13章 夕立の思い出
47話 ひと部屋でいいです!
路線バスの後部座席に先生と二人並んで座る。
「松本、こっちこそごめんな。この3年間何もしてやれなかったお詫びだ。いろいろと言いたいことはあるだろうけど、何も言わずに受け取ってほしい。このことは学校じゃ内緒で頼むな?」
私の耳にしか届かないような小さな声で言ってくれた。
「もちろんですよ。ところで、私たちはどういう関係を演じればいいんですか?」
そう。それをハッキリさせておかないと、呼び方すらどうすればよいのか悩んでしまうから。
「そうだな。とりあえず往復と部活の資料を整理している間は文芸部の顧問と生徒だ。それ以外の時間は……、松本が決めていい」
「はい。分かりました」
15分ほど揺られて、海岸沿いのバス停に二人で降り立った。
海側を見ると砂浜もあるし、道中いくつかの宿も見えていたっけ。
「すてきです……。こういうところ初めてです」
「外浦海水浴場って言うんだ。松本、こっちだ」
さっきと同じように後ろについて歩く。少し通りから奥まったところの旅館に入っていく。
「こんにちは、長谷川です」
「啓太くん早かったのね。お待ちしてましたよ。遠いところお疲れ様でした」
旅館の女将さんが先生のことを名前呼びするなんて凄いと思っていた。
「もしかして、学生時代の行きつけだったりしたのですか?」
「実は、ここ親戚のところなんだ。だからこんなハイシーズンでも安くしてもらっている」
「なんだ、そうだったんですね。納得です」
フロントで手続きをしていると、二人で私を見ながら聞いてくる。
「もともと、四人の予約で男女分けして二部屋だったんだが、結局俺たち二人だけだ。どうする?」
普通に考えればそのまま男女で分けるのだろうけど……。そうか、逆に私だからそんなことを聞いてきたのか。
「一部屋にすれば、お値段安くなりますよね」
「まぁそう言うことにもなる」
「それなら、一部屋にしてください。無駄な出費は不要ですから」
「おいおい」
先生が驚いたように目を丸くし、女将さんは吹き出してしまった。
「本当にいいの? まぁ。しっかりしているお嬢さんだこと。花菜さんと仰いましたね。じゃあ啓太くん、ここ長谷川花菜さんと書いてくれる? これでお二人は家族のように見えるから、あとで怪しまれることもないわ」
そう笑って通してくれたお部屋は、2階の角部屋で海がよく見えた。
「昼飯はお願いしてなかったから、その辺まで食べに出ようか。いつも行く食堂があるんだ。まぁ、それを見越して叔母さんも『昼は用意しなくていいよね』なんて言ってきたんだろうけど」
「はい。私も歩いてこの景色をよく見てみたいです」
「大切だ。じゃあ松本の作品用のロケハンだな」
「そう言い切っちゃいますか?」
もちろん部活の宿題をやらなくてはいけないと分かっている。
でも、今年の校外合宿は朝から特別なことだらけだ。ここまで来たら、少しくらい羽目を外してもいいかなと思ってしまうくらい、私の心は久しぶりに踊ってしまっていたんだ。
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