真面目な二人の21回目の挑戦!

南木

真面目な二人の21回目の挑戦!

 雲一つない快晴の空が広がる土曜日――――

 生徒会長の皆瀬みなせ 賢斗けんとは、集合場所である押上駅に到着した。

 180センチを超える長身と、まるでターミネーターのようなガタイの良さ、それに笑った顔を見たものは滅多にいないと言われる硬い表情は、学生ながら見る者を威圧するが、この日はどこかそわそわして落ち着かない様子。


「少し……早過ぎましたか」


 それもそのはず、まだ待ち合わせの時間まで1時間40分前もある。

 日ごろから、遅刻をしない様に早めに動いているとはいえ、いくらなんでも早すぎた。

 しかし、それから5分もしないうちに…………学園内の規律を取り締まる風紀委員のリーダー――弘前ひろさき 歩美あゆみが、健吾を見るなり慌てて改札から飛び出してきた。

 顔立ちは整っていて、背筋が整ったスマートな見た目だが、とにかく容赦ない物言いをするため、ほとんどの生徒から恐れられているのだが、今はその鉄仮面をどこかに投げ捨てたかのように真っ赤な顔をしていた。


「ご、ごめんなさいっ! 待たせてしまいましたか!?」

「いえ……私も今来たばかりで。本当です……。むしろ、早すぎたかと考えていたのですが、助かりました」

「よかった…………ありがとうございます」

「ですが、どうしましょう…………お店がどこも開いていませんね」

「確かに……」


 二人が待ち合わせると、いつもだいたいこんな感じだった。


 さて、賢斗と歩は、方や生徒会長、方や風紀委員長という立場にあるのみならず、お互いに真面目過ぎて先生からも「少しは融通利かせても……」と言われるほどの堅物コンビとなっていた。

 だが、体の芯から真面目な二人は「真面目過ぎる欠点」を直すべく、普段なら近寄らないような繁華街やゲームセンターなどに行ってみることにしたのである。


 一応名目上は、学園の生徒が繁華街などで問題行動や不純な行為をしていないかを見回るというものだったが、何回も二人で休日を過ごしているうちに、すっかりこの状況を楽しむようになっていたのである。


「そ、その……今日の服は、変ではありませんか?」

「はい、とてもよく似合っています。明るい桃色が、とても優雅に見えます」

「ふふ……よかった、です。賢斗さんは、今日もこの服なのですね」

「申し訳ありません……いろいろと試してみたのですが、これ以外がなかなかしっくりこず…………」

「いえっ! むしろ私は、その服が一番安心すると言いますか、賢斗さんらしくていいと思います!」


 どの店も開いていないため、時間つぶしに河川敷を歩く二人。

 最初はお互い碌な私服を持っていなかったため、初めて歩いた原宿で自分たちの服装センスのなさに絶望したものだったが、今ではこうして、自分のスタイルを確立できるまで成長した。

 やはり、見てほしい人がいると、学ぶのも早いのだろう。


「最近わが校の生徒たちの間で、再びスカイツリーが人気になっているようです」

「これですね。有名ネイルアート特集……校内では禁止されていますが、休日の間につけるのは、特に問題ないでしょう。しかし…………」

「私もまだ、ネイルアートには偏見があります。ですが、試さないうちから否定するのは良くありませんから」


 お洒落と言えば……この日の二人の目的の一つが、スカイツリーの中で開かれる、ネイルアートのイベントだった。

 学校内にネイルアートをしてくるのは当然校則違反だが、学校外で行う分には特に問題にはならないので、こういったところでネイルアートを楽しんでいる生徒もそれなりに多い。


 とはいえ、賢斗も歩美も、ネイルアートにはなんとなくネガティブなイメージを持っていたのだが、タトゥーや染髪よりは取り返しがつかなくなることはないので、歩美はこの機会にやってみることにしたわけだ。



「なんだか、不思議な気分です……」

「もっと派手な模様を想像していましたが、この花の模様は芸術的ですね」

「はい、ほかの女の子が憧れる気持ちも、少しわかるかもしれません」


 ネイル体験は1時間ほどで終わり、歩美の両指の爪には青白い花の絵が描かれていた。歩美のお淑やかさを損なわず、ちらりと浮かぶ花の絵が逆に奥ゆかしい、見事な仕上がりであった。

 結局、見た限りではあのイベント会場に同じ学園の生徒はいなかったが、ああいったイベントなら学生でも安心だという結論は得られた。


 だが、問題はこの次だった――――


 二人は道端のレストランで軽く昼食を摂った後、橋を渡って西に向かい、浅草寺の方までやってきた。

 東京屈指の観光地の一つである浅草は、都内の学生はあまり足を運ばない――と、思いきや、浅草寺周辺には人気の和菓子店が数多く存在するため、それを目当てに来る学生もいたりする。


