空耳とはなんだったのかのスレはここでいいんですか!?

古歌良街

前編

   1


「こういう空き地って何なのかしらね? 立入禁止で草がボーボーで……国が買い取って国有地にして公園にすればいいのに。フットサルできるし」

「ジャイアンリサイタルが開催されると近所迷惑とかいう理由かもしれないね」


 最初に疑問を呈した、腰まで伸びたクリーム色の髪の人間の名は、パシェニャ。

 返事をした茶髪のほうはアキラ。


「というか、この草むら、変な音がして気分悪くならない?」

「このジィィィーって音のことか。ちょっとはうるさいね。セミか何かかな」


 しかし、セミの現れる時期ではない。何なのだろうか。


「ちょっと追い払ってくるわね」

「ただの通りすがりがそんなことしなくても……」


 草むらに飛び込むパシェニャ。草むらを叩きながら空き地を走り回る。すると、ジィィィという鳴き声はピタリと止んだ。


「追い払ったわ! それじゃ行きましょう」

「よかったね。うん」


 ジィィィー


 また音が聞こえ始めた。


「なんでよ!」

「そりゃあ、虫を直接殴ったわけじゃあないからしかたないんじゃないの?」


「なぐれってこと?」

「いや、そういう意味ではないけど」


「とりあえず殴ってくるわ」


 再び草むらに飛び込むパシェニャ。今度は木の枝を持っている。さっきより勢いよく走り回り、音のするあたりをその木の枝で叩いてまわった。何回も叩き、やがて鳴き声は止んだ。


「はぁ、はぁ、つ、疲れた……しんどい」

「お疲れさ――」


 ジィィィー


「なしてさ!」

「もうあきらめたら?」


「……そうする。しかし……このままでは終わらんぞ!」

「終わってもいいと思う」


   2


 翌日、喫茶部でお茶を飲んでいる二人。

「なんだったのかしらね、あの音は。本能が不快だといっている感じだったのだけれど」

「ぼくはそこまでは思わなかったな。嫌な音ではあったけど」


「セミが飛び立つ気配もなかったわ」

「セミじゃなくてコオロギかもしれないだろ」


「どっちにしろ、今度遭遇したら捕まえて唐揚げにして食べたる」

「セミの幼虫は中華料理の大衆食材らしいね」


 そこで突如、パシェニャの携帯端末が鳴った。


 バルサミコ酢ー バルサミコ酢ー


「ギルドの依頼が更新されたみたいだわ」

「『らき☆た』かよ」


「警告・秘匿レベル4

 依頼者:さいたま防衛隊

 依頼:ある生命体の駆除もしくは捕獲

 内容:実際のところ、それが生命体かどうかはまだわかっていないうえ、未だ公にはなっていないが、このままではそれは人類の驚異になりかねない、そんな存在だ。

 (中略)

 それらはさいたまのある区画で発見され、被害者は、

「じぃぃぃ、じぃぃぃ、じぃぃぃ、ずんたた、ずんたた」

 と、意味不明のことを自分の意思に反してつぶやき続ける(あるいは歌い続ける)ことになってしまっている。その症状の特効薬のためにもそれらのサンプルを採取していただきたい。

 報酬は(後略)」


「駆除もしくは捕獲……デッドオアアライブね!」

「そうだね」


「そして『さいたま』ね!」

「『さいたま』だな」


   3


 まただ。また聞こえる。それらが鳴っている。


 マサオはその『音』で最悪の気分というやつを味わっていた。地獄のようにつまらないファミコン(初代)のゲームで主人公を死なせ続けるよりも最悪の気分だった。


 ずんずんぼっしゅ ずんずんぼっしゅ

 ずんずんぼっしゅ ずんずんぼっしゅ

 ずんたたずんたた ずんたたずんたた

 たたたたたたたた ぼっぼっぼっぼっ


 最初は『ラジオの空きチャンネルから音が聞こえるんですけど』というスレだった。


 いくつかの同様のスレがつい最近、同時期に、3、4個立ったのだった。そんなわけないだろうと思ってやってみたら、聞こえた。ボリュームを最大にしたラジオから、それが聞こえた。聞こえ始めてしまった。ザー、という大きな音の中に、通奏低音的に聞こえる。口ずさむ。鼻歌で歌う。歌っているのは誰か。自分だ。


