第3話
「私、ちょっと外に出てくるわ」
皆が夜会に向かったのを見送って、私は気分転換に散歩に出ることにした。
「では、お靴を」
エリィがささっと使用人部屋に隠してある古靴を持ってきてくれる。
さすがに外を歩くのに布を巻き付けただけでは、何かを踏んで怪我する可能性がある。
なので、外に行きたい時はエリィが昔履いていたお下がりの靴を借りていくのだ。万が一にもリリアンに奪られないように、使用人の部屋に隠してもらっている。
「お気をつけてくださいね」
「そんなに遠くに行かないわ」
私はエリィに手を振って家を出た。
私があの両親や妹を冷めた目で見ていられるのは、それが異常なことだと教えてくれる使用人達がいたおかげだ。彼らのおかげでたくましくなれた。
社交界では私がどんな扱いを受けているかは皆知っている。
そりゃバレるよ。
付き合いのある家から「アデル嬢へ」って贈られてきた誕生日プレゼントのブローチとか髪飾り、リリアンが堂々と付けてお茶会に行くんだからさ。
しかも、リリアンが話すのは「お姉様にいじめられてる」という話題だけ。最初は面白がって聞いていたご令嬢も、顔を合わす度にそれしか喋らないリリアンにウンザリしてすぐに距離を置く。
いつだったか、私のことを案じた優しい侯爵夫人が、御嫡男と私の婚約を申し入れてくれたことがあった。
これもリリアンが「お姉様が婚約するなんてずるい! 私が婚約する!」と暴れて、両親は侯爵家にリリアンとの婚約を結ばせようとした。
私へ名指しで申し込まれた婚約を勝手に妹にすり替える、姉より先に妹の婚約を結ぼうとする、これだけでも貴族としてあまりに非常識な振る舞いだったが、両家の話し合いの席で両親は最大最悪のやらかしをした。
当然、心ある貴族である侯爵はこんなとんでもない話を受けはしなかった。アデル嬢でないならば、婚約の話はなしだとはっきりと言ってくれた。
それに対して、我が父は「公爵家が縁を結んでやると言っているのに」と怒ったのだ。
三十年前なら、高位の家が下位の家に不本意な婚約を結ばせるということもあり得たかもしれないけれど、今時そんな野蛮な振る舞いは許されない。
というか、「長女を虐待している」と悪評を立てられている公爵夫妻と、周囲からの信頼厚くお友達も多い侯爵夫妻では、勝負にもならない。
唯一こちらが上なのは爵位だけだけれど、向こうは我が家より歴史の古い名門侯爵家だもの。肩を掴んでガクガクと揺さぶって訊いてみたい。勝てると思ったのか、と。
そんな我が家の評判は悪すぎて、お母様と妹にはお茶会の招待状も届かなくなっているからね。
二人に来なくなった後も私には来ていたけれど、私宛の招待状を奪って呼ばれていない二人が行ってしまうので私にも来なくなったわ。
今ではたまに、退屈したご夫人方に余興として呼ばれるぐらい。
得意げな顔で妹礼賛と私への罵詈雑言を振りまいて、嗤い者にされているのに気付かずに帰ってくる。
だいたい、私を連れてこない言い訳を「病弱」にしているくせに、リリアンが私に「ドレスを奪われた」だの「叩かれた」だの「階段から突き落とされた」だの「いじめ被害」を訴えるのが矛盾していると気付かないのだろうか。
お茶会にも出られないほど病弱な令嬢が、そんなに元気で健康な妹をいじめられる訳ないでしょうが。
私は石畳の街道を歩きながら溜め息を吐いた。
エリィは私が家を出るならついてきてくれると言っている。時々家を抜け出して街を見て回っているので、平民の暮らしも少しは想像できる。
ベッドと机しかない空っぽの部屋の中で、今着ている服が着れなくなったら家出しようと決めた日のことを思い出す。
もう限界だ。服も。私の心も。
家出の決意を固めかけていた私の横を、一台の馬車が通り過ぎようとした。
「ちょっとあなた」
「はい?」
何故か、馬車は私の真横で停まって、馬車の中から美しい令嬢が顔を覗かせた。
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