08.5 異世界聖女と司教
悪魔が聖女を庇ったのを見て、マリサは思わず笑みを浮かべていた。
聖女の魂だけを狙っていたがその体に宿る力も手に入れられるのだ、と。そして悪魔を浄化し、悪魔に魅入られた聖女を救ったとこの国の教会からは感謝されるだろう。
しかし、突然現れた光が収まってみればそこには悪魔も聖女もいなかった。
ただシスターの死体がひとつ転がっているだけ。
(仕留めた……?いや、逃げられたみたいね)
カラスの悪魔から聖女を倒せばその力はマリサに吸収されると聞いていたが、力が増加したような感覚はない。
死体が残ってない所を見ると聖女か悪魔が力を使いどこかへ逃げたのだろう。
「……あの、隣国の聖女様……悪魔は、浄化できたのですか?」
「もしや、悪魔と一緒にこの国の聖女様も消えてしまったのでは……」
恐る恐る尋ねてくるシスター達にマリサは悲しげな表情を作り振り返る。
「悪魔は聖女様を連れて逃てしまったようです……浄化できず、申し訳ありません。まさかこの国の聖女様が……あんなおぞましい悪魔を庇うなんて……私がもう少し早く気が付いていれば……っ、あの方も命を落とさずに済んだのに……全ては私が至らないばかりに……」
口元を手で隠し目を伏せポロポロと涙を流して見せればシスターの一人がそっとハンカチを差し出してくれた。
「誰もあなた様を責めたりは致しませんわ。あの恐ろしい悪魔から私達を救おうと勇敢に戦ってくださったのですから」
「そうですよ……教会の敷地に悪魔の侵入を許してしまった我々の落ち度でもあります……どうかご自分を責めないでください」
「けれど……狂暴な悪魔を逃がしてしまったなんて……村や街に被害が出たらどうすればいいのでしょうか……?」
「悪魔の侵入を許しただけでなく、この国の聖女様が悪魔に浚われたなんて司教様になんとご報告すれば……」
シスター達の中には不安そうにうつ向くシスターもいる。マリサは涙を渡されたハンカチでそっと拭き取るとゆっくりと顔をあげた。
「亡くなられたシスターの為にも、この国の為にも……私があの悪魔を見付け出して浄化いたします。浚われた聖女様も連れ戻して正気に戻して見せますわ。だからどうか……皆さんの力を貸してください」
悲しみに立ち向かう健気な少女を演じて見せればシスター達はあっさりとマリサに同調し、味方になることを約束してくれた。
―――
「こんなに上手くいくなんてさすが私ね。あの二人に逃げられたのは誤算だったけど、教会の協力があればすぐに見つかるだろうし。そうなれば後は聖女を救って、私が力を得ればいいだけ。計画は順調だわ!あなたもそう思うでしょ?」
マリサは客室のベッドにごろんと寝転がりながら問い掛ける。
この部屋はシスター達が用意してくれた部屋だ。元々聖女会議の為、一泊する予定だったので部屋は上質のものが用意されていた。
開け放たれた窓からカラスが室内へと入ってきてベッドの上に着地する。
「だが油断は禁物だぜェ、一瞬の油断で足元を掬われるからなァ」
ニタニタと笑うカラスにマリサは唇を尖らせた。
「もちろん分かってるわよ、油断はしない。私の望みを叶えるためにもね」
「ならいい。で、これからのことだがどうすんだァ?」
何か考えはあるのかとカラスが尋ねた時、客室のドアがノックされた。
マリサは慌てて身なりを整え、カラスはすっと姿を消した。カラスが見えなくなったことを確認し、マリサがドアを開けるとそこには中年で白髪混じりの男性と、同じく中年の女性が立っていた。
「お初にお目にかかります、隣国の聖女様。私はこの国で司教を努めているダラスともうします。こちらは私の補佐をしてくださっているシスターコレットです。お疲れのところ申し訳ありませんが、先程の出来事について事実確認をしたく伺わせていただきました。」
「私にお話しできることであればもちろんお話ししますわ。どうぞ中へ」
この世界ではそれぞれの国に教会があり各国の信者たちを纏めている存在がいる。
それが司教だ。
司教は他国の司教と連携を取り協力して教会組織を成り立たせていた。
ダラスと名乗った男がこの国の司教と聞いたマリサは彼らを部屋に招き入れることにした。
この国の教会のトップである彼らにはなるべく好印象を与えておきたい。
ダラス司教とシスターコレットはマリサが勧めるままにソファーへと腰かける。
「……それで、事実確認とはどの様なことお話しすればいいのでしょう?」
「聞きたいことはいくつかありますが、まずご提案が一つ……」
ダラス司教は手を組み、対面に座るマリサへとまっすぐ視線を向けこう告げた。
「我々と手を組んで、この国の聖女を始末しませんか?」
そう告げた司教の顔は、まるで悪魔が微笑んだ様だった。
司教の言葉にマリサは思わず眉を寄せる。
司教とはこの国の教会のトップ。
それが聖女を始末したいという。
どういうことかと話を聞いてみれば司教は教会に集まってくる財産を、コレットは聖女という地位を欲しているそうだ。
その目的を叶えるために彼らは前々から聖女の命を狙っていた。
しかし何かを仕掛ける度に『神様の加護』が発動してしまい、掠り傷ひとつつけることが出来なかったという。
けれどマリサの力を使えば聖女を亡き者に出来ると考えた彼らは、こうして協力を提案してきたのだ。
一通り話を聞いた後、マリサはその提案を受け入れる事にした。
いずれ聖女達は教会に戻ってくるかもしれない、その時は一芝居打って騙してやろう。
顔見知りの司教やシスター相手ならば警戒も緩むはずだ。
そう考えたマリサは司教やコレットと聖女を亡き者にするための計画を立て始めた。
姿を隠したままのカラスはどこか楽しそうに彼らを眺めるのだった。
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