どうか救ってくださいませ……」


 そこまで言うと、少年は泥まみれの両手で短刀をかかげ、一気に胸を貫いた。

 哀れな少年は、神の御前で果てたのだ。



 一方、そのような事が自身の教会内で起こっていることも知らず。

 夕餉ゆうげを神父がとっていた。


「いやぁ、今日も神のおかげで食事がとれる」


 恰幅のいい体を揺らし、葡萄酒を流し込む。


「世間は疫病のため飢えているらしいが、教会というものはありがたいものだ。

 飢えもせず、喜捨で暮らしていけるのだから。

 埋葬料も入るし、これほどのことはない」


 満足そうに笑う神父の陰で、罪にまみれ死にゆくものを思う。

 死神わたしですら、定められた死以外のものには手を出せぬ。


 あぁ、にその罪深きは――。

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