32章 高校最後の夏休み

125話 何事も変わらない朝




「それでは先に行ってますね」


「くれぐれも、車に気をつけてくださいね」


「珠実園ですからいつもの道ですし、心配要りませんよ。今日は何時頃に来られますか?」


「授業もないし早く帰ってこられると思う。花火の時間には十分間に合うよ。園で待っていてくれれば仕事帰りに寄るから」


「分かりました。では珠実園でお待ちしています。行って来ますね」


 私はそう言い残して部屋を出た。


 時間はまだ7時半。洗濯物や簡単な掃除も終わらせて、朝ごはんも二人で食べてこの時間。


 これには理由があった。珠実園までの徒歩通勤を始めた私は、学校に出勤する啓太さんより先に家を出るから。




 あの修学旅行から4ヶ月が過ぎようとしている。


 今年は全クラス2年から3年へは生徒の入れ替えもなく、5組を含めて大半の先生はそのままクラス担任が持ち上がった。


 前年に新人で赴任してきた長谷川先生が高校3年生という難しい学年の担任になるというのも異例に見えたけど、それはちゃんと実績が伴ってのことだったんだよ。


 文化祭だけでなく修学旅行があってもその評価は変わらなかった。


 遊ぶときは思い切り遊ぶ。勉強すると決めたときは切り替えて勉強する。そんな生活リズムが出来ている私たちのクラスは校内の定期テストでも学年上位に並ぶことが多くなり、大学の受験模試でも合否判定を上げてきた子が多くなったから。この勢いを崩してはいけないと、そのまま継続が決まったというんだ。


 私も3年生になって進路は先生と何度も話し合った。さすがにアレルギーのお医者さんにはなれないけれど、食品について勉強したいと思ってはいた。


 3年生になってから最初の三者面談(私の場合は先生との二者面談だけど)では進学するかまだ決めてないという形にした。


 何も学校で時間に縛られる必要はない。私の本当の面談はお家に帰ってから。時間無制限で回数も決まってない。


「花菜の成績なら、給付型の奨学金も狙えるだろう?」


「うん……、でも私にはもうお家の生活があるから……」


 そう、4年間という大学生活が問題なの。


 先生が忙しく毎日働いていて、私が専業主婦どころかお家の家事もせずに学生を続けることは、自分の気持ちの上でも納得できなかったから。


「まったく。結花先生にも相談してたんだって?」


「うん……」


 二人でいろいろと資料を調べて、お家からの通学時間も短く、家政科で栄養学が学べる2年間の短期大学を目指すことにした。コース選択で調理師免許も取れるというのも私には都合がよかった。


 学費は結局お母さんから相続する形になってしまった私の「結婚祝い」もそのまま残してあるし、先生も奨学金を使わなかったとしても心配しなくていいと言ってくれた。


「そうと決まれば、あとは花菜の体を鍛えないとな」


「春先に比べれば変わったのを自分でも感じます」


「そうだな。足首がずいぶんしっかりしてきてはいる。もう少しすれば普段から心配することもなくなるだろう」


 学年が変わった春先から少しずつウォーキングなどで歩き始めた。最初はやっぱり左足が気になって何度も挫いたりすることもあって何度もヒヤリとしたっけ。


 それに加えて、修学旅行のあとから休日のお買い物はそれまでの自転車から歩きで行くように変えたの。


「花菜、休み休みだぞ。無理はするな」


「ありがとう」


 先生が自転車でついてきてくれるときは、荷物の重さも調整してくれる。保冷が必要なものは先に運んでもらって、私を迎えに来てくれるのは元気出るんだぁ。


 食料品を持って坂道を歩くのは大変だけど、マイバックをリュックタイプで選んでみたり、お醤油みたいに重いものが入っていても、ゆっくり一歩ずつ……を続けていくうちに、前は怖かった階段やちょっとした段差程度なら気にならなくなったと気がついたのは夏休みに入る頃だったかな。

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