 ずんずんぼっしゅ ずんずんぼっしゅ


 鼻歌なんてしたくないのに。


 たたたたたたたた ぼっぼっぼっぼっ


 不快だ。自分の鼻歌が不快だ。しかしやめられない。止まらない。ラジオがそんな音をだす理屈は全く知らないけれど、スレの参加者のほとんどが、出来損ないの音楽と聞こえるそれを、


 ずんずんぼっしゅ ずんずんぼっしゅ

 ずんたたずんたた ずんたたずんたた


 と表していた。

 『ずんだウィルス』と呼ばれるようになったらしい。


 ラジオの電源を切ってもそれはマサオをふくめた被害者には聞こえ続けた。


   4


「とりあえず、捕獲用に何が必要になるのかしら」

「ウィルスらしき何かってことは……」


「きっと、鉄拳制裁や銃ではどうにもならないわね」

「タモ(注・魚や虫をとる網)で採れるかもしれないぞ?」


「ウィルスを?」

「心配御無用! このタモはコヴァヤシ製薬のウィルス捕獲タモだ!」


「そんな都合のいいものがあるの?」

「インフルエンザの予防マスクとかあるしあるんじゃないかな」


 アキラはテキトーなことを言った。


「ていうか、ウィルスってフツーは目に見えない何かよね」

「そうだね。雲をつかむような話だね」


「うまいこと言っても何もでないわよ」

「べつにどこもうまくないだろ」


   5


 さいたま市民通信G 20XX年12月XX日


 ずんだウィルス猛威か


 先月から、市内で住民たちが正体不明のノイズに脅かされる事件が多発している。ノイズはヒトの脳に張り付くかのように鳴り続けるという。被害者の一人によると「ずんずんぼっしゅずんずんぼっしゅとうるさい」らしい。「細菌兵器ではないか」「枝豆を食べると治る」と流言飛語もたくさんあるが、政府法務省は「落ち着いて行動し、耳栓などで対処してほしい」と述べている。

 (中略)

 なお、政府がこの種の怪奇現象としか言えないものの存在を公表するのは極めて異例で、おそらく報道史上初だと考えられている。


   6


「それじゃあ、せっかくだからまた空き地に戻ってきたわ」

「やっぱり鳴いてるね」


 ジィィィー


「この虫取り網で捕まえたらぁ!」

「ウィルスを?」


「ウィルスじゃなくてセミだと思うわ」

「まあ、がんばれ」


 草むらにゆっくりと近づいていくパシェニャ。鳴き声めがけて素早く取り網を振り下ろした。


 ブブブブバチバチ、と虫(?)が暴れた。取った!


 かと思いきや、直後、虫取り網の中の手応えが消えた。網の中を確かめてみたが、特に何も入っていない。


 そして、ジィィィーとバカにしたような鳴き声も草むらから聞こえてきた。


 別に虫取り網に破けがあるわけではない。


 しばらくチャレンジし続けたけれど、


「取れなかったわ……」

「でも、もしかしたらウィルスは網に付着してるかもしれないよ」


   7


 さいたまネットTV こんにちワイドショー


「ということは、ずんだ症の原因は虫やウィルスではなかった、ということですね」


「そう、ですね。当初、広まり方がインフルエンザに酷似していたこともあったんですが、いわゆる原因の菌やウィルスは捕まえた瞬間消えてしまうらしくてですね、えー、捕獲ネットにも、なにも特別なものは検出されないんですね」


「えっ……ということは、捕まえはできないけれども、その音が鳴るものの場所というのでしょうか、鳴っている現場は、確認されているんですか? たとえば危険地域から避難など必要ではないのですか?」