 それ自体は何の問題はないし、下校時に制服を着て買い食いするとかでなければ、咎められることは何一つない。問題は…………浅草寺から少し北に行ったところに、所謂「ホテル街」があり、その周辺で時々学生が目撃されているという話が浮上したことである。


「浅草に来るのは初めてではありませんが、こんな場所があったとは…………」

「……なんといいますか、雰囲気が違いますね」


 この二人とて、「その手の知識」が全くないわけではないが……住宅地を縫うようにしていくつもの「休憩所」が立ち並んでいる光景は、学生の二人にとっては、まるで悪の組織の秘密基地に忍び込んだかのような緊張感を感じた。


「このようなところに堂々と入っていく学生がいるなんて、信じられません」

「そうですね…………引き返しますか?」

「いえ、ここまで来たのですから……建物の前を歩くだけなら、校則にも法律にも違反しません。……行きましょう」


 いつもは、名前の通り背を伸ばして堂々と進む歩美も、雰囲気に圧されて思わず立ちすくんでしまったが、ここで逃げては負けた気になるのか、路地を進むことにした。

 賢斗もまた、彼女の決断を尊重し、隣を歩いてゆく。


 もっと猥雑な雰囲気を想像していた二人だったが、道行く人はまばらで、すれ違う人たちもこの周辺に住んでいるように見えた。


「そ、それにしても……入りにくそうな建物ばかり……ですね」

「えぇ……本当に、何か出てきそうですね」


 なんてことない通り道が、この二人にはまるでお化け屋敷のように感じた。

 怪しげな雰囲気の建物から、いつ何が飛び出してくるのかわからない…………不安を覚える二人は、無意識に手をつなぎ、いつも以上に密着しながら歩いた。

 緊張のせいか、お互いに無言の時間が続く。

 それがまた気まずさを生み出し、体中を冷や汗がしたたり落ちた。


 そんな気まずい雰囲気を変えようとしたのか、賢斗が後頭部をかきむしりながら、別の話題を出してきた。


「そ、そういえば……なのですが」

「な……なんでしょうか、賢斗さん」

「今回の『巡回』で、21回目になるのですが…………始めて、もう半年以上にもなるのだと思うと、少し感慨深いと言いますか……」

「21回……そんなにしていたんですね。私たちが始めたのが……去年の6月でしたから、もう8か月目になるんですね。ふふっ、私たち去年は色々なところに行きましたけど、初めは原宿の竹下通りや渋谷の街を歩くだけでも、今日より緊張していた気がしますね」

「そんな私たちが、あの頃は想像もしなかった場所を歩いている…………まさか、このような形で進歩を実感することになるとは、思いませんでした」

「ええ、これもすべて……賢斗さんがいてくれたからです。私一人では、このような場所に一生行く機会はなかったと思いますから。……少しは、真面目じゃなくなりましたでしょうか?」

「はい……あ、いえ、その……歩美さんはいい意味で、変わったと思います。学園の皆さんも、雰囲気が柔らかくなったと……」

「賢斗さんも、先生方から人間味が出てきたなんて言われましたね。私も、賢斗さんが楽しそうにしている顔を見るのが、楽しみなんですよ」

「それは……恥ずかしいですね。……あ、この辺りはもう普通の住宅街ですね」


 話しながら歩いているうちに、二人はホテル街を抜けて、一般の住宅街に入ったようだ。

 建物に入るでもなく、ただ前を通るだけだったが、二人はお互いの無事を確認して、ほっと胸をなでおろした。


「特に、学生がいるような雰囲気はありませんでしたね」

「ええ……むしろ、私たちだけが浮いている気もしました。ですが……また一つ、貴重な経験をしたような気がします」

「はい、これも歩美さんが手を握ってくれたおかげで……あ」

「あ……」


 今更ながら、二人はお互いに手を強く握って、腕まで組んでいたことに気が付き、少し距離を開けた。

 だが、握った手を離すことはしなかった。

 人込みではぐれないようにするため……そして、恋人に見えるように偽装するという名目で、繋ぎ始めた手と手は、今や当たり前のように二人を結んでいる。


「あの……」「あのっ!」


 何かを言おうとして、二人の声が被った。


「えと、歩美さんから、先に……」

「いえ……賢斗さんから先にお願いします」

「そう、ですか……その、大したことでは……ないのですが、これからもこうして、共に歩んでくれますでしょうか……」

「奇遇ですね……私も、同じことを言おうと……」

「はは……」

「ふふふ…………」


 二人は穏やかな笑みを浮かべ、それ以上深いことは口に出さずに、最寄りの駅まで歩いて行った。


 いつの日か、再びこの道を二人で歩く日が来るのだろうか。

 そして、もしその日が来たのなら、また違った思いを胸に、訪れることになるのだろう。


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