47 彼女の借り物

立花とあのようなやり取りをしている間に一種目終わっていたらしく、次は前半戦最後の盛り上がり種目、借り物競争だ。


その次は昼休憩となっているのだが…。


昼休憩の後は応援合戦、その次に男子強制参加の騎馬戦だ。


まあ、最後に仮装二人三脚があるから、それを楽しみに頑張ればいい。


開会式の時には良い天気だったのに、少し空が曇って来ている。


雨が降らなきゃいいけれど。


実はそんな後のことを考えてる暇はなくて、今借り物をしに行っている人がゴールし終われば、俺の番なのである。


立花は最後の走者らしく、肩の赤色のタスキをしていた。


振り返って立花を見ていると、目をふいっと逸らされた。


目をそらされるようなことしたっけ。うんしたわっ。


目を逸らしても、顔を赤らめてこちらをちらちら見てくることから、嫌われたわけではない事が伺える。


現場からは以上です。


放送委員の人が場面を盛り上げているけれど、変なお題を突きつけられないかという不安で何も入ってこない。


あれ。周りの皆が動き出した。あ、もう始まるのか。


俺はスタートラインに立って、体育祭実行委員の誰か…。って佐藤じゃないか。佐藤が机にお題の紙を置いているのを無言で眺めている。


紙を起き終えたようで、元の場所に帰ろうとしていた佐藤は、何を思ったのか俺にウィンクをして来た。


なんなんだ今のは。


嫌な予感しかしない。


そうこう思っているうちに、やっと自分にアナウンスの声が聞こえた。


「皆さん準備は良いでしょうか?それでは、位置について…よーい、どん!」


タイミング良く先生が空砲を鳴らし、すぐさま俺は動き出す。


皆自分から近い位置にあるお題を選ぶようで、俺も目の前の物をを選んだ。




中身は…。




「さあ、気になる第三走目のお題ですが…。白組の今永君が頭が良さそうな人!同じく吉田さんがバッテリーを持っている人!紅組の大田さんが身長が高い男の先生!同じく結城君が〝彼女にしたい人〟です!」




彼女にしたい人。



俺は紙を見て、お題を確認した時に真っ先に思い浮かんだのは、立花だった。


それ以外浮かばなかった、というのが正しいか。


俺は振り返って、こちらを見つめていた立花へ走り出す。


彼女は頬を赤く染めて、綺麗な瞳には俺しか映っていなかった。


壊れ物を扱うように、そっと彼女の手を取って、言った。


「君しか借りたい人が浮かばなかった。着いてきて貰っていいですか?」


「…はい」


俺は彼女と手を繋いで、周囲の視線やざわめきの声と共に、ゴールへと向かった。


体温が高くなるのを感じながら、立花の手をきゅっと握る。


立花もそれに応えて握り返してくれて、心に安心感が生まれた。


気づいたらゴールしていて、比較的簡単なお題の今永が一位で、俺らは二位だった。


「一緒に走ってくれてありがとう。それとごめん…一周余計に走らせてしまって…」


「い、いえいえそんなことは!わ、私を選んでくれて嬉しかったですし…!気にしないでくださいっ」


「う、嬉しかったって…。そ、その。まあ…。とにかくありがとう。俺は戻るけど、立花。次のレース頑張って!」


「は、はい!有難うございます。行ってきます」





☆☆☆☆☆





皆がゴールして、次のレースに向けて少し準備をする時間。


俺は二位と書かれた旗の下に座って、立花のことを見ていた。


彼女は一周分の疲れを見せずに、いつも通り落ち着きを持って立っている。


また佐藤が紙を置いて行って、大きなアナウンスが聞こえた。


よく見てみたら、佐藤がこちらを見てにやにやしている。


なんなんだ全く。


「次が借り物競争最後のレースです!お題ですが、今回はすぐ発表せず、ゴールした時に発表します。楽しみにしていてください!それでは、準備が整いましたので始めます」


肩にタスキを掛けた各々が走り出しやすい姿勢になって、合図を待つ。


聞きなれた空砲の音がグラウンドに轟いて、一斉に動き出す。


立花はリレーの選手に選ばれるだけあって、一番に紙まで辿り着いていた。


中身を確認して、すぐさま動きだ…さない?


彼女の肩がふるふる震えている。


何か嫌なことでも書かれているのだろうか。


動き出さないと思っていたら、何か決心したのか紙をぱっと机に置いて、俺の方へと振り返った。


彼女の顔が赤い。そして涙目だ。


佐藤がにやにやしていた理由が何となく分った気がする。


そのままこっちと走ってきて、手を取られた。


「…私も、結城さんしか思い浮かびませんでした。い、一緒に着いてきてくださいっ」


「はい」


手を取られて、至近距離でそんなこと言われたら余計なことは何も言えない。


何がお題か分からないけれど、彼女の反応を見るに良いお題じゃないことが伺える。


さっきは自分のことでいっぱいで気にしなかったけれど、彼女に手を引かれて走る俺は、相当目立っている。


男子の視線が痛い。射抜かれるかもしれない。


女子はきゃーきゃーと何やら盛り上がっている。


彼女は終始赤くなっていた。


ゴールまで残りあと少しというところで、立花が俺にだけ聞こえる声で、言った。



「…お題のことですけど、そういう事ですからっ」



「た、立花?何を…」


俺が言葉を言い終えるより先に、ゴールテープを切ってしまった。



大きなアナウンスが響き渡る。



「一着でゴールしたのは、紅組の立花さんです!!それでは、気になるお題ですが…。」



みな、立花日向という少女の借り物がなんなのかと、あたりで騒いでいる。



結構難しいお題なのか、他の人達がやってくる様子もない。放送委員は発表をためにためていた。



そしてやっと、声高々に待っていた言葉を発した。






「お題は… 〝好きな人〟 です!」









☆☆☆☆☆









グラウンドが静寂に包まれた。



ゴールテープを持っている生徒なんかは、ぽかんと口を開けている。



ワンテンポ遅れて、女子達が騒ぎ出した。



それにつられてどんどん騒がしくなっていき、俺と立花に注目が集まる。



だが俺にはそんなの関係無かった。



「す、好きって…」


真偽かどうかを確かめるように、俺は立花を見た。


彼女は俺を見つめて、優しく微笑んだ。



「そのままの意味ですよ」




立花が俺の事を好き。



そんなことは行動や態度で分かっていた。



だけど、異性として好きなのは俺だけで。



立花は親しい友達として俺を見ていたら?



この関係が崩れるのが怖くて、どこか目を逸らしていた。



彼女のことを知りたい。そんなことを思いながら、大事な面では知ろうとしない。



なんて都合が良いんだろう。



彼女にここまでさせるとか、男が廃るじゃないか。



「結城さん」




俺が口を開きかけた時、立花はそれを静止するように俺の名前を呼んだ。




「私を、ちゃんと見ていてください。私の好意から目を逸らさないでください。結城さんが言おうとした言葉は、それから聞きます。良いですか?」




「…分かった」




俺は深く頷いて、返事をした。



それを見て立花は目を細めると、続きの言葉を言った。




「有難うございます。今日はお弁当を作ったんです。屋上が今だけ公開されているそうですよ。一緒にそこで食べませんか?」



「ぜひ、一緒に食べさせてください」




彼女の言葉を思い出して、改めて立花を見てみた。



最高に美しい笑顔を惜しげもなく、俺に見せてくれて。



彼女の瞳には、やはり俺しか映っていなかった。




ふと空を見上げると、覆っていた雲がどこかへ消えていて。




大きく、眩しい太陽が顔を出していた。


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