「ええ、これは主にさいたまの県南なんですが、草の生えた空き地などからリズムが聞こえてくることが、自衛隊などにより確認されています。それで、これはウィルスではなく、えー、虫でもなく、当局は『KAMO』と呼んでいます。原因が複数考えられるなどで、えー、危険性はあらためて調査中だそうです」


 ざわつく観客、司会者、コメンテーターたち。二人のメインキャスターの女性のほうが慌てた様子で、


「それではいったんCMに入ります」


   8


「TV見た?」

「KAMOがどうとかいうやつなら、見た」


「どうするのよ、危険じゃないかしら」

「放送事故みたいだったな」


「ネットの掲示板ではKAMOの音がアップロードされてるみたいだけど、それは見た?」

「見てない」


「意外とハトね」

「チキンのことか?」


「いいえ、ハトよ」

「感染したらどうなるかっていうタイトルだけでも正直その動画とか音声見れないよ。怖い。きみは見たのか?」


「見たけど。『ズンズンボッシュズンズンボッシュ』ってなってた」

「言うなや! 感染したらどうする!」


「すごいハトね」

「だって、音がとれなくなるとか怖すぎるよ」


「枝豆を食べれば?」

「もう食べてるよ」


「風雪のルフね」

「でもそんなのよく見る気になったね」


「いや、音声は聞いてないわ。『ズンズンボッシュのガイドライン』ってスレだけ見たのよ」

「なんだ。なかなかのハトだな」


「まあねー」


 そうこうしているうちに、パシェニャの端末が震えた。


「ギルドからの報告書だわ」


 送信者:田中山信次郎

 件名:サイト更新の件


「ギルドからね」


 田中山信次郎とはtanasinnのことで、多少気の利いたギルドの偽名である。また、tanasinnとはtanasinnのことで、tanasinnはtanasinnである。考えるな。感じろ、そして汝はtanasinnとならん。


「件の事象は以後KAMOと呼ばれる。当局いわくKAMOというのはMO(ムジカオブジュ)の変種AMO(アドバンストMO)の変種(キラーAMO)のことである。さて、諸君の知りたいのは名前の由来などではなく、KAMOとは一体何なのか? 対抗手段はあるのか? 捕まえられるのか? いつ頃からあるのか? 生き物なのか? といったところだろう。

 まず、対抗手段はある。耳栓で防ぐか、ヘッドホンで別の安全認定済み音楽を聞くことだ。まあそこまでやらなくても感染する確率はそれほど高くはない。万一感染した場合どうするか?

 これは、感染者が『ズンズンボッシュ』とつぶやくのに同調して同じ『ズンズンボッシュ』を聞かせることによりある程度症状をやわらげるというケースが小規模ながら認められている。また、このとき、聞かせる『ズンズンボッシュ』の微妙な差異によって治療効果の度合いが変わってくるらしい。

 つかまえられるかどうかは、どうとも言いがたいが、捕獲することもある意味可能だ(後述する)。

 いつ頃からあるのか? これはこれはMO問題がオカルトの領域だったころにまでさかのぼれば、数十年前から存在している、とも言える。生き物か? 微妙な問題だ。生物やウィルスの定義から見直さなければならないとは言える。

 さて、捕獲の方法は――

 (中略)

