02 彼女の優しさ
「何してるんですか」
今日の四時ちょっと前に会った、人形の様に整った顔をした彼女が話しかけてきた。
私服に着替えていて、紫色のブラウスに、少し長い白色のスカートがあり得ないくらい似合っていた。
「たんぽぽを取っているんです。食べるものが何も無いから、茹でて塩をかけて食べようかなって…」
「昨日から元気がなかったのは食べ物を食べていないのが原因なんですか」
「は、はい。お金が無くって…」
「そうですか」
話すことが無くなって、二人共黙ってしまう。
俺はただ早く家に帰ってたんぽぽを食べたいのだが。
「でも
その時食べたのはスーパーの格安おにぎり二個かな。
相手が話を振ってくれたおかげで沈黙の時間が終わって少しほっとする。
「ちょっと募金をしてしまってお金が無いんですよ」
「募金ですか…」
「はい…」
また沈黙の時間が流れる。
こんな整いまくった顔をまじまじと見ると、あまり平常心でいられなくなる。
「良いことをしたんですね」
「えっ」
さっきまで凍ったように表情が動かなかった顔が、俺を褒めると同時に少し笑顔になった。
こんな笑顔を向けられると、見惚れてしまう。
「あ、有難うございます。じゃあ俺はこれで」
逃げるように視線を逸らして、左斜め下を見ながら早歩きでこの場から逃げ出す。
良いんだ。これで。もし同級生か誰かにこの場を見られると、明日から彼女のことでいじられまくる。
彼女はその容姿と人当たりの良さで、すぐスクールカーストの頂点に君臨した。
でも今話して思ったことは、どこか疲れたような感じだった。
彼女も周りから話しかけられまくるし疲れることだってあるよな。
そんなことを考えていると、さっきの位置から二十メートルくらい離れていた。
よし、早く家に帰ってたんぽぽを茹…
「あっあの!」
鈴のような声を力いっぱい出して、誰かを呼んでいる。
どうせ俺じゃないし、逆に反応して他人に向けての声だったなら、俺が恥ずかしいだけ。
だからそのまま歩き続ける。
たんぽぽってどんな味がす…
「結城さん!」
「はっはい!」
この場に俺以外に結城さんがいるなら別だけど、周りに人気もないしたぶん俺を呼んでいたんだろう。
わざわざ俺を呼ぶなんていったいどうしたんだ。
てかよく俺の名前覚えていたね。
「ごめんなさい、俺以外の人を呼んでると思ってました」
「ここには結城さんと私以外いないですけどね」
「誠に申し訳ございません」
そう俺が謝ると、可愛らしくこほんとわざと音を出して話を続ける。
「買い物帰りに買ったクッキーですが、いかがですか」
えっ本当ですか。もらっちゃっていい感じですか。
正直めっちゃもらいたい。うれしすぎるけど、でもどうしてなんだ。
「えっめっちゃ嬉しいですけど、でもどうして」
「放っておいたら死んでしまう気がして」
何この複雑な気持ち。ありがたいけどさ。
俺のことをどう思ってるから、ではなくて、ただ気をかけた人間が餓死するのが何か嫌だっただけか。
でもたぶん死なないけどな。まあご厚意に預かるか。
「あ、ありがとうございます!ちゃんと味わって食べます」
「はい。では失礼します」
☆
家に帰ってそうそうに鍋に水を入れて火にかける。
俺は料理ができない。
食べ物なんで火を通せば食えるだろっていう理論だ。味はともかく胃には入るわけで。
俺だっておいしいものは食べたい。
でも俺にはどうしようもありません。だって料理できないもん。
さすがに焼くのはダメだろうということで茹でるという選択肢を取ったわけだ。
水が沸騰して来たら、取ってきたたんぽぽを投入する。
なにこれなんかほうれん草みたい。
少し茹でて、冷たい水でささっと洗ってから塩をかける。
「いただきます」
んー。まあ悪くはない。
ちょっと苦いけど、塩のおかげで何とかなってる。
十五分ほどたんぽぽを食べていると、ふともらったクッキーを思い出す。
「ごちそうさまでした。よしクッキークッキー」
もらった袋の中のクッキーを見てみる。
すると中に小さなくまのぬいぐるみが入っていた。
おまけなのだろうか。包装されていて、クッキーよりくまのほうが主役感がすごい。
絶対くまが欲しくてクッキー買ったんだろうなあ。
「なのに俺にくれたわけか…」
正直彼女がめちゃめちゃ優しいことに気付く。
自分の事より俺のことを優先してくれた。
なんなら中のくまを取ってから渡すこともできただろうけど、そんなこともせずに渡してくれた。
こんなの、することは決まってるよな。
「クッキーはもらうけど、ぬいぐるみは返そう」
クッキーは別です。食べないともったいないし。
幸い近くのマンションに住んでいることはわかる。
探せばたぶんわかる。
今日はもう暗いし、不審がられたくないから明日渡そう。でも学校はいろいろとまずいし…
帰りに渡そうかな。
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