第5話





「おかえりなさいませ。ディアンヌ様」


 こじんまりとした館だが、調度品などは立派だし使用人の所作も高位貴族の家に勤める上級使用人のものだ。

 ディアンヌ様はかなり名のある家の令嬢か夫人なのだろう。


「あのぅ……私、本当にもう帰らないと」


 両親とリリアンが夜会から帰ってくる前に家に戻らなければならない。


「ねえ、アデル。デビュタントに行きたいわよね?」


 そわそわする私の顔を覗き込んで、ディアンヌ様はそう言った。


「行きましょうよ。デビュタント」

「え……?」


 ディアンヌ様はにやりと笑うと、私の体をメイドの方へ放った。


「デビュタントよ! 腕によりをかけなさい!」

『かしこまりましたーっ!』

「え? え?」


 メイド達に連れて行かれ、あれよあれよという間に服を脱がされ髪を梳かされ、夢のような白いドレスを着せられて化粧まで施されてしまった。


「完成ね! じゃあ行きましょう!」

「え?」

「夜会へ!」


 目の回りそうな勢いでメイド達の手からディアンヌ様の手に戻され、私は再び馬車に詰め込まれてしまった。


「あ、あの? ディアンヌ様、このドレスは……」

「とても、よく似合っていてよ?」

「お、お借りするわけには……」


 私は自分に着せられたドレスを見下ろした。


 ディアンヌ様と同様に、デザインは古めかしい。だが、着心地で最高級の布地が使われていることがわかる。何より、使われているレースが、現在では手に入らないであろう緻密な手仕事によるものだ。

 おそらく、ディアンヌ様の祖母か曾祖母のものなのだろう。大切に譲り受けられてきたものだ。

 そんな大事なものを、借りるわけにはいかない。


 だが、ディアンヌ様は恐縮する私に向かって笑いかけるばかりで、馬車は城へ向かってまっすぐに走っていく。


「あの、使用人が心配するので……」

「貴女、フェザンディック公爵令嬢でしょ?」


 ディアンヌ様にはっきり言われ、私は息を飲んだ。


「お家には知らせておいたわ。安心して」

「か、家族が一緒ではないのに、入場できません」

「あら。私にまかせてちょうだい。ちょっと顔が利くのよ」


 意味深な台詞で、ディアンヌ様は私を煙に巻いた。

 そうして、私は本当に夜会の会場にディアンヌ様と共に入場できてしまった。

 初めての夜会に目を白黒させていると、ディアンヌ様が私の腕を引いた。

「ほら、陛下にご挨拶を」

「ええ……っ」

 ディアンヌ様は私を陛下の前に引きずっていく。すでに他の令嬢達は挨拶を済ませたらしく、ダンスが始まっていた。


「陛下!」

「ん? おお。そなたか」


 ディアンヌ様が親しげに声をかけ、国王陛下がそれに目を細める。

 ディアンヌ様って何者……?


「陛下。ご紹介しますわ。私のお友達ですの」


 ディアンヌ様に背中を押され、私は慌ててカーテシーをした。


「フェザンディック公爵家のアデルと申します」

「ほう。そなたがアデル嬢か。先に……」


「お姉様!?」


 響いた声に、私は頭を抱えたくなった。

 陛下のお言葉を遮るとか……マナー以前の問題だ。


「どうしてここにいますの!? それに、そのドレスはどうしたのです!? そんなドレスを持っていたのに隠していたんですの!? ひどいですわ!」


 喚きながらずかずかと陛下の御前へ上がってきて、さすがに護衛に止められた。

 両親もやってきて、私を見て顔をしかめている。さんざん「病弱でこれない」と吹聴した後なのだろう。


「お姉様! そのドレスは……」

「私がお貸ししたのですわ」


 リリアンの声を遮って、ディアンヌ様が言った。



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