29 彼女とショッピング

立花と少し歩き、ショッピングモールまでやって来た。


時間は、十一時少し前くらい。


俺が早く家を出たこと、立花がそれ以上に早く待ち合わせ場所に居たこと、男達から逃げるため早めに電車に乗ったことが重なり、予想よりとても早くショッピングモールについてしまった。


俺はプランを立てていたのだが、立花はどうなのだろうか。


俺と立花のプランを混ぜ合わせて行動するのが良いのかもしれない。


立花にその事を聞いてみた。


「なあ立花、何かプランとか考えていたりする?」


立花は俺の言葉を聞くと、顔にパッと花を咲かせる。


「そうなんです。実は結構考えていました!」


立花は本当に楽しそうに自身のプランを語る。


彼女が饒舌になるのは珍しいので、楽しみにしていたんだなと思いつつ、話を聞く。


立花の話を要約すると、最初は二人で中を見て回り、お昼になったらカルボナーラが美味しいと評判なお店に行って、その後に少し買い物をするらしい。


「なるほどな。他に何かしたい事ってある?」


立花は少し考えた後、恥ずかしそうに提案してきた。


「え、えーっと。一緒にゲームセンターに行ってみたいです」


立花は「ど、どうですか」とそわそわしている。


「ゲームセンターか。良いね、一緒に行こう」


俺の言葉を聞くと、立花は笑顔になった。


実際のところ、午後から立花と何かして遊ぶという事を考えていたので、好都合だったりするのだ。


ゲームセンターか…。高校生になってから行った思い出が無いな。


学校に友達の様な奴らはいるけど、一緒に遊びに行くほど仲良くはなく、お弁当などを食べる時に稀に誘われる程度。


つい先日仲良くなった悠斗とは、まだ学校で話すらしていないので、帰りに遊ぼうと言ったことも誘われたことも無い。


まあ、前にもし誘われていても金が無くて、行けなかったと思うけど。


立花に出会っていなかったら、俺は電話で母を説き伏せてまで働こうとはしなかっただろうし、恐らく愚直に勉強をして、お手伝いをして、不摂生な食事を取っているんだろう。


立花には本当に感謝している。こうして今の自分があるのも、立花のお陰だ。


迷惑をかけてばっかりだけど、謝罪で返すんじゃなくて、感謝の気持ちで返すべきだと俺は思う。


だから俺は今日立花に一緒に来てよかったと思えるほど楽しんでもらうぞ。勿論俺も楽しむけどさ。


「嬉しいです。ゲームセンターには行く機会が全く無かったので…一度行ってみたかったんです」


いい感じで楽しむことを決意したのに、立花から衝撃の事実を告白される。


俺は一瞬ぽかんとしたが、こほんと咳をして立花に恐る恐る聞いてみた。


「い、一度も無いのか?」


「はい。幼い頃は寄り道なんてしないし出来なかったですし、今では一人じゃ行く気にならないのに、学校の人に誘われても距離を置いて断ってましたから。おかしいですよね」


どこか諦めたように、自嘲気味に笑う立花。


俺は立花になんと言っていいか分からず、下を向いてしまう。


うう。本当に俺は情けないな。さっきまでの俺が馬鹿みたいだ。


それに気づいた立花はそっと俺の手を取って、悲しげな顔をした。


「ごめんなさい。わざとこういう話をした訳じゃないんです。気にしないでください」


「…謝らないでくれ。立花は何も悪くないし、おかしいとも思わない。初めて行くなら一緒に良い思い出を作ろう。また一緒に来たいと思えるほどにさ」


「…はい!」


「じゃあ変な空気は終わりにしよう。一緒に楽しもうな」


俺は立花の手を引いて歩き出す。


ちらりと横を見ると嬉しそうに笑っていた。






☆☆☆☆☆




あれが良いね、これも良いねとウィンドウショッピングをやっているうちに、時刻は十二時になっていた。


ウィンドウショッピングと言っても、何も買っていない訳ではない。


俺と立花はふと目に入った店に立ち寄った。


十分ほど見て回ったが、目ぼしいものは何もなさそうだし、次に行こうかなと出口に向かっていた時に、ふと引っかかるものを見つけた。


俺が見つけたのは、綺麗なピンク色の、桜の花びらの形をしたヘアピンだ。


花弁が五枚ある桜のヘアピンは、桜だという事を強く主張するようなものではないが、綺麗でとても立花に似合いそうだなと思ったのである。


結局俺は、そのヘアピンを買い立花にプレゼントした。


立花は本当に嬉しそうで、大切にすると言ってくれたので嬉しかった。


立花はそのヘアピンをじっと見つめると、何が思いついたようにどこかへ小走りで走っていった。


去り際に「待っていてください」と言われたが、俺は良く分からないまま立花の帰りを待った。


少しすると、そわそわした様子の立花が帰ってきた。


何かあったのだろうかと、立花をよく見ると、立花の綺麗な髪が桜のヘアピンで止められていた。


立花は相変わらずそわそわしているので、俺が「とても似合っているよ。綺麗だ」と言うと、顔を赤くして喜んでいた。


立花はそのまま俺の手を取って、服が売っている三階まで連れて行った。


立花が選んでくれるという事で、彼女は沢山ある服の列に消えていった。


俺が椅子に座って待っていると、立花がカゴに数着服をいれた状態で帰って来た。


俺はそれを受け取り、試着室にて全て試して、立花に見て貰った。


どれも俺にあった色合いだし、立花も「やっぱり似合っていて格好いいですね」と言ってくれた。


全て買うこともできたのだが、あまりお金を消費するのはよくないと言うことで、二着だけ買うことになった。


かれこれ三十分くらい悩んだが決められず、お昼を食べたら決めるということになった。


そして今、立花とカルボナーラが美味しいと言われている店に向かっているという所だ。


「立花のお陰でいい服が買えそうだよ」


歩きながら俺がそう言うと、立花は嬉しそうにニコッとした。


「嬉しいです。結城さんの服を選ばせてもらえると言うことで、頑張りました」


立花はえへへと頬を少し桃色にして喜んでいる。可愛い。


「立花は服を選ぶのが本当に上手いよなあ。今立花が着ている服もとても似合っているし、本当に何でもできるな」


俺がうんうんと頷いていると、立花は照れ臭そうに笑っていた。


「流石に何でもできるっていうわけではありませんよ?ですが色んな事が出来れば、人生が豊かになると昔おばあちゃんに言われたので努力はしています」


立花ははにかみながらそう言った。


立花のおばあちゃんの言うことは確かにそうだと思う。


にしても珍しい。立花は普段家の話をしないんだけど…。


それに話しているときも嫌な感じではなくて、寧ろ嬉しそうに話していたから立花のおばあちゃんは彼女にとっていい存在なんだろう。


「あ、見えましたよ」


おっと、ちょうどいいタイミングで例の店が見えてきた。


例の店は、本場のイタリアのような外見でとても雰囲気がある。いや、本場のイタリアを見たことはないんだけどね…。


中にはいると、結構な人が来店していて、店員さんに連れられ、奇跡的に二つだけ空いていた椅子に、立花と向かい合う形で座ることができた。


「たくさん人がいるな」


「座れてよかったですね」


俺がコクりと頷くと、立花は何が面白いのか、俺を見て微笑んでいる。


忘れていたわけではないが、俺の前にいるのはとんでもない美少女なのだ。


学校のみんなの憧れの的が、こちらを向いて微笑んでいるのである。


心臓に悪いったらありゃしない。顔が赤くなるのを見られないよう、メニューで視線を遮った。


「じ、じゃあ、メニューを決めようか」


「はい」


このお店はカルボナーラが美味しいらしいし、カルボナーラを頼もうと思う。


…ちょっと待て。この『カルボナーラとケーキのセット』が千五百円で、カルボナーラとケーキを単品ずつで頼むと千六百円?


カルボナーラも美味しそうだけど、ケーキも美味しそうだからなぁ。


よし、決めた。俺はカルボナーラとケーキのセットにしよう。


「決まったよ」


「カルボナーラとケーキのセットを頼むんですね?」


「え?何でわかったの?」


「結城さんが小さい声で言っていたじゃないですか。私も同じのにします」


心の声がダダ漏れしたことに恥ずかしさを覚えつつ、店員さんを呼ぶ。


店員さんはすぐに来てくれて、注文を取ってくれた。


「ケーキはチョコレートとショートケーキが御座いますがどちらになさいますか?」


大変だ。全然考えてなかった。


ショートケーキもいいけど、チョコレートケーキが好きなのでチョコレートケーキにするか。


「じゃあ俺はチョコレートケーキで」


「私はショートケーキでお願いします」


「かしこまりました」



立花と話をして注文が来るのを待っていたら、意外とすぐに運ばれてきた」


目の前に美味しそうなカルボナーラとケーキがゆっくり置かれる。


「美味しそうですね」


「うん、とっても美味しそうだ」


俺と立花はいただきますをしてから、カルボナーラに手を付ける。


食べ方に関しては、親に教えてもらった通りやっているが多少ぎこちないだろう。


立花を見ると、とても様になっていて、カルボナーラを食べるだけでもとても上品に思える。


パスタにクリームソースを絡ませて、口に運ぶと、濃厚なソースの味わいと後から追いかけて来るたまごの風味がとても美味しいと感じた。


立花も美味しいようでとても笑顔だ。


あっという間にカルボナーラを食べ終わると、お待ちかねのケーキの時間だ。


チョコレートケーキの先端をフォークで切り取って食べると、滑らかな食感にチョコの優しい甘さと、生クリームがうまく合わさってとても美味しい。


一口食べただけで何だか満足してしまい、フォークを置いて立花のケーキの食事風景をじっくりと見てみた。


立花はすぐに俺の視線に気づき、ケーキと俺と交互に見て、「そういうことですね」と言ってケーキをフォークで切り取りだした。


何の事か全く分からない俺は、優しく立花の行動を見守っていた。


立花は切り取ったケーキをフォークに乗せ、何時ぞやのあーんをしてきた。


「はい、あーん」


「え?ちょ、ちょっとどういう事?」


「いらないんですか?」


立花は不思議そうに首を傾げている。いやなんであーんをしてるの?


彼女はいつまでも俺が食べないことに、どこか落ち込んだように手を引こうとした。


「あー待って、食べるよ」


俺がそういうと、立花は嬉しそうにフォークを出してきた。


ぱくっとショートケーキを食べると、恥ずかしさのせいか、まったく味が分からなかった。


「う、うん。美味しいよ」


「良かったです」


嬉しそうに笑っているなこの小悪魔美少女め。


俺もチョコレートケーキを取り、立花にあーんをする。


立花は恥ずかしそうにせず、むしろ嬉しそうにぱくりと食べた。


「は、恥ずかしくないのか?」


立花は口の中のケーキを飲み込んで、口をゆっくり開いた。


「多少は恥ずかしいですけど、結城さんにあーんをされるのは嬉しいので」





この発言のせいで、俺はせっかくのケーキの味が全く分からなかったのであった。

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