103話 楽しみと葛藤の間で
そんな年明けは、私と先生もしばらく警戒していた時期もあった。
なんといっても、校長先生にはすでに話してあることだったし、私たちもそれぞれゆっくりとだけど準備は進めている。
それに、修学旅行を前にしていつまでも過ぎたことを気にしている場合ではないから。
せっかくの旅行、どうせならここまで自由に組ませてもらったグループ行動や、最終日ハウステンボスでの自由行動を好きなグループや意中の子と回りたい。そんな思惑の駆け引きが飛び交う。
幸か不幸か私にはそんな声はかからない。私の境遇というのはみんな知っているし、例え不憫だと思われても、それを抜本的に解決するための手段というのは高校生の力だけでは不十分だから。
それにもし、そのようなお誘いがあったとしても私はそれに乗るわけにはいかない。それだったら、私は一人でいることを選ぶ。
「花菜、先生のくじ引いてくるから!」
そんな年明けのことをぼんやり頭の中で思い出しているうちに、いつの間にか話が転がって、先生とどの組が回るのかというくじ引きになったみたいで……。
「う、うん」
本音を言えばね、高校時代の一番のイベントを一緒に回ってみたい。卒業アルバムに残る写真も多いから、やっぱりそんな願望があるのは事実だけど……。
「えーっ!」「おぉーっ!」
「やりぃ!」
歓声があがる。視線を窓の外から黒板の前に移すと、千景ちゃんが黒板の前でガッツポーズを決めていた。
「なるほど、面白い結果になりましたね。一番人数が少ない班ですからちょうどいいです。それでは橘さんと松本さん。くじ引きの結果として、お手伝いをいろいろとお願いします」
「えっ!?」
直前まで勝者の顔だった千景ちゃんが先生を見て唖然としている。
「言い忘れていましたが、僕は新人なので、移動の時は一番後からついていく救護班となります。ですから誰かが怪我をしたり体調を悪くしたりすればスケジュールは崩れますし、順序は全て最後です。また橘さんと松本さんにはいろいろと荷物を持って貰ったりしますよ。特に橘さんは保健委員ですから何も心配いりませんね」
あぁ、そんなことすっかり忘れていた。千景ちゃんに言っておけばよかったかな……。
「そんなぁ! それ知っていたらくじ引きに参加はしなかったよぉ!」
千景ちゃんが叫んで教室の中は笑いに包まれた。
「もぉ! 先生いけずーー! そういうことは最初に話しておけー! 花菜ごめん!」
千景ちゃんが戻ってきて、さっきまでの勝者の笑みはどこへやら。すっかり敗者の表情で私に謝ってくる。
確かにあれならくじ引きで負けたとしても言い訳がたつもんね。私には事前情報があったけれど、他の子には一言も話していなかった。そうなることを予想して情報を出さなかったのかなぁ。
「仕方ないよ。いいじゃん。一番後ろって、逆にのんびり回れるよ」
「時間が押したときには切り上げることもありますけどね。橘さんと松本さんはあとで職員室に来てくださいね」
私たちのところに先生が笑いながらやってきた。
「うぅ、はい。わかりましたぁー」
千景ちゃんのショック状態は、みんなに笑われながら放課後まで続いたんだ。
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