60話 初めて…だったんだよ?
お兄ちゃんの手を私の胸の上に当てた。テレビのアイドルと比べる方が失礼なくらいだけど、その分浴衣を通してお兄ちゃんの手のあったかさが胸の奥まで染み込んでくる。
「いつもごめんなさい。迷惑ばかりかけて。私が強くないから、ひとりぼっちだから、お兄ちゃんにも先生にも心配ばかりさせちゃう。もうあの頃の私はどこかに行っちゃった……。弱虫だし、そのうちに歩けなくもなる。みんなの憧れる長谷川先生に迷惑ばかりかけちゃうよ……。こんな私……もう……」
「花菜ちゃん……」
私を抱いていてくれる腕に力が入った。
「顔を上げて?」
恐る恐る隣を見上げると、本当に懐かしい、あの当時と変わらない優しい顔だった。
「花菜ちゃん。昔約束してくれたじゃないか? もう泣かないように頑張るって」
お兄ちゃんが、小さくうなずく。目を閉じると、唇が唇で塞がれた。すぐには何が起こったのか分からなかった。
キスをされたんだ……。
そう気づくまで少し時間がかかった。
「二人で頑張ろう。花菜ちゃんの足もリハビリしよう。もう独りじゃない。お母さんにお話しさせてもらったよ。花菜ちゃんは任せてくださいって」
「うん……。お兄ちゃん……。大好き……」
当時の「大好き」とは違う。
私の初めての心の声だ。
「俺も。昔の花菜ちゃんも今の花菜ちゃんも好きだ。間に合った……って思っていいんだよな?」
「うん。ずっと待ってた」
私はお兄ちゃんの腕に抱きしめられながら何度も頷いた。
「あのね……、さっきのキス……」
「うん?」
部屋全体の明かりは落としてしまって、小さな枕元の明かりだけ。
私はお布団の中でお兄ちゃんに抱きしめられている。
「あれね、私の初めてだったんだよ? 勝手にもらわれちゃった。でも私にはそのくらい強引じゃないとだよね」
「ごめんごめん。でも、花菜ちゃんに笑ってもらうには、あれしかなかったんだ」
「ファーストキス、責任取ってよね? ……、あのね……」
「うん?」
「さっきも言ったけど、私もお兄ちゃんに抱かれることばかり夢見てた……。だから、大丈夫だよ。でも……全部は……まだ準備ができてない……」
教室の中で時々聞こえてくる話の中には、とても表では話せないような内容のことも時々漏れてくる。私たちの組では幸いにしてまだ無いけれど、他の組で人生の選択を迫られたという女の子の話も聞いたことがある。
「まったく、なんだかんだ言っても、ちゃんと女子高生会話してるんだな」
「だって……」
私もいつかは好きな人と心を通わせるのだろうなという意識はあったし。誰かが私たちの状況を見たとしたら、客観的には恋人同士が同じ部屋で泊まっているようにしか見えないだろうし、宿泊者名簿を見れば兄妹になるだろう。
「うん、分かった。その時の花菜ちゃんができるところまでにしよう。俺はそれでも十分嬉しい」
時間を経た今は、小学生で何も知らなかった当時とは違う。
恥ずかしさもあるけれど、その空白だった時間を埋めるためにも、もっと温もりを肌……、ううん身体全体で感じたい。
浴衣の帯を緩めて隙間ができた胸元に、暖かい手を招き入れる。
浴衣だから肌着を着ていない。小学低学年のお風呂で洗ってもらった時以来だね……。
「いいよ。学校じゃ絶対にやっちゃいけないこと……。優しくしてね」
もう一度、今度は私からキスをして目を閉じた。
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