146話 保証書…ってそれが本音!?




「松本……」「先生……」


 部室棟の水道のところで長谷川先生と偶然二人きりになった。お互いに顔が困ったような苦笑いになる。


「困っちゃいました……」


「そうだな……。まさか内田が同じ小学校だったなんてな。フルスピードを出すのはいつ振りだ?」


「小6のリレー選手以来です。ただ当時は男女別でした。今回は混合です。状況だけ考えれば不利なのは変わりません」


「そうか……。あの年もそうだったよな……あのトラック1周はまだ思い出せる。最下位から1位だもんなぁ……」


 少しの間腕組みをしたあと、私の左肩に先生の右手を置いた。


「……もう何も心配しなくていい。もし足が壊れても面倒は俺がみる。内田あいつも勝負師だな。ちゃんと癖を知ってる。さっきの説明があったとおり最初のコーナーに入るときのインコース争いで接触しやすいところだけ気をつけろ。そのあとは全力で飛ばしていけ。花菜おまえならやれる」


「先生……」


「あれだけこの夏休みに走り込んだんだ。去年とは比較にならないほど足は強くなってる。それに比べればたかだかトラック1周半、最後に得意の直線200を足した600メートルだ。そのくらいなら俺が保証書つけてやる。あの年みたいに遠慮なくフルスロットルで飛ばしてこい。勝負結果の責任は俺が持つ」


「もう、いろいろと責任取ってくれてますよね?」


 私の足を一番よく知ってくれている人だもん。その人がそっと撫でてくれる。


「まぁな、もう今さらだ……。それより頭に来たのがエントリーの名前だけで俺の嫁さんを散々バカにしやがって。奴らとは次元の違う実力差を見せつけてこい!」


「それが本音ですか!?」


「決まってるだろ」


 先生は笑いながら私のシューズの紐を途中で解けたりしないようにピッタリに調整してくれた。


「走れるよな? 花菜ちゃん!」


「うん! やれるだけやってみる!」


 学校の中だったけど、この瞬間は昔のお兄ちゃんと私の時間にタイムスリップした。


 お兄ちゃんだって知っている。私にお父さんがいないことでいつも悔しい思いをしていたのが、運動会だけは他の誰も寄せ付けない存在だったってこと。


 いつもお母さんと一緒に観覧席で応援をしてくれていた。


 千景ちゃんのテーピングとしっかり結ばれた靴紐。あとは私の気持ち次第なんだ。


「先生?」


「うん?」


「私、内田くんにも先生にも恥をかかせるつもりはありません。その代わり……、今日のお夕飯は手抜きになるかもしれないですけど、いいですか?」


 先生はぷっと噴き出して、私の背中をたたいた。


「ようやく勇ましいことを言えるようになったと思ったら、急にみみっちい話になったな。そんなことは気にするな。二人でカップラーメンでも作ろうぜ」


「ふふっ。そうですね。明日はきっと筋肉痛ですからお洗濯もお願いします」


「しゃーねーな。任された」


 部室棟の裏を回って、私たちはクラスの応援席に戻っていった。

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