25章 特別な夜の大変身

93話 クリスマスでもお仕事なの!




「それでは、冬休みも怪我のないように過ごしてくださいね」


 先生が教卓で名簿をパタンと閉じた。今日で冬休み前の授業は終わり。


「先生は今日予定あるんですか?」


「はい。今夜は予定があります」


 相変わらずだなぁ。キャーというクラスメイトたちの声があがるのを聞きながら、どこか冷静な私がいる。


「どんな予定ですか?」


「それは個人情報ですよ。教えられるようなものではありません」


「えー、だって名前まで特定できないんですから教えてください!」




 あーぁ。そこまで聞き出したいのかな。人それぞれ何があるかなんて自由だもん。


 食い下がるクラスメイトたちの様子を見ながら、私は内心ため息をついてしまう。




「今夜は大切な人と会うんです。それ以上は言えません」


「わー、長谷川先生リア充? いつの間に彼女作ったんですか?」


 歓声とも悲鳴ともとれる声が続いている。


「誰も女性とは断言していませんよ? 男性同士だって大切な人と会うことだってあります」


「なんだぁ、男同士かぁ」


「えー、先生はの趣味もあるんですか?」


「そこはみなさんの想像にお任せします」



 つまるところ、放課後に仲良しで集まるクリスマスパーティーに先生を何とか参加させたいということなのだろう。成功すればクラスの中でヒーローになれる。その一番乗りを争う騒ぎなんだよね。


 でも、そもそも先生をそういう場に参加させることって大丈夫なのかと思ってしまう。そんなことでなびく人じゃないというのもわかっているし。


「みなさん、本当にお気持ちは嬉しいのですが、僕もこのあとの仕事を終わらせてからなので誰のクリスマスパーティーにも参加できそうにありません。本当にすみません」


 そう言い残して先生は教室を出て行った。


 集団の中心にいた千景ちゃんが私のところにやってくる。



「花菜はどうする? みんなと一緒に行く?」


「ごめんね。私は仕事があるから」


「こんな日でも?」


 千景ちゃんから考えると、クリスマスくらいは仕事を休んでもいいのではと思っているみたい。


「うん。珠実園って、みんな馴染んじゃったけれど、正式な市の児童センターだから開けておく必要があるからね。私はそのお手伝いを条件に置いてもらっているわけだし」


「そっかあ。花菜も大変なんだね……」


 世の中全員がお休みというわけでもない。その分お仕事をしている人もいるし、その家族や子どもたちが支援センターに来ていたり保育園に預けられたりもしている。


 そんな子たちのために、今日の児童センターは小さなクリスマス会を開く。私も急いで帰って合流して朗読会を任されている。


「ごめんね、ちゃんと埋め合わせはするから」


「ううん。仕事頑張ってね」


 みんなと別れて、ひとり階段を降りていく。


「松本さん?」


「あ、長谷川先生」


 職員用の手洗いから出てきた先生とばったりはち合わせになった。


「冬休み、体に気をつけてくださいね。松本さんは頑張り屋さんですから」


「はい、気を付けます」


 まわりの生徒たちに気づかれないような当たり障りない会話をしつつ、私も先生も目で会話をしている。


『今夜、約束の場所で』と。


 両目を閉じて、了解の合図を送った。


「それでは、さようなら」


「気を付けて帰ってくださいね」


 あれだけ冷静に装っておきながら、私の心の中は期待と不安がごちゃ混ぜになって溢れてしまいそうだったのを必死に抑えていたのだから。


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