 なお、今回KAMOの捕獲調査に懸賞金がかかっており、正確なデータがとれればそれ相応のボーナスを得られる。健闘を祈る」


「懸賞金よ! モンスターボール買い放題だわ!」

「ポケモサG○のことか?」


「とりあえず『ズンズンボッシュ』をダウンロードするわ!」

「やめろー!」


 パシェニャは音声をダウンロードし、再生してしまった。


 ズンズンボッシュ ズンズンボッシュ


「どうよ?」

「ズンズンボッシュ……ズンズンボッシュ……」


「どうということもないわね」

「そうだな、ただズンズンボッシュ言ってるだけじゃん。

 なんかただズンズンボッシュだし、

 まあズンズンボッシュだし、

 すべからくズンズンボッシュだし、

 ていうかズンズンボッシュだし、

 まあズンズンボッシュではあるけど、

 それでもズンズンボッシュとは言えるな。

 ズンズンボッシュはズンズンボッシュであってそれ以上でも以下でもなく、1は1であってそれ以上でも以下でもないとするとその値は虚数iになるのだろうかといったところでもあるけれど、ズンズンボッシュ以外にはできないことがズンズンボッシュに含まれている風でもあるしズンズンボッシュ的なズンズンボッシュとだけは言えるなズンズンボッシュはズンズンボッシュは危険ではないのか? ズンズンボッシュは危険ではないのか?」


「うわああああ感染してる! ごめんなさいごめんなさい!」

「そんなことよりズンズンボッシュ」


「そうだったわね、ある調子で『対抗呪文』を唱えるとなんとかなるらしいわね」

「早く頼む、ズンズンボッシュ」


「正直もういみがわからないけれどいくわね、ズンズンボッシュ」

「うん、ズンズンボッシュ」


「ずんたた」

「ずんたた」


「たたたたたたたた」

「ボッボッボッボッ」


「……」

「……止まった……」


「止まった?」

「止まったみたいだ」


「怖かった……」

「ほとんどマインドがハスクだった……」


「しかし、『感染者よりうますぎる歌』か『調子外れすぎる歌』で治るって、どういうことなの」

「まあ、きみの歌がうますぎてよかった」


   9


 感染者を治す方法がこうしてギルド内では確立された。


「ニュース番組とか見てる?」

「あんまり見てないけど、ズンズンボッシュがさいたまを征服しかけているって話?」


「そうそれ」

「非常事態というほどではなかったな」


「しかし、どういう生物――もしくはウィルスなのかしら」

「ズンズンボッシュは単なる音楽に過ぎないきがするけどね。自分で感染しといてアレだけど」


「音楽を捕獲? 倒す? 銃で撃つ? スープレックスで投げる? パイルドライバーを決める? どうすればいいのよ」

「そういえば、――これはちょっと前に思いついたぼくの仮説とギルドの報告の組み合わせなんだけど」


「なによ」

「音楽に過ぎないってことは、まず、音楽とは何か? を考えることになる。音楽はリズム、メロディのある楽器や声による空気の振動に過ぎない。すべての音楽は単なる振動(バイブレーション)だとも言える。そして、忘れられがちだが、この世のものほぼ全ては振動している。

 つまり音が伝わるのは空気の振動があるからだ。空気。空気の中に、何かがいる。音楽を取り込んで、活発に動いたり、音楽を摂取している『何か』だ。『何か』それ自体も音楽であり、自ら保存する音楽だ。その『何か』の挙動が今までの音楽と違うところは、増えるということだ。いままでの『音』は時間経過とともにフェードアウトしていくが、『何か』は人間の脳や大気中の『生命体のようなもの』と共鳴して、増える。今わかっているのはこんなところだろう。

 たとえば、単なる海流が渦巻きを描き続ける鳴門海峡の渦潮に近い。渦巻きはときおりまるで生命体かのようにふるまうが、結局はたんなる水流に過ぎない。また、地球における生命体の定義は、アミノ酸の螺旋による設計図を持つか、だ。

 また、音楽はソフトウェアであることを考えれば―――つまり、楽譜によって全く同一のものとして保存され、紡ぎ手がいればそれを再生できると考えれば――偶然によりバージョンを上げて自存することもできるかもしれない。

 複雑なメロディや和音の渦巻きがアミノ酸塩基配列に似た作用をしないと誰が言えようか? そして、渦巻きを消すには渦巻きとはほぼ同じ向きか反対向きの酷似した渦巻きをぶつけることだ」


「…………」

「……どうしたの?」


「ずいぶんしゃべったけど、理解させる気ないでしょ?」

「まあね」

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