23 彼女との距離

彼女から一通り洗い方を教わると、二人分なので少し多いと感じた洗い物もいつの間にか無くなっていた。


いや本当にすごいよ立花。全盛期の俺が編み出した洗い方より、断然立花の洗い方のほうが無駄がない。


「すごいな、こんなにも早く片付いたのか」


俺が一人でやればもっと時間を要しただろうが、立花と技を継承した俺の前では、頑固な汚れなど敵ではなかったのだ。


俺がそう言うと、立花は少しだけ頬を赤らめて「…そうですね」と言った。


水切りかごにお皿等を置いて、俺はソファーに座ることにした。


俺がソファーの右に座っていると、ソファーの左側に少しだけ距離を開けて立花が座った。


今日は緊張して疲れたし、食後なので柔らかいソファーに座ると眠気が襲ってくる。


今意識を手放せば、一瞬で夢の世界に旅立てるんだろうけど、そうすると立花は気を遣って俺を起こさず一人で帰ってしまう可能性がある。


それは危険だしだめだな。


俺は意識を保つため、顔を少し左に向けて立花の横顔を見ることにした。


立花の方を見れば、眠たいのか分からないが、少しぼーっとしていた。


俺が綺麗な立花の横顔をまじまじと観察していると、流石に視線に気づいたのか、ゆっくりをこちらに顔を向ける。


必然的に目が合うので、俺は目を逸らすことなく立花を見る。


うん、横から見ようが前から見ようが本当に整った顔をしているな。


俺が心の中で少し感心していると、立花が顔を赤らめて話しかけてきた。


「…どうかしましたか?」


「立花の顔を観察してる」


俺がそういうと、立花はもっと顔を赤らめる。


「私の顔なんか…見て楽しいですか?」


「うん。立花の端整な顔は、見飽きない」


俺がゆっくりそういうと、立花は頬をりんごの様に赤く染め、「そ、そうですかっ」と顔を逸らしてしまう。


気に障ることを言ってしまったのか…?いやでも言ってないと思うけど…。


今立花は顔を逸らしているが、俺はこの空気がなんだか好きだ。


勿論話している時や、一緒に夕飯を食べた時の感じも好きだ。


立花と一緒にいると、なんだか心が落ち着くんだよな。


いや、立花の発言や行動によっては非常に落ち着かないこともあるんだけどね?


まあとりあえず、今日のお礼を言わなきゃな。


「立花」


俺がそう言うと、立花はゆっくりと振り返った。


「今日は本当にありがとう。久しぶりに温かくて美味しい料理を食べれて嬉しかったよ。それに、立花と一緒にご飯を食べれて楽しかった」


立花は俺のお礼の言葉を聞くと、また顔を赤くした。耳まで真っ赤である。


「私も久しぶりに夕飯を一緒に食べることができて、嬉しかったです。結城さんが美味しそうに食べてくれて、作った甲斐がありました」


立花も、一緒に食べることができて嬉しかったみたいだ。


俺はその言葉を聞いて胸が温かくなるのを感じた。


またいつかで良いから、一緒に夕飯を食べてくれないかな。


でもそれを言うのはとても恥ずかしいし…。変に思われたらどうしよう。


ふと立花を見る。一瞬で立花と目が合った。


俺は少しの間下を向いていたが、立花は俺のことを見ていたみたいだ。


立花は俺と目が合うと、ゆっくりと口を開いた。


「ゆ、結城さん」


「どうした?」


立花は言おうか迷う素振りを見せる。


一体どうしたんだろうか。


そして立花は決心したように、再度ゆっくりと口を開く。


「あ、あのですね。たまにで良いですから、私と一緒に夕飯を食べてくれませんか…?」


「えっ」


えっ、本当ですか?


いや俺からお願いしたいくらいだし、俺が言おうとしてやめた台詞なんだけどさ。


正直めちゃめちゃ嬉しい。


立花の料理を、温かい状態で食べることができるし、しかも立花も一緒なのだ。


こんなに嬉しいことはないだろう。




俺が反応せずに固まっていたのが原因なのだろうか。


立花は不安そうな顔をして、こちらを窺ってくる。


「すみません…嫌でしたか?」


「いや、本当に嬉しいです、ありがとうございます」


俺がいつも通り即答すると、立花は安心したような顔を見せる。


「というか変に思われたくなくて言わなかっただけで、本当は俺からお願いしたかったくらいだし」


「結城さんも同じことを考えていたんですね」


そう言って立花は笑った。


その笑顔が本当に魅力的で、どきどきしてしまう。


立花は親の事もあるし、一人で食べる機会が多かったんだろう。


だから俺と一緒に夕飯を食べて、楽しかったのかもしれないな。


そういう俺も、一人暮らしをしてから一人で夕飯を食べていて少し寂しかったし、一緒に食べることが今後もできると分かって、本当に嬉しいのだ。


立花は笑顔のまま、俺と目が合っている。


この空気は、全然気まずいと感じない。


とても居心地が良い雰囲気だ。


俺はゆっくり立ち上がって、立花に声を掛ける。


「帰ろうか」


「はい」


帰る途中の二人の距離は、ほんの少しだけ縮まっているのであった。

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