88話 幸せのおすそ分けを頂いたの
「結花先生がくれたこのお洋服ね……」
結局、花菜は結花さんからいただいた一式に着替えて帰ることになった。
畳んで袋に入れてくれた、来るときに着ていた茜音さんからの服も花菜がそれまで持っていたどの服より可愛かった。それ以上に上品さが加わって、デザインの可愛さと大人への品格を併せた装いになっている。ぱっと見たって高校生よりもう少し上に見える。大人になった数年後の彼女を見ているように思えた。
「結花先生の記念の一着……。本当に私でも、似合うかな……?」
「専用に仕立ててもらったみたいで、なんだか別の次元に行っちまってるみたいだ」
「結花先生、これは陽人さんがニューヨークに行く直前に二人で選んで、買ってもらった中のひとつなんだって。選んだときから、絶対に一生に1回の記念の日に着ようって決めていたって」
結花さんと陽人さんが生涯の約束を誓ったのがクリスマスイブだ。そして初めて心だけでなく全てを互いに通わせたのがその日の夜だとも言っていた。
「大切なものだからって言ったけど、『幸せをおすそ分けするよ』って……。服だけじゃなくて靴もそう……」
見る人が見ればすぐに分かる。よく見るおしゃれ使いだけではなく、普段の実用にも耐えられるしっかりとした造りのものだ。これを当時の結花さんにプレゼントした陽人さんの目利きにも間違いがない。
結花さん自身も高いヒールは苦手だと言っていたし、花菜の足の事も当然知っている。だからこそ選んでくれたのだろう。
「俺もまだまだ陽人さんには教わらなくちゃならないことがいっぱいありそうだ。俺の中の花菜ちゃんは、まだ中途半端なところがあるからな」
「でも、夏休みにお洋服を選んでくれたとき、私の好み覚えていてくれたんだって、嬉しかったんだよ?」
「そっか。それならよかった。強引に押し付けた感ありありだったからな」
「ううん。そんなことない! ……だから……、私ね、必ず幸せになりますって結花先生に約束したよ?」
俺を見上げる花菜。隣にいるのはいつも教室で見ている高校2年生の女子生徒ではない。少し歳は離れているけれど俺の幼なじみ。いつも言いたいこと、やりたいことを我慢している健気な女の子だ。
そんな子が、一生懸命に自分の進む道を選ぼうとしている。これからの人生を自分の足で歩きだすための準備を始めている。
「その……、幸せをお兄ちゃんと一緒に迎えられたら……、嬉しいな」
再び無言で花菜の手を握る。これまで泣いてばかりで生きてきた花菜だ。これからは何があっても独りで泣かせたくはない。
陽人さんが、「結花さんだけは別次元だった」と言っていた意味がすーっと胸の中に入ってくる。俺にとってのそれは、間違いなく手を握っているこの子だ。
「この先、花菜ちゃんには苦労をかけてしまうかもしれない。でも必ず約束は守る。待っていてもらえるか?」
「うん……。待ってるよ。もう不安じゃないから」
あの当時と同じ言葉。この約束を必ず叶えてやる。
彼女の手を握りながら俺は決意を固めていた